第七夜★星は空を巡り、再び輝きだす
今回は魔法使いぽいことをします。
1
天候は快晴、ではなく曇り空。
他の人にはあまりよろしくない空模様のようですが、僕としてはすごしやすくうれしい限りです。午後には晴れると予報で出ているので、実にもったいない。
朝のトレーニングを終えた僕は今、お弁当を作っています。
というのも、今日の特訓では10時にみんなが集まる予定なので、一応ですがこうして全員分の食事を用意している。あとで、あーだこーだ言われるのは癪ですからね。
おかずを作り終え、重箱に詰めてゆく。うん。彩りも鮮やかで、十分合格ラインです。人様に出すのですから、ちゃんと見栄えも気にしなくては。
読書で時間を潰し、読み終えたところでちょうど家を出る時間帯になったので、服を着替えて弁当をふろしきで包み、昨日段ボールから取り出したものがあるかちゃんと確認し外出。
「行ってきます」
学校へ通う時よりも多いい荷物ですが、それほど苦にはなりませんでした。待ち合わせ時間の一時間前に着く予定なので、朝の空気を堪能しながらのんびりと歩きました。
待ち合わせ場所の國桜高校の校門前に来ると、意外なことに僕より先に待っていた人がいました。元気はつらつといった感じの神薙くんといかにも眠そうな天宮くんでした。
「おはようございます。お二人とも、早いですね」
「おーすっ。悠夜、昨日は眠れたか? 俺はぐっすりだ!」
「そりゃそうだろうよ。10時にはぐっすり寝て、6時には起きてんだから。付き合うこっちの身にもなってくれニャ」
「無理やり起こされたんですか?」
「そんな感じだニャ」
幼馴染みという二人でも、トップギアの効いた神薙くんについていくのは難しいようですね。
その後は三人で談笑(僕は基本受け身)しました。集合時間30分前に冬空先輩が、10分前に少しの差で玲さんと刈柴くんが、5分をきったところで息を弾ませながら恋華さんがやって来ました。
「お、おはようございますっ。時間に間に合いましたでしょうか?」
「大丈夫ですよ。それでは、全員揃いましたし移動しましょう」
「どこに行くんスか?」
「ここから15分ほどの距離にある公園に行きます」
國桜高校の入学式前、家の周辺を探索している時に見つけました大きな公園。フェーデ用の競技場を小さくして、芝生や遊具を足したような感じです。中心には大きく開けた空間があり、そこでは祭りなどが行われるようです。今日やることもにも好都合ですね。
「にしても悠夜くん。いくら晴れじゃないからって、その格好は暑くない?」
「大丈夫。僕は外出する時は一年中この服装ですから」
「え、そうなの? 悠夜くんってすごいね」
そうでしょうか? 僕の今の格好はフェーデの時に来たものと一緒です。イヤリングはしてませんが黒で統一したロングコートにそれに合わせたシャツとズボン。手袋もはめ、肌をさらしてません。太陽は嫌いです。
「森羅はそんな格好の服しか着ないのか? もっと似合いそうな服が他にもあると思うぞ」
「そう言われましても、僕の箪笥やクローゼットを開けても黒いものしかありませんよ」
「……なんか家具も黒一色のような気がしてきたな」
「良くわかりましたね。もしかして冬空先輩はエスパーですか?」
「その真実と発想に私はびっくりだ」
そうこうしてる内に、お目当ての『四季原公園』へたどり着いた。まだ午前だからか、人は僕ら以外にはいませんでした。みんなを公園の中心である、学校のグラウンドを思わせる更地へ誘導。さてと。僕は背負った荷物から先端の尖った、長さが大きなシャベルほどある折り畳み式の棒(一見細い槍)を取り出した。
「平然と取り出したが、なんでそんなもん悠夜が持ってんだ? 俺としてはあきらかに普通の高校生が持つものじゃないと思うだけど」
「手品の種を聞くのと同じですよ、神薙くん。世の中には知らない方がおもしろいことがたくさんあります。それでは、少しそこで待機していてください」
僕はみんなから離れると、棒の先端で地面を突き立てて、そのまま動かすことで即席の地上絵を描く。
最初は小さな円を描き、中心や外側に梵字や古代文字を足していく。そうやって何重にも円を地面に刻んで巨大な魔方陣を創ってゆく。
数歩離れて全体を見渡し、陣が正確であることを確認。
僕はコートのポケットから魔結晶を取り出す。わずかな陽光に煌めきながらも、夜の闇のような暗さを宿すエレメントをしばらく手の中で転がし、
「それでは、お願いします」
宙へほうる。小さい放物線を描いて地面へ落下、勢いが消えないままコロコロ転がり、エレメントは吸い寄せられるように魔方陣の中心でピタッと止まった。
準備完了。
さあ、初めましょう。
2
今まで師匠と呼べる人はいなかった。
お婆様から魔法の手解きをしていただいたことは過去に数回あるが、幼い頃からお婆様には深い親愛を抱いていたから師と言うよりは特別講師と言える。
私の初めての師匠(今後、他の人が私の師匠になるのはいまいち想像できないが)はまずどういう指導をするのだろうか。
師匠(森羅)に連れてこられた公園で待機を命じられながら、そんなことを考える。
やはりまずは小手調べだろうか? 私は昨日のである意味済んでいるし、他の弟子の魔力などを測るのだろうか。
美姫(私)はそれとなく、自分より後に森羅の弟子になった(と言っても、数分の差だが)後輩達を見る。みんなはそれぞれに森羅の動向をうかがったり、広い敷地の公園を眺めていた。だがそれもつかの間、『ジャキン』という音が聞こえ一斉に音源の方へ振り向く。それは森羅の手の中にあった。巨大とは言えないが十分な長さがあり、先端はまるで槍のように鋭く尖っている。というかどうみても槍だった。
「平然と取り出したが、なんでそんなもん悠夜が持ってんだ? 俺としてはあきらかに普通の高校生が持つものじゃないと思うだけど」
神薙の意見と同意見だ。私と戦った時の暗器(鎖)と言い、今の槍と言いなぜ森羅はそんなものを持っているのだろうか。
「手品の種を聞くのと同じですよ、神薙くん。世の中には知らない方がおもしろいことがたくさんあります。それでは、少しそこで待機していてください」
森羅はそう言って数メートル離れると、槍を使って地面に何かを刻みだした。私達はそれを静かに見守る。
最初は小さな円だった。コンパスを使って出来上がったような、とても綺麗で正確な円だった。その円に今まで見たことがない文字を中や外側に槍で刻む。そしてまた綺麗な円を作り文字を描いていく。その繰り返し。誰でもできそうなことだが、何より正確でしかも速い。森羅の手先の器用さがうかがえる。
一番外側にある円の大きさが四メートルくらいになったところで森羅は作業を終了させた。開始から五分とかかっていない。まるで本のページから抜きだしたよな、とても複雑な魔方陣が完成していた。
次に森羅はコートのポケットの中から、黒色のエレメントを取り出した。
魔結晶。
十数年前に発明された、魔力を宿し自由に使うことができる補助装置。
「それでは、お願いします」
それを優しく投げる。
エレメントは地面へ落下すると、そのまま転がり魔方陣の中心部で止まる。
するとエレメントが一人でに発光し、中心からまるで水を流すように魔方陣を作る模様が黒く光る。
朝とも昼間とも言い難い時間帯に浮かぶ、黒曜石を思わせる光はなんとも幻想的でとても素晴らしかった。
「冬空先輩」
突然呼ばれてはっとする。森羅は私に手を差し伸べるように出すと、
「魔装具の欠片ありますか? 出してください」
「あ、ああ、わかった」
私は肩に提げていたバックの中から、小さな茶巾袋を取り出しその中から、残骸となった魔装具回収した中で一番大きな欠片を摘まむ。
私の魔装具――刀雪嶺斬の成れの果て。
「これでいいか?」
「はい。ありがとうございます。あの……」
「いや、森羅は気にしなくていい。むしろ私をしかってくれてもかまわない。これは――私が未熟だった故の誤ちの結晶なのだから」
そう。私の相棒がこうなってしまったのは、自分の力量不足。
私が犯した罪。
「じゃあ、冬空先輩は魔方陣に近付いて、どこでもいいので触れないように右手をかざしてください。他の皆さんは念のため離れてください」
刀の破片を渡すと、私は森羅の指示で魔方陣に近付き手をかざし、後輩達は更に数歩距離をおく。右手の甲に悠夜が着けた傷が目に入る。傷と言っても、一日たってもう治りかけているそれは森羅の巧みな腕で刻まれたものだ。正直あの時は物が包丁だったし、痛みは覚悟していたが全然なかった。
(フェーデの鎖といい、病院での包丁を使った『契約』といい、今やってのけた槍による魔方陣生成といい、森羅はどこでそんな技術を習得したんだ? 森羅にも師匠のような人がいて、教わったりしたのだろうか)
そんなふうに考えていると、突然手の甲の傷が魔方陣同様黒く輝きだした。
私は驚き森羅を見る。
森羅は目をつぶりながら、
「我、輪廻の流れを導き再び逢い見えん 我が星に集う者に再び栄光と知恵と安らぎを与える」
森羅は左目をあけ視線だけ私に向ける。
「冬空先輩、イメージを。魂の中から溢れ輝く霊泉、手繰り寄せる右手に、流れの終着点は一つの想いと二振りの刃」
言われて私は目を閉じ意識を集中する。
まぶたの裏に映ったのは、暗闇の中でたっている自分。右手を前につきだすと、服の袖から蛇のように水流が二つ出現する。二本の水流は意思を持つように動き、螺旋を作りながら闇の奥へ奥へと進んでいく。だんだんと水流はお互いに距離を近付かせ、二つが一つに――
「想像構築、確認。これより具現化を開始します。
我は願う 安らぎを運ぶ流れを、邪悪を隔絶する氷河を、遥か彼方を見る広大な海陽を――ここに顕現せよ 過去の軌跡と未来の道標、今の想いを繋ぎとめ汝の姿をここに現せ!!」
森羅の手の中にあった刀雪嶺斬の破片が一人でに動き、魔方陣へと浮遊する。それと一緒に、魔方陣から柔らかな光に包まれた光球が幾つも出現した。半透明な光球の中にはジグソーパズルを思わせる何かの欠片があった。そして何の前触れもなく、ジグソーパズルは刀雪嶺斬の破片へと集まりだした。一欠片、一欠片ずつ破片同士が結合していき、全てが一つになった時そこにあったのは一振りの刀だった。
その刀は大きさから刀身の反り具合、波紋の形まで刀雪嶺斬と似ていて――
「どうぞ」
森羅は完成した刀を手にすると私に差し出した。
私はおそるおそる受け取り、柄の部分を強く握りしめる。握った感触さえ、懐かしいものを感じる。
「もしかして、森羅。刀雪嶺斬を作り直したのか?」
今手にある刀は、まさしく壊れた私の愛刀、刀雪嶺斬と非常に酷似していた。
「いいえ、違いますよ。僕は魔装具の記憶と冬空先輩のイメージを反映して作ったんです。それに、ほら。こことかは原型と違いますよ」
森羅が指さしたのは柄の中心部。そこには握るのに邪魔にならないように埋め込まれた水色の珠があった。確かに前の刀雪嶺斬にはこんな物はついていなかった。これはいったい……?
「エレメントの原石、を加工したものです」
「どういうことだ?」
「つまりですね。僕はエレメントの中の魔力を使って、ここにある魔方陣を発動。で、この魔方陣というのは二つの魔方陣の複合型なんです。一つは『融合』、もう一つは『製造』。魔装具の欠片と冬空先輩の魔力、原石状態のエレメントを『融合』して新しい魔装具を『製造』したんです。ちなみにエレメントの原石を加えたのは、そうやって魔力を集中させないと『製造』が困難になるんです。冬空先輩、愛されてますね。いくら元の素材と本人がこれを行ったとしても、ここまで復元はできないですよ」
「そうか。刀雪嶺斬が私のことを……」
刀身を指でなぞる。
ありがとう。
弱くて未熟な主を慕ってくれて。
気付けば私はいつの間にか涙を流していた。急いでそれをぬぐうがすでに時おそく、森羅がおずおずとハンカチ(これも黒い)を渡してくれた。無言で受け取ると顔を隠すようにハンカチを広げ、強く両目をこする。この師匠であり、後輩の少年に泣き顔を見られるのは何故だか恥ずかしかった。
「……礼を言わせてくれ。ありがとう、森羅。本当に感謝している」
「そんな。魔装具を壊したはやっぱり僕ですし、それにこれから僕のもとで修練をするのなら魔装具は必須ですから。ですので、これは師匠から弟子への送り物ってことで」
そう言うと森羅はニッコリと笑った。人を安心させる、暖かな笑み。普段は感情に乏しいというか表に出さないくせに、こういう時だけ笑うのはずるい気がする。何がずるいとかはいまいちわからないが。
「さて、と。皆さんもこちらに来ていいですよ」
森羅が月弦たちを呼ぶ。彼女らは森羅が融合と製造やらやっていた際、驚きのあまり固まり凝視していたのだ。まあ、私も立ち位置が違ってたらびっくり仰天すると思うが。
衝撃という呪縛から解かれ、小走りでこちらに近付いてくると、私の真・刀雪嶺斬(新しい名前をつけるべきだろうか?)や魔方陣を不思議そうに見る。
「では、とりあえずじゃんけんでもなんでもいいので、順番を決めてください」
「えっ? 俺らにも作ってもらえるんスか?」
「ええ。今日はそのために呼んだのですから」
「あ、でも、学生連盟とかに魔装具所持の申請しなくてもいいんスか?」
「それは別にすぐやらなくても平気です。冬空先輩。霧や靄のようなものが一ヶ所に集まって、一つになる様子を強くイメージしてください」
私は再び森羅の指示に従って想像する。空中に文字通り霧散する霧が、一つの雫になるイメージ。
すると、刀雪嶺斬は淡く発光すると、粒子状に分解され柄にはまったエレメントに吸い込まれていく。私の手にはエレメントしかなかった。
さらに驚く私達、森羅が説明してくれた。
「これがエレメントを『融合』させたもう一つの理由です。エレメントは形状を〈覚える〉ことにも秀でています。それが魔力が通っていない原石の状態ならなおさらです。イメージするなり、呪文を唱えるなり、名前を呼ぶなりすればまた武器の形をとることができます。それに、武器を出さなくてもある程度の魔法なら使えると思います」
「…………スゲー。スゲー! スゲー! スゲー! 悠夜、お前って本当になんでもできんだなっ」
「なあなあ。もしかして、生み出した武器って、擬人化とかできるのかニャ?」
「できません。でも、皆さんの場合は設計図も何もない中で創るわけですから、ちゃんとイメージしてくださいね」
「うーん、私はどんなものにしようかしら。悠夜さん、何かオススメ等あります?」
「俺も迷うッスねー。やっぱり剣とか、かっこよさそうッスよね」
「あ、じゃあ私は包丁にしよ。人ぐらいの大きさのあるやつ」
「「「「「考え直してください」」」」」
月弦の提案に私以外の五人が一斉に口を開いた。私はいいと思うのだがな、大きい刃物(包丁)。そう言えば月弦は病院でも抜いていたし、刃物の心得があるのかもしれないな。
にしても、何故みんなはあんな必死な顔をしているのだろう。森羅に至っては、嫌なことでも考えたか顔が真っ青だ。
月弦をなんとか思い止まらせ別の物を考えると言い、他の物達も頭をひねらせていた。森羅は次の準備のため、ポケットから無色のエレメントを取り出し握りしめた。私の時もそんな風に行ったのだろう。
私も手の中にあるエレメントを握りしめる。気持ちのいい冷たさが肌に伝わり、思わず顔が綻ぶ。
(約束しよう。もうお前を壊したりはしない)
3
やはり一から創るのは難しく、全員分の魔装具を創るのに時間がかかり昼過ぎまでかかった。
僕が作った弁当をみんなで食べた後は、解散した。皆さんはもっといろんなことをしたがっていましたが、いかせん僕が疲労していたので、帰らせることにしました。
帰宅してからは早めに夕食をつくって済ませ、こうして読書も裁縫も何もせずボーッとしています。
いくらエレメントと言う補助装置があっても、魔力ゼロの僕にとってはそれを扱うのも高い精神集中が必要なためとても疲れてしまう。おそらく明日は一日中寝ることになるでしょうね。
(まあ、皆さんの笑顔が見れたからよしとしましょう)
――リンリンッ
突然、ドアベルが鳴った。
時刻は9時を大きく過ぎたところ。こんな時間に訪問者とは珍しいですね。
「今開けます」
そう言って僕は玄関まで行き、ドアの鍵を解除する。
これがいけなかった。僕は次の瞬間、自分の無警戒さを強く呪った。
「ユーちゃん!」
「うわっ」
鍵が開くなり自分でドアを開けた訪問者は、すごい勢いで僕に抱きついてきた。甘い体臭と触れる柔らかい体の感触がひどく落ち着かない。
何でここに? どうして僕の居場所が? 玄関の外にいる少女は誰ですか?
聞きたいことはたくさんありましたが、とりあえず僕はこれを言いました。
「お久しぶりです、師匠」
魔法使いにとって、杖は必要ですよね。
この世界では杖でなく魔装具ですが(笑)
次回にはついにあの人が……
更新をお待ちください。それでは失礼します。ありがとうございました。