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百の打ち切りに、鎮魂歌を……[1]


 ()()()()()()()()()()



 これは、前作——仮面舞踏会の一件を終えてから、ずっと俺の頭に引っかかっていたことだ。


 あの夜、セレスティーヌ・アルバトロスという吟遊詩人の歌が、俺の作品に「音響」という要素を加えた。それは即興的な起用だったが、結果は素晴らしかった。


 照明がある。衣装がある。大道具がある。だが——音響がない。

 それは、舞台の四分の一が欠けているに等しい。

 というわけで俺は今、レグランド市の広場にいる。



「あの……レヴィアンさん、でしたっけ。用件を聞いてもいいですか」


 セレスティーヌが、困ったような顔で俺を見上げている。銀髪の三つ編み。穏やかな瞳。腰には使い込まれた竪琴。


 前回の仮面舞踏会では「一回限りの出演」という名目で歌ってもらったが、あの音響効果を一度きりで手放すのは、芸術家として許されない判断だ。



「用件は一つだ――俺の劇団に入れ」

「いきなりですね……」

「セレスティーヌ。君の歌には〝力〟がある。聴衆の感情を動かし、空間の〝色〟を変える力だ。あれは天性の音響効果だ」

「音響、効果……」

「俺の劇団には照明係、衣装係、大道具係がいるが……音響係だけが欠けている。君がいなければ、俺の次の作品は未完成のまま幕を開けることになる」



 セレスティーヌはしばらく黙っていた。それから、おずおずと口を開いた。



「あの……わたし、ただの旅の吟遊詩人ですよ? 街から街を回って、歌を聞いてもらって、投げ銭で暮らしてるだけで……」

「だからこそだ。各地を旅した経験は、人間の感情の引き出しの多さに直結する。君の歌が人を泣かせるのは、技術だけではない。人の痛みを〝知っている〟からだ」

「……っ」


 セレスティーヌの目が見開かれた。全然知らないけど、何か心当たりがあったっぽい。

 ちなみに今の台詞は、八割くらい思いつきだ。だが、それっぽく聞こえただろう。芸術家の言葉には、根拠がなくても説得力があるものだ。




「えっと……その【劇団】というのは、具体的に何をするんですか?」

「暗殺だ」

「……はい?」

「暗殺の演出だ。俺は《終幕庁(フィナーレ)》所属の《執行者(エクセキューター)》で、標的の〝最終幕〟を芸術的に設計するのが仕事だ。君には、その舞台のBGMを担当してもらいたい」



 セレスティーヌの顔が引きつった。



「あ、暗殺……BGM……」

「報酬は出す。食事と宿も保証する。投げ銭暮らしよりかは、よほど安定するだろう」

「いやあの、問題はそこじゃなくて……」


 後ろからフィーネが飛び出してきた。


「セレスティーヌさん! わたし、照明係のフィーネです! お師匠様の劇団、すっごく楽しいですよ! 毎日が勉強で!」

「照明、係……?」

「はい! この前なんて、仮面舞踏会で照明チェックしたんです! 月光が差し込む角度を計算して——」

「仮面、舞踏会……?」



 セレスティーヌの目が点になっている。ニーカが後方で「安心してください。最初はみんなそうです」と小声で付け足した。


 みんなとは誰だ。団員は二人しかいないだろうに。



「……あの」

 セレスティーヌが、意を決したように言った。

「一つだけ聞かせてください。あの仮面舞踏会で、わたしの歌が人を傷つけたりは……しませんでしたか」

「ん?」

「わたしの歌には……その、少し特殊な力があって。聴いた人の感情に影響を与えてしまうことがあるんです。だから、ずっと怖くて……」



 ああ、なるほど。

 固有スキル《心奏曲(ハートストリングス)》。感情操作の力。彼女はそれを自覚していて、かつ——()()()()()



「セレスティーヌ」

「は、はいっ!」

「君の歌は、あの夜の舞踏会で——人々の心に〝真実〟を届けた。伯爵の仮面を剥がしたのは証拠でも暴力でもない。君の歌が、会場の全員に『これはおかしい』と感じさせたのだよ。あれは、人を傷つける力じゃない。人の心に〝正しい感情〟を灯す力だ」



 セレスティーヌの目に、涙が滲んだ。



「……そんなふうに言ってもらえたの、初めてです」

「当然だ。音響は舞台の心臓だ。心臓を恐れてどうする。——俺の劇団で、思う存分に歌え」

「…………はい!」


 慎ましく、でも確かに頷いた。


 よし。音響係、確保っと。

 これで俺の劇団は——大道具、照明、衣装、音響。主要スタッフが揃った。



「ようこそ! セレスティーヌさん!」

 フィーネが満面の笑みで手を握り、リゼットが「また増えたんですか……」と呆れ顔をし、ニーカが「レヴィアン様の計画通りに、劇団が完成に近づいている」と呟いた。



 計画などない。全然、まったく。でも、意味深に口角だけつりあげておく。

 その方が【よく分かっている芸術家】っぽいから。




 ◇◇◇




 セレスティーヌが加入して三日後。

 絶好のタイミングで、《終幕庁(フィナーレ)》から新しい依頼書が届いた。




 標的:ヴァルトラウト・ヘルツォーゲ。通称《鉄の審問官(アイゼンリヒター)》。

 罪状:聖導教会の異端審問官として、無実の市民を異端の名の下に処刑。没収した財産を教会上層部に横流しし、私腹を肥やしている。被害者は過去三年で百名以上。

 危険度:A。本人が高い戦闘力を持つ上、教会の武装修道士団を配下に置く。聖都カテドラルを拠点としており、防衛体制は厳重。

 推奨遂行期限:二十一日間。




 俺は依頼書を読み終え、テーブルに置いた。

 危険度……A。過去の依頼は、CとBだった。格が違う。



 しかも今回は宗教勢力が相手だ。武力で攻めれば教会全体を敵に回す。政治的にも極めて繊細な案件。

 だが——俺の目に映っているのは、そういうつまらない、うじうじとした分析ではない。




「……()()()だ」

「は?」



 リゼットが反応した。この子は最近「は?」が口癖になりつつある。劇団の空気に染まってきた証拠だろう。



「この男の物語のジャンルは、叙事詩(じょじし)だ。宗教的権威。民衆の苦しみ。偽りの正義。——これは壮大な舞台で描くべき物語だ」

「レヴィアン様。具体的には、どのような舞台を?」

 ニーカが問う。

()()()



 俺は立ち上がり、壁の地図を指さした。聖都カテドラル。巨大な聖堂を中心に、教会施設が立ち並ぶ宗教都市。



「宗教的権威が失墜するなら、その舞台は聖堂でなければならない。神の名を騙って人を裁いた男が、神の家で裁かれる。——この対称構造こそが、叙事詩(じょじし)の美しさだ」



 全員が黙って聞いている。フィーネは目を輝かせ、リゼットは呆れた顔で腕を組み、セレスティーヌは不安そうに竪琴を抱きしめ、ニーカは——深く頷いている。



「セレスティーヌ」

「は、はいっ!」

「今回は、君が主役だ」

「えっ……わたし、が?」

「叙事詩に必要なものは何だ。壮大な物語と、それを語る()()()()だ。——今回の作品は、君の歌を中心に構成する」



 セレスティーヌの顔が蒼白になった。



「む、無理です! わたし、人前で歌うのは慣れてますけど、暗殺の……その……」

「暗殺じゃない、【芸術】だ。何度も言わせるな」

「それ、同じことじゃないんですか……?」


 リゼットが小声で突っ込んだが、聞こえないふりをした。



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