第八夜★入学祝いは冥土への片道切符
サブタイで内容がだいたい想像できた人は挙手
1
「お久しぶりです、師匠」
「もぉー、そんな固いこと言わないの♪ 今はオフなんだから、ママってよ・ん・で」
「とりあえず離してください」
「照れちゃって、可愛い」
今僕は、突然やってきた師匠にハグをされている。昔から師匠はこういう過剰なスキンシップを僕に昼夜問わずしてくるのだ。あぁ。せっかく癒えてきた疲労が、また溜まっていくのを感じる。
これが僕の師匠兼保護者のモーガン・ペンドラゴン。鮮やかな薔薇色の長髪。瞳や唇、内に秘める情熱も深紅を思わせる絶世の美女。
師匠には武術や魔結晶の扱い、サバイバルテクニックや雑学など実に様々なことを教わった。保護者として僕を養ってくれているし、無条件で信頼をおける人物だ。尊敬はしにくいけれど……。
「いい加減離れてください。そろそろきついので」
「たっちゃった?」
「僕に母親と呼んで欲しいのなら、その前からちょくちょく挟む下ネタトークをなんとかしてくれませんかね!」
「誰がいつ下ネタなんて言ったのよ? もぉー、思春期なんだから。イ・ケ・ナ・イ・子」
思わずキレそうになる自分を必死に押さえる。キレたところで師匠には敵いませんし、保護者でもある女性に手をあげるのは極力避けたい。こんなスキンシップを取る保護者も嫌ですが。
「…………(ジーッ)」
そして、先ほどから玄関の扉の一歩手前に居て、僕と僕に抱きついている師匠を凝視しているこの少女はいったい誰なのでしょうか?
綺麗で輝くような銀髪を二つに纏め、顔のパーツ一つ一つがとても綺麗に整っている顔立ち。黒と白を貴重とした、フリルの多くついたあまり見ない服を着ています。僕は初めてですが、師匠の知り合いでしょうか。わからないので聞いてみます。
「あの、師匠。先ほどからそこにいる少女は誰なのですか?」
「うん? ああ、そっか。ユーちゃんはリッちゃんのこと知らないか。ごめんね、リッちゃん。よし、一緒にユーちゃんとイチャイチャしようっ」
「ちょっと、待ってください!」
「は、はいっ」
「あなたも待ってください!」
師匠の言葉でそれまでじっとしていた少女が、靴を綺麗に脱ぎ(師匠はヒールを履いたまま)僕の後ろにまわると師匠と同じように抱きついてきました!?
「ちょ、ちょっと、離してくださいよ!」
「クンクン。あー、ユーちゃんの匂い~」
「暖かい……」
離すどころか、自身の体を押し付けるようにより強く僕を抱きしめる。
匂いが……、吐息が……、伝わる熱が僕の頭を麻痺させていく――。
(二人とも、柔らかい……。恋華さんや玲さんも柔らかかったですが、師匠とこの少女は発育がすごいことに――って、何考えてるんですか、僕は!?)
その後師匠達は僕がトイレに行きたい(嘘)と言い出すまで開放してくれませんでした。
2
僕はあまりもので作ったお好み焼きを師匠とリッちゃん(仮)さんにふるまった。師匠が小腹がすいたと言い出したので作ったのだ。
リビングとして機能してある部屋に二人を案内し、テーブルにお好み焼きとソースを並べ師匠達を座らした。
「こんな物しか出せませんが」
「いいの、いいの。ユーちゃんの手作りなんだから、なんだって美味しいわよ。いっただきま~す☆」
「いただきます」
「どうぞ」
たいして特別な具など入っていないけど、美味しそうに箸を進める二人。師匠は知っていましたが、外見から日本人ではないリッちゃん(仮)さんが箸の使い方に長けているのには少し驚きでした。
まあ、嬉しそうに食べたからって、質問の手を緩める気はありませんが。
食べ終わった頃を見計らい、二人に聞いてみることにしました。
「ところで、そこの銀髪のお嬢さんはいったい誰なんです?」
「ユーちゃんの許嫁だよ」
「歯を食い縛ってください」
「グー!? DV!? ドメスティックバイオレンス!? ごめんごめん冗談。この子はあなたのいもうとよ」
「もう一度言います。歯を食い縛ってください」
「いや、これは本当よっ。ほら、リッちゃん。自己紹介して」
「はじめまして。私はリリス・ペンドラゴンって言います。よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。僕の名前は森羅悠夜。名の意は森羅万象(全て)の悠き夜となります」
「あっ、本当だ。モーガン様の言った通り長ったらしい自己紹介ですね」
「……あなたはリリスさんに何を言ったんです?」
「睨まないでよ~。そんな風に見つめられてもママは興奮しないぞ☆」
「…………」
姓が師匠と一緒ということは、師匠を保護者とする僕とリリスさんは一応兄妹ということになるのでしょう。
「リリスさんは戸籍上僕の義妹と言うことであってるんですね?」
「そうよ。ユーちゃんもちょうど欲しかったでしょ、自分の色に自由に染めれる女の子が?」
「あなたは僕を変態扱いしたいんですか!?」
「わたし、がんばるっ」
「頑張らないでください。お願いしますから」
いつも師匠を相手にするのより、二倍は疲れる気がします。リリスさん、まるで本当の母娘のように師匠とそっくりだ。きっと悪い影響を受けたんですね。
「ところで、ユーちゃん。学校生活はどう? 楽しい?」
「反対してます?」
「まさか。今でも忘れられないわよ。ユーちゃんが私に通話して『高校に通うことになりました』って聞かされた時は本当に嬉しかったわ。私思わず溜まりに溜まった仕事をほっぽいて、ユーちゃんに会いに行こうとしたもん。残念ながら止められたけど」
「止める側は実に妥当な判断ですね。仕事を溜める方が悪いですよ」
「ユーちゃんも溜まってるでしょ」
「何が、とは聞きませんからね」
「何が溜まってるの?」
「リリスさんも僕に聞かないでください」
「それはね――」
「師匠も答えないっ」
「友達はできた?」
「また鋭い角度から無理やり話しを変えてきましたね。……友達という定義はまだわかりませんが、今のところ五人、いや先輩を入れて六人ですね」
トモダチ。
そう言われて真っ先に浮かんだのは、今日一緒に魔装具を造った六人の弟子たちでした。
「――そっか」
師匠は対面に座る僕に手を伸ばすと、髪の毛をすくように頭を撫でる。その顔には安堵と思いやりの表情が浮かんでいた。
「……その六人はいつまでも友達と呼べるかはわかりませんからね」
「いいんじゃない。それでも、ユーちゃんは楽しいんでしょ? じゃなかったら、さっきの質問は無視するか一蹴してろくに答えないはずだもの」
さすがと言うべきか、師匠はやっぱり僕のことを良く理解している。この世で一番の理解者なのかもしれない。
「では、師匠。僕も質問していいですか?」
「うん。まあ、ユーちゃんも聞きたいけとまだあるだろうしね」
リリスさんを見る。視線を感じ、リリスさんが頬を何故か染めましたが今は無視します。
玲さんに恋華さんや冬空先輩。
三人とも、贔屓目に見てもどれも綺麗な顔立ちの少女たち。リリスさんもそんな彼女たちに負けず劣らず、まるで西洋人形を思わせる造形の美少女。
そう、その美しさはまるで、人工的に美を追求されて作られた精巧な人形のようで――
「あなた、機巧人形ですね?」
僕は宣告するように言うと、リリスさんは驚きと困惑を混ぜたような表情をしました。
「さすがね、ユーちゃん。希代の科学者、森羅将矢の忘れ型見……」
「いえ、最初は気付きませんでしたけど、少したって時間経過と共にわかってきました」
「どうして――」
「僕があなたの正体を見破ったか、ですか? 科学者というのは、この世の理――魔法から逸脱した存在。同じ『歪み』を見つけるのは可能の範囲内ですよ」
「じゃあ、ユウヤさんも?」
「科学者です」
「違うわ」
「???」
師匠と僕が同時に口を開いたので、リリスさんは頭に疑問符を浮かべてしまいました。
「……まあ、僕が科学者であるかないかは置いておいて、師匠はどこでリリスさんと出会ったんです?」
「ちょろっと目障りな科学者集団がいたから潰した時に奇跡的な出逢いを果たしたんだよ」
「その様子だと『過激派』の連中っぽいですね」
「うん、そうみたい。潰した時にいっぱい武器見つけたし。でも良かったわ、研究所ごと壊さないでちゃんと中に入って壊して。多分リッちゃんごと破壊してたもん」
師匠は能天気に言いますが、全然笑えません。師匠がその気になれば、地形を変えてしまうことだって可能なのだ。
「しかし、なくなった組織に興味はありませんが、実に良くリリスさんを産み出しましたね。ここまで人間に近いアンドロイドは僕も見たことがありませんよ」
「私は愛玩用と戦闘用を兼任して造られたから……」
「なるほど。中身は重火器の塊ですか」
「ま、そういうわけで、廃棄したり倉庫に閉じ込めておくのも可哀想だし、あたしが娘として引き取ることにしたの。それよりどう、このメイド服? 私の手作りなのよ。愛玩用ならやっぱりメイドよね? オーダーメイドのメイド服。どう?」
「笑えません」
「冷たいな~。あ、冷たいついでにお茶持ってきて」
「わかりました」
★ ★ ★ ★ ★
空となった皿をついでに台所へ持っていき、三人分のお茶を煎れ師匠のところへ持っていく。……リリスさんは紅茶の方がいいですかね? ありませんが。
「師匠、お茶持ってきましたよ…………」
扉を開け絶句。
そこには酔っぱらいとなった師匠とおろおろしているリリスさんがいた。
今すぐ逃げだせば良かったものの、過去のトラウマがフラッシュバックし体が固まってしまった。
――床に散らばる何本もの酒瓶
――部屋の家具は嵐が通った後のように悲惨なことに
――無敵の使徒と化したスキンシップ200%オーバーの師匠
(に、逃げなくちゃっ!!!)
「ユ~ちゃ~ん。どこに行くのかな~?」
「うわっ」
急いでUターンするも、伸びた薔薇色の髪の毛が僕の手足を拘束され抵抗も出来ずに師匠の前へと連れてこられた。
(毎度思うんですけど、なんか軟体動物に補食されてるようにしか思えないんですよね、これ。もしくは妖怪、毛嬢楼)
「こらー、今失礼なこと考えたでしょう? ママにはわかるんだからね~」
「離してください!」
「や~だ~よ~」
師匠は無類の酒好きで、しかも酒癖がとても悪い。ものすごい量を飲まなければ酔わないので大半の人は知らないが、家へ帰ってきり祝いの日は無礼講という大義名分の下、どこから用意したのか日本酒からワインまで世界中のお酒を飲みほして、酔い、僕をおもちゃにする。
大量の酒を持ち込んでいる形跡もないし、家中どこを探しても酒瓶どころかチューハイの缶すら見つからなかった。
今日だって師匠は手ぶらてきたはずなのに、こうして酔っぱらっている。もう5年ほどの付き合いになるが、この人は未だにわからないことが多い。僕が言えたことではありませんが。
「ちょっと~、聞いてるの~? もう、ママずっと寂しかったんだからね~」
「わかりました。わかりましたので、離してくださいっ」
「や~」
「ちょっ、どこさわってるんですか!?」
「ユ~ちゃんのあんなところやこんなところ~」
「セクハラで訴えますよ!?」
「むしろ近親相姦?」
「いや、僕たち血はつながってませんからねっ。というか、何をする気ですか!」
「ムフフ~。ユ~ちゃんって、本当にいい体つきしてるよね~。ハァハァ」
もうやだ。
その後は師匠が泥酔による睡眠(エネルギー切れ)になるまで、必死の攻防を繰り広げ、死んだように眠る師匠を引きずり僕はげっそりとながら空いた部屋へ運び二人分の布団を用意し、それまでどうしていいかわからずにじっとしていたリリスさんも呼びそこで寝させた。
師匠が散らかした後片付けをし、僕はフラフラになりながら自室へと戻り敷いた布団へダイブ。
時計を見ると、夜中の二時を回っていました。夜型の僕とは言え、きつい……。
明日、というより今日が日曜日で本当に良かったと思う僕でした。
3
起床。
睡眠をとったはずなのに、昨日から今日の深夜にかけて蓄積された疲労とストレスは回復しませんでした。
(師匠といるといろんな意味で生きた心地しないんですよね)
嫌がる体に鞭を打って、台所に行き冷や水を用意。これがないと二日酔いの師匠は不機嫌になる。
「師匠、リリスさん。入りますよ」
師匠達を寝かせた和食の襖を開ける。
「お、おはよう」
「おはようございます」
もうすでにリリスさんは起床されていて、枕元に立っていました。昨日のことがあるからか、その笑顔がぎこちない。
(まあ、自分の存在を拾ってくれた人の養子とはいえいきなりあばかれたら、それはびっくりしますよね。しかも、あばいた内容がこの世界では『非常識』とされる科学ですからね)
さて、とりあえず師匠を起こし……、あれ、いない。
見れば師匠が寝ているはずの布団には、無人で枕の上には封筒に入った手紙が置いてありました。
……なんだかすご~く嫌な予感がしてなりません。
「私もありました」
リリスさんは自分が持っていた封筒を見せる。僕のとは違いかわいらしい花柄がところどころあしらってありました。
「……失礼します」
僕は自分の手紙を回収し、部屋へと引き返す。
戻ってきて畳んだままの布団の上に正座し、中身を開ける。
手紙は全部で二枚。
一枚目に見えるキスマークに苛立ちを覚えつつ、黙読する。
『愛しのユーちゃん。これを読んでいるころには、もう私はあなたのそばにはいないでしょう。――』
なんですか、このシリアスなで出し!?
どうせ、僕に怒られたくないからとかに決まってますっ。
『――これには深い理由があるんだからねっ。べ、別にユーちゃんに怒られるのが怖いとかじゃないんだからねっ。――』
今度は情緒不安定者の真似事ですか。師匠はどれだけ僕をイラつかせたいんでしょうね? 早く本題に入らないのだろうか。
いや、それよりもどうやら師匠、酔っていなかったみたいですね。見事に騙されました。そう言えば師匠のセクハラ攻撃を防ぐのに精一杯だったせいで気付きませんでしたが、よくよく考えると空になった酒瓶や缶がなかった気がします。僕に飲酒を薦めてこなかったですし。もしかしたら、あれは全部しばいだったのでしょうか。
『――そう言えば、せっかく高校に入ったのに、お祝いしてなかったでしょ? だからママね、プレゼントすることにしました、リリスちゃんを。――』
……………………。
はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?
いったい何言ってやがんですか、あのアホ師匠はっ。ひ、非常識にもほどがありますよっ。
落ち着いて、僕。落ち着くんです森羅悠夜。師匠の妄言に騙されてはいけませんっ。これはきっと、面倒見て欲しいという意味に決まっています。
『――いくらもらって自分の物にしたからって、エッチなことしちゃダメよ? ちゃんとお互いに将来のこと話し合ってからね。まあ、リッちゃんは私みたいにものすごくスタイルいいし、我慢できなくなったらちゃんと責任とるのよ?』
…………………………………………。
絶縁しましょうか。
あろうことかいもうととの秘め事を促すような文面を養子に手紙としてよこすとは。ち、血はつながっていませんが、そういうのは駄目です、絶対っ。
ともあれ、一枚目はこれで終わっていた。二枚目にはいったいどんな内容が……。やっぱり読まなきゃいけませんよね。
二枚目には、
『まあ、リッちゃんは一応機巧人形としての所有権は私が持ってるんだけど、あげることだし所有権もあなたに譲るわ。登録を忘れないでおいてね?
あなたにはわかってると思うけど、リッちゃんは世界で唯一、完成されたアンドロイドと言っても過言ではないわ。私が潰した過激派の連中が一体どんな手法でリッちゃんを産みだしたかは知らないけど、現在の科学の裏世界、いや、魔法の表の世界をも震撼させてしまう存在なの。だから、あなたが面倒をみてあげて。
完成してるなら僕はいらないとユーちゃんは思うでしょうけど、リッちゃんは完全ではないの。【アンドロイド】としては完成していても、【リリス・ペンドラゴン】としてはまだ未完全。言ってしまえば、あの子は今とても不安定なの。
科学と人間。
その二つの間に二つの属性を持つように作られたから。あの子は迷ってる。自分がどういう存在なのかを。
だからね、あなたが手伝ってあげて。あの子が笑顔でいられるように。
ママとの約束よ、リッちゃんのお兄さんとして、リッちゃんのご主人様として可愛いがってあげて』
「…………はぁ」
僕はため息混じりに手紙を封筒へしまい、机の中の引き出しに入れる。
(まったく。師匠は相変わらず言いたいことばかり言って……)
「よし」
僕は再び自室を後にした。
4
まだ部屋にいたリリスさんは僕と同様師匠の手紙を食い入るように読んでいて、入ってきた僕の存在に気付くと急いで、というよりも慌てながら手紙を封筒にしまう。その表情はどこか照れたようにも見える。
(まあ、そんな感情を、そういうふうになるようにプログラムされているからでしょうね)
アンドロイドは完成度がどうであれ、臓器から体液、そして心までも科学の力で造りだすことを目的に生まれた存在。ヒトは魔力宿し世界によって生まれたと習う、魔法使いに対する科学者の反乱。
師匠のいうようにアンドロイドとして完成されたリリスさんは心臓の鼓動から血液の流れ、高度な技術をもって内蔵される感情すら持っている。
だが、例えどんな科学力を使ったとしても、それは偽物のでしかない。あらかじめ作られたマニュアルにそって、進んでいるだけに過ぎない。
「師匠の手紙、読まれました?」
「う、うん。……あの一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「あなたは、科学者なの?」
「ああ、そう言えば師匠が否定してましたね。まあ、師匠は科学者や科学を毛嫌いしてるわけではありませんが、認めていないというか僕にそんな道を進んで欲しくないんでしょうね。僕自身、魔法が使えないので科学者と名乗りたいところですが、そういうわけにもいかず、科学を扱ったり知識があるぐらいですね。もっとも、ヒトとアンドロイドを見分けることぐらい可能ですけど。まあ、自称科学者と言ったところですね」
「魔法が使えないっ? モーガン様の話しでは、一つの例外を除いて全てのヒトは魔力を持ち魔法が使えるって」
「その一つの例外が僕なんです」
「…………」
「その師匠からの手紙にあなたの面倒を見るように頼まれました」
「!」
「それで――」
僕は言い渋っていた。これは自分がやるべきことだし、そうしなければ始まらないことにはもちろん気付いています。でも浮かぶんですよ。師匠のニヤついてる顔が。
リリスさんは言葉の続きを待つように、僕の心情を探るような眼差しで僕を見る。
僕は覚悟を決め、深呼吸を一回行ったあと言葉を続けた。
「――もしあなたがよろしかったら、ここに住んで僕の家族になってくれませんか?」
昨日の師匠の話しでは、僕とリリスさんは制式に義兄妹ということになる。
でもそれは師匠のしたことだ。
僕自身がリリスさんを家族と認め、向かい入れなければいけない。
僕はそう師匠の手紙を読んでいるときにそう思った。
だから、実行するだけです。そう実行しただけっ。ですからこんな恥ずかしいセリフを吐くのはしょうがないというか、必然だったんですっ。
あぁ、顔が熱い。きっと僕の顔は今とても赤いのでしょうね。
必死に部屋にこもりたい衝動をなんとか抑え、リリスさんの反応を伺う。
「……うぅっ」
泣いていました。
えぇぇぇっ!?
「どうかしまたっ。やっぱり僕に何か至らなかったところが?」
「…………いの?」
「はい?」
「私でいいの? 科学でもない、ヒトでもない私が――家族になってもいいの?」
「問題ないに決まっています。師匠も望んでいるはずですし、それに僕も家族が増えるのには賛成です」
「――ありがとう」
まだ涙は残るものの、その表情には笑顔が戻っていました。
『君ね、森羅悠夜って子は』
『誰ですか?』
『私はモーガン・ペンドラゴン。――あなたの家族よ』
そう言って師匠に抱きしめられた感触は鮮明に覚えている。
だからでしょうか。
気付けは僕はリリスさんを抱きしめ、綺麗な銀髪を撫でていました。
「一つ、お願いしていい?」
「どうぞ」
「私はアンドロイド。でも、モーガン様の娘でもある。だから、このメイド服も脱げないしあなたの妹でいたい。だから、ね。あなたには、お兄ちゃんであって私のご主人様でもいて欲しいの。だめ、かな?」
「平気ですよ」
「そう、じゃあ。ご主人様、どうかこのアンドロイドを自分のものとして、インストールしてください」
「わかりました。えっと、あなたの場合どうすればいいんですか?」
アンドロイドをインストールする場合、個々によって方法が異なる。一番ポピュラーなものは、血などから遺伝子の構造をもとに行うのだけれど、リリスさんはいったいどのような方法ですればいいのでしょう。
「こうです」
「っ!!!」
抱きしめていたことによる零距離だったせいもあるのでしょう。心地よい匂いとともにリリスさんの端正な顔立ちが迫ってきたと思うと、声を上げる間もなく唇を唇にふさがれた。おまけにリリスさんの舌が口内へと侵入し、僕の舌をまるで蛇がするように絡ませる。
「ん、んむ、はん、んっ、ちゅる、ぷはぁ。……はぁはぁ。インストール完了です、ご主人様」
僕は呆然としていた。こんなインストールの方法は聞いたこともないし、僕のファースト――
「な、えと、その」
「あ、そうだ。ご主人様、私決めました。メイドと妹を一変にやるのはきついので、これからは私の気分で変えさせていただきます。――よろしくね、お兄ちゃん♪」
動揺する僕とは違い、顔を赤らめつつも涼しい表情をしていたリリスさんは、今度は満面の笑みで僕に抱き着いてきました。
妹バージョンのリリスさんに全くの不意討ちで密着してしまい僕はとてもあわててしまいました。
だって数センチの差とは言え、リリスさんの方が背が高くて僕もつま先立ちではないため、彼女の豊満と表現するのに申し分ない胸が顎のあたりに――
「お兄ちゃんのえっち」
「違います!!!」
「そんなこと言って、顔真っ赤だぞ☆ …………なんなら、キスの続き、する?」
「~~~っ。いいから離してくださいっ」
僕は無理やりにリリスさんから逃れる。
だって、上目遣いと頬を朱に染めたリリスさんとあれ以上密着していたら、何かまずいことが起きてしまいそうな気がしてならなかった。
「お兄ちゃんのイケズ~」
「黙ってください。僕はこれから、ロードワークをしてきますので、留守番をお願いします。朝食を食べた後はリリスさんの日用品を買いに行きましょう」
「うん。デートだね」
「否定はしませんが肯定もしませんよ」
「私、メイド服が欲しい」
「既に着用してますよね」
そんなやりとりが有りつつ、僕は部屋へ戻りジャージに着替える。その時リリスさん(メイドVer.)が手伝うと言って僕を強引に脱がそうとしたので追い出しました。……本当に師匠そっくりですね。
冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、玄関で靴を履いているとまだメイドのままのリリスさんが出迎えのためか綺麗な姿勢で後ろに控えていました。
「いってきます」
「いってらしゃいませ。ご主人様」
呼び方はともかく、誰かに『いってらしゃいと』と言われるのは久しぶりで、思わず最初からランニングのペースを上げてしまいました。
リリスさんに何を買ってあげようか。
僕は走りながら、ずっとそんなことを考えていました。
5
『はい、もしもし?』
『あ、やっと繋がった。どこに行ってたんですか、クイーン?』
『ちょっと娘を息子にプレゼントしてきた』
『娘? もしかして、あのアンドロイドですかっ? あれは下手したら、科学の連中やそれを良く思わない魔法使いが襲撃するかもしれないんですよ!?』
『大丈夫よ。ユーちゃんの実力は私が保証するわ。あなたも知ってるでしょ、クラウンの強さは』
『ええ、まあ……。はあ、わかりました。では、リリス・ペンドラゴンはそちらの息子さんにお願いします』
『あら、今回はすんなりオーケーしてくれたわね』
『過ぎたことですし。それに、あなたの意見であれば逆らえませんよ。その変わり、帰ったら溜まった仕事をちゃんとしてもらいますからね。それじゃあっ』
『ちょっ、ちょっと。……きれちゃった。ああ、帰るの怖いな。
――道化と人形か。ねぇ、ユーちゃん。
あなたは今笑ってる?』
伏線(?)どおり、悠夜くんの師匠登場。義妹メイドのおまけつきで。
この二人は物語のキーマンになる予定なので、わりと詰めて書かせていただきました。読み憎かったらごめんなさい。
あと、リアルの方が立て込んでいるので、次回と人物紹介などの更新は遅れると思います。
今回も読んでいただきありがとうございます。それでは、失礼しま~す