婚約破棄をされ公爵令嬢の北の修道院に護送を命じられた男爵令息が「それでも逃げないで下さい」と言い続けたが逃げなかった公爵令嬢の話
「エリーゼよ。婚約は破棄だ!我は王太子なのに小賢しい小言ばかり。全くもってつまらない女だ。代わりに義妹のメロディを婚約者とする」
「・・・殿下、お気が狂われましたか?」
婚約破棄が始まった。大変な事だが私には関係ない。
私はルド・ツバイ、男爵家だ。
低位貴族の私に全くもって関係ない。
「ええい。公爵家に行くのはならん!寮で待機せよ」
殿下の断罪が終わり。
カフェに行くと既に噂で持ちきりだった。
「なあ、どっちにつく?」
「俺は断然王太子派だな」
「王太子殿下の圧勝よ。残念だわ。戦争が起きれば領地の小麦が高く売れるのに」
「王太子派について戦功を上げれば出世できる」
「「「戦争起きないかな」」」
王太子殿下が婚約破棄をしたのは陛下と王妃殿下が外遊をされているからだ。
公爵閣下が宰相だ。後妻の子メロディを溺愛している。
だから兵権のない殿下がクーデターみたいな事をしたのさ。
近衛騎士団、その他の騎士団がどう動くが分からないが、国印を持ち出されたら動かす事も出来るだろう。
そして、エリーゼ様につく諸候は皆無だろうな。
いちいちこんな乱に参加したら首がいくつもあっても足りないな。
と思ったが・・・・
「ルド・ツバイよ。貴公の領地は北の修道院に近い。エリーゼを護送せよ」
うわ。殿下が直々に来られた。
「頼む!」
頭を下げやがった。
「あの殿下、私は貧乏貴族ですので、専用の馬車がないのです」
「それは用意した」
「旅費が・・・」
「これを使いたまえ」
金貨の入った小袋を渡された。
王太子殿下から言われたら・・・嫌とは言えない。
既に王太子派になってしまった。
だが、殿下は低位貴族の実情を知らない。メイドと従者、騎士に囲まれていると思っている。
我が男爵家のタウンハウスは社交シーズンだけ借りる。
つまり、メイドがいないのだ。
ワラワラと私の所に低位貴族、いや、伯爵家もいるぞ。集まって来た。
「なあ、ルド、良かったな。出世するぜ」
「俺も交ぜろ」
「私も一緒にメイド役が必要でしょう?」
だが。
「断る」
皆の申し出を断り。中等部に行く。
妹のニーナをメイド役にしよう。
「ワーイ、お兄様、学園お休みなの?」
「そうだ」
妹は天真爛漫だ。エリーゼ様と合うか?
そう言えば、話したこと無かった。
当日、エリーゼ様を引き渡されて、馬車にニーナとエリーゼ様、御者は私で北の修道院に向かった。
「・・・・・・・」
「エリーゼ様、ほら、左の窓見て下さい。怪鳥とワイバーンが空中戦をしていますよ!」
「・・・・・・・」
終始無言みたいだな。
旅から十日、王国の流通都市で宿に泊まる。
ここらが頃合いだ。
「今回はニーナと私で一部屋です。エリーゼ様はご不便ですがお一人でお休み下さい」
「そう、慣れているわ・・・」
厳しい顔をされている。公爵令嬢なのに髪はロールロールしていない。金髪を肩まで下ろしている。
辛うじて肌の手入れはされているか?
公爵家での処遇が分かるというものだ。
「あら、私の顔に何かついておりますの?」
「いえ・・」
「ワーイ、お兄様、エリーゼ様に見とれている-」
「ゴホン、早く部屋へ戻ろうか?令嬢文庫買っておいたから読むが良い」
「いいの?」
「ああ、家では禁止だからな」
「それとエリーゼ様、宿代は払っております。自由に外に出られますが、決して外に出ないで下さい」
「分かりましたわ」
「それと我が家門は今更出世しようとは思っておりません。男爵家と言っても豪農に毛が生えた程度、今更男爵位を剥奪されても困りません。それでも逃げないで下さい」
「分かりましたわ」
「外に運河がございます。早朝船に乗れば他国へ出られます。それでも・・・」
「逃げませんわ」
「結構です」
背筋をピンと伸して扇で口元を隠して仰る。これで大丈夫だろう。
夜更かしして寝坊する。
宿チックアウトギリギリでエリーゼ様の部屋のドアをノックした。
トントントン♪
「はい、準備出来ておりますわ」
え、何故、逃げないの?
「ワーイ、お嬢様、お姫様みたい!」
「ゴホン、公女様だ。ニーナ、やめないか?まるで、騎士に騎士様みたいだになっているぞ?」
「分かった!エへへへへ」
エリーゼ様が一瞬クスッと笑ったような気がした。
失敗したな。エリーゼ様は無一文なのだ。
それからも、街の中を通る機会があった。
あ、オモチャ屋だ。お人形がショーケースに飾られている。
馬車を止め。ニーナに呼びかける。
「おい、ニーナ、お人形を買ってやろうか?」
「お兄様、私は13歳です。もう、お人形は卒業です。恋のお年頃です」
「恋に恋をしているだろう?」
「お兄様、意地悪なのです」
分かっていないな。
あ、本屋の看板が見える。
「ニーナ、本屋がある。令嬢文庫買ってやろうか?」
「お、お兄様、ぜひ!」
令嬢文庫、メイドと若旦那の恋とか、男爵令嬢と王子との恋、貴族令嬢と他国の王子の恋とか。いろいろけしからん身分差恋愛の小説だ。
「エリーゼ様、これから、ニーナと本屋に入ります」
「分かりましたわ」
「ニーナは一端本屋に入ると二時間は没頭します。ええ、その間、絶対に馬車には戻りません。もっとかかるかも知れません。余分なお金は馬車の中に置いておきます。ですから、絶対に逃げないで下さい」
「分かりましたわ・・」
「絶対ですよ」
ニーナは一心不乱に本を選ぶ。
何だ。皆、似たような内容だ。
「ニーナ良いのあったか?」
「・・・・・・・・・」
集中しているな。私は令息文庫の方に向かう。
これも似たような内容の話が乱立している。
「・・・カゲが活躍する冒険活劇か。懐かしいな」
令息文庫は令嬢文庫に比べたらバリエーションはある。
これもけしからん内容で大人は眉をひそめる。
お嬢様を助けたら溺愛されて困っているのですけど・・だと。
何で溺愛されたら困るのだ。
不特定多数の女性に好かれる内容が最近の流行か。重婚は王家に男子が生まれないときか、魔王討伐に成功した勇者殿ぐらいしか許可されないのに・・・
たっぷり二時間、ニーナは選びまくった。
「お兄様、これを買って下さい」
「うむ。五冊か、まあ、旅のお伴に丁度良いだろう」
「エリーゼ様にも読んでもらうわ」
「ああ、それは・・・」
目を輝かせるニーナに、エリーゼ様はいないとは言えなかった。
だが、
「お帰りなさいませ・・・」
何故いるのだ。逃げないのか?金も置いておいたのに・・・
「ワーイ、お姫様、令嬢文庫、どれにしますか?」
「・・・・・・ではこれを・・」
「はい、お姫様と男爵令息の恋ですね」
意味が分からん・・・もしかして、エリーゼ様はとっても鈍感な方なのか?
はっきり言った方が良いのか?
判断に困る。
いや、場所の問題なのか?
それからも、度々、「逃げないで下さい」を連発した。
逃げても困らない理由を何回も述べた。
「我が家門は今更中央に出ようとは思っていません。今でも王都の社交界に出て出費に困っているぐらいです」
「分かったわ」
道中、分かってきた。
「商業ギルドに行きます。エリーゼ様、絶対に逃げないで下さいね」
「あら、私も用事がございますわ」
ええ、
「お兄様、私が馬車の番をするのです」
商業ギルドに行くと、おもむろに紙を出す。
「これは、王国債?」
「はい、お母様から何かあったら使うようにと渡されたものですわ。これを売りますわ。口座を作りますわ。そこに入れて下さいませ」
「もちろんです」
「銀貨30枚引き出しますわ」
「畏まりました」
金、持っているじゃないか?
「ルド様の御用事は?」
「はい、小麦、武器の値が高騰していないかを確認しているのです・・」
「まあ・・私につく貴族はおりませんわ。戦乱は起きません。殿方の出世するチャンスがなくて残念ですね」
「そうじゃない。戦乱が起きなくて良かったです!」
「・・・・・・」
何か、怒らせたっぽい。
それから、下ろしたお金でエリーゼ様からレストランに誘われた。
「お兄様、エリーゼ様がレストランに行こうって・・」
会話もニーナ経由だ。
「馬車の番をするから、二人で行ってきなさい」
「レストランに馬車止めがあるのです。お兄様、行くのです!」
妹に無理矢理手を引かれて行ったが終始無言だった。
気まずい。
しばらく無言が続く。北の修道院までもうすぐだ。
途中、村に給水で立ち寄ったら村の土豪にからまれた。
「ヒヒヒヒ、綺麗な姉ちゃんだな。俺の嫁になれ。俺は準男爵の息子だぜ」
「そうだ。都みたいに三食食べられるぜ。どうせ、北の修道院に行くんだろう?坊ちゃんの嫁になった方が幸せだ」
「お前達が声をかけて良い方ではないぞ!」
ニーナに目配せする。すぐに御者台に上る。
俺が盾になり。エリーゼ様を馬車に向かわせる。
「さあ、エリーゼ様、馬車へ!」
「ナイト気取っているんじゃーない!坊ちゃんが話しているだろうが!」
バキッと殴られた。だが、俺は手を広げてエリーゼ様を庇った。
武術は得意ではなかった。
だが、エリーゼ様は逃げない。
「エリーゼ様、逃げて下さい!」
やっと、逃げて下さいと言えた。心のモヤモヤが晴れたぜ。
だが、またしてもエリーゼ様は逃げない。
「何故、逃げないんですか?逃げないで下さいと言って逃げないで、逃げろと言って逃げないなんて、貴女は生きたくないのですか?北の修道院の・・・」
「訳分かんねえこと言ってんじゃねえー」
北の修道院の平均寿命は5年だ。奉仕という名の重労働が待っている。
また、殴られて地に伏した。だが、ゴロツキ達の悲鳴が聞こえてきた。
「「「ヒィ~」」」
「何だ。指でファイヤーボールを放ちやがった」
「無詠唱だ!」
エリーゼ様が指で小さなファイヤーボールを放ったらしい。
私もファイヤーボールを放てるが、コントロールをして指の大きさ。しかも、無詠唱なんて出来ない。私がやったら、詠唱中にボコられるだろう・・・
「ほら、早く消さないと火傷いたしましてよ」
「「「退散だ!」」」
「坊ちゃんが火事だ!」
何だ。エリーゼ様は強いのではないか?
きちんと一人で生きられるじゃないか?
「さあ、お手を出して簡単な治癒魔法はかけられましてよ」
「はい・・」
それからは・・・北の修道院の壁が見えた所で私は馬車を止めた。
「あら・・・」
「領地に向かいます・・・」
「何故かしら?」
「リスク管理です。陛下が戻るまで情勢は分かりません。それまで領地に留まって頂きます」
「そうね・・・」
「それまで逃げないで下さい」
「分かりましたわ」
領地に戻ると父上と母上は仰天した。
「ヒィ、何だよ!」
「ルドや・・・都でご令嬢を拐かしたの?グスン、お母様がついていくから自首しましょうね」
「違うって・・・」
エリーゼ様は水くみを手伝われた。公爵家では家事はほとんど自分でやられたそうだ。
「お義母様、私もやりましてよ」
「はい、お嬢様」
「エリーゼとお呼び下さい」
「ルド、護衛でついていきなさい」
「はい、母上」
エリーゼ様が水桶を持って村を通るだけで。
年寄り衆は拝みだした。
「女神様だ」
「ありがたや!」
マダム達は噂話をやめる。
「聞きまして、トムさん。昨日、酔っ払ってサムさんの家と間違えて入ったそうよ。サムさんの奥様に赤ちゃん言葉で話しかけたそうよ・・・」
「あら、奥様・・・」
「まあ・・・・」
子供達は口を開けてついて来る。
「フフフフ、坊やたち。ごきげんよう」
「「「ごきげんよう!」」」
若者達は、ハンカチとかをくわえて悔しがる。
「いいな。ルドの若旦那・・・」
「俺も貴族の家に生まれたかった」
「ちょと、サム!何をみているのさ」
「いててぇ!耳を引っ張るな」
「フフフフ、皆様、ごきげんよう」
「ごきげんよう・・・」
何だかな。ごきげんようが挨拶の流行になった。
それから、王都の情勢がこの領地にも入ってきた。
陛下と王妃殿下が外遊から戻られた。
結局、国印を押した命令書でも騎士団は動かなかった。
明らかな命令権者の不在だからだそうだ。
公爵家の騎士団だけでは分が悪すぎる。
公爵閣下は宰相を免職・・・
王太子殿下は王宮内でメロディ様と幽閉。
子供が出来ない処置をされたそうだ。
公爵家の家門を存続させる条件は・・・エリーゼ様の復帰だそうだ。
使者が度々来る。
「旦那様からの要請です・・・婿の釣書です。公爵夫人になれますぞ。旦那様と奥様はお嬢様を支えるそうです。復帰できますぞ・・・」
「・・・・・貴方はメロディ派でなくて?」
「いえ・・・その」
「私のお母様のドレス、メロディに上げたのは貴方ですわよね。あの使用人達のいる屋敷には戻りたくありませんわ」
エリーゼ様は断られている。
私は意見をした。
「エリーゼ様、王都に戻っても良いのではないですか?」
「あら、情勢はまだ分からないわ。ですからこの領地に留まりますの」
「そうですかね・・・」
「公爵家に戻れと言うのなら北の修道院に行きますわ」
「それは・・・勘弁」
おかしい。明らかに情勢は落ち着いているのに・・・
「お兄様、これ・・エリーゼ様が読んでいたわ」
「ニーナ」
令嬢文庫の公爵令嬢と男爵令息の恋の話の本を渡された。
『殿下に真実の愛に目覚めたからと婚約破棄された公爵令嬢の私、なら私も真実の愛の相手、イケメン男爵令息を溺愛しますの』
汚れている。何回も呼んだのだろう。
「ニーナ、これは令嬢文庫とは違う世界だぜ」
「お兄様、逃げないで下さい!」
逃げないか・・・・
妹に促されて私はエリーゼ様の部屋をノックした。
エリーゼ様は床にチョコンと背筋を伸し座っておられた。魔道書を読まれている。
「はい、どうぞ・・ルド様?」
「私はイケメンではありません。成績も中の上でした」
「はい」
「父上も母上も勘違いをよくしますが、二人なりにエリーゼ様を歓迎しています」
「はい」
「この領地は、裸で走り回る子供がおります」
「はい」
「領民は無教養ですが、馬鹿ではないから経営は苦労します」
「はい」
「ですが、気の良い奴らで、何かあると皆で慰め合います」
「はい」
「ですから、妻になって頂きたいです」
自分でも何を言っているか分からない。
フラれて当然、「諾」がめっけものだ・・・
「宜しくてよ」
「そうですよね。これは忘れて・・・」
「その代わり、一生、私から逃げないで下さいませ。旦那様」
「はい!」
エリーゼ様から『逃げないで下さい』と言われた・・・
今までとは逆だ。
エリーゼ様は何事からも逃げなかった。
これからの事、いろいろ大変だが逃げないで二人で立ち向かおうと思った俺がいた。
・・・その後、ツバイ男爵家はツバイ公爵家になる。旧使用人達は全員解雇された。
まさかの逆さま合併を成し遂げ。ルドは公爵になったが、いつも情勢を一歩引いて見る立場を貫き社交界では一目置かれる存在になった。いつも公爵夫人が寄り添っていたと伝えられる。
尚、旧ツバイ領は飛地になったが、後に言語学者がこの領地だけは、挨拶は「ごきげんよう」と発する現象に頭を悩ませたと云う。
最後までお読み頂き有難うございました。




