衣装係と悲劇の幕開けー[4]
翌朝。
グランシェール伯爵は王都の監察官によって伯爵邸内の一室に拘禁された。護送の準備が整うまで、監視付きで軟禁状態に置かれたのだ。
芋づる式に、彼と癒着していた官僚や商人も次々と摘発されている。没落させられた貴族家への資産返還手続きも始まるらしい。
——そして、その翌朝。
ドミニク・グランシェール伯爵は、軟禁されていた部屋で死体となって発見された。
服毒自決だった。
監察官の報告によれば、伯爵は衣服の裏地に縫い込んでいた毒薬を、夜半に自ら服用したという。遺書はなかった。ただ、部屋の床には——割れた仮面の破片が散らばっていた。
あの舞踏会で落ちた仮面を、伯爵は拘禁後もずっと持っていたらしい。
「……仮面の崩落」
俺は意味深に呟いた。
あの舞踏会で、仮面が床に落ちた。そして今度は——仮面を被ることでしか生きられなかった男が、素顔のまま生きることに耐えられなかった。
これは……これは、俺の脚本にない結末だ。
俺の【最終幕】は、衆人環視の中で伯爵が破滅する場面で終わるはずだった。その後のことまでは設計していなかった。最後はまあ、ニーカに殺させればいっか、とかいう雑な考えでいたのに。
だが——。
手帳を開き、書いた。
『最終幕・後日譚——グランシェール伯爵、服毒自決。テーマ〝仮面の崩落〟は、舞踏会の場面だけでは完結していなかった。仮面を剥がされた者が、素顔では生きられないと悟る——ここまでが、本当の最終幕だった。俺の構想を超えた結末。評価:傑作。ただし、この結末を〝設計〟できなかった自分への反省は残る』
結果として、標的は死んだ。
俺たちの手は汚れていない。
暗殺成功率100%——継続。
これで、もう一つ理解したことがある。
俺の暗殺は【殺す】のではない。標的を取り巻く全てを【舞台】として整えることで、標的が自ら結末を選ぶ——あるいは、結末に飲み込まれる。
それが……俺の『芸術』だ。
……そういうことに、しておこう。実際は、何も計算していなかったが。
俺の手元には、《終幕庁》からの評価書が届いている。
『レヴィアン・グラース。対象:ドミニク・グランシェール伯爵。期限内に遂行完了。標的は自決により死亡。手法は極めて間接的かつ高度であり、社会的包囲による心理的圧殺と評価。付随成果——没落貴族七家への資産返還の端緒を開く。グランシェール領の統治体制正常化に多大な貢献。よって当《執行者》を《一番手》候補として、上層部にて審議中』
《一番手》候補?
……ふむ。俺の芸術性が、ついにそこまで認められたか。感慨深い。
しかし「社会的包囲による心理的圧殺」とは、また大層な評価だ。俺はただ、仮面舞踏会で美しい演出をしただけなのだが。
だが正直、あの作品の出来は完璧とは言えない。リゼットの「独白シーン」は即興だったし、セレスティーヌの転調のタイミングは俺の合図より早かった。計算通りだったのは、全体の三割くらいだ。
七割が即興で成り立った作品を「成功」と呼ぶのは、芸術家として悔しい思いがある。
「レヴィアン様」
ニーカだ。
「あの仮面舞踏会での一連の流れ——全て、あなたの計算通りだったのですね」
「ん……なに?」
「リゼットの独白。セレスティーヌの転調。側近が動くタイミング。監察官の存在……全てを見通した上で、あえて〝即興に見える〟ように演出した。そうですよね?」
全くもって見通していないし、演出もしていない。
でも、そんなことは口が裂けても言えない。
だって俺、芸術家だし。
「ふふっ……最も優れた演出とは、観る者に〝自然に起きた〟と感じさせるものだよ」
「……っ! あなたは、やはり……!」
ニーカの目が潤んでいる。またよく分からない感動をされている。
「伯爵の自決すらも……レヴィアン様の演出の内、ということですね。仮面を剥がすことで、〝素顔では生きられない〟という結末に追い込んだ……っ!!」
追い込んでいない。本当に追い込んでいない。だが結果だけ見ると、確かにそうなっている。仮面舞踏会で全てを暴いた結果、伯爵は自ら命を絶った。因果関係だけで言えば、俺の【演出】が伯爵を殺したようなものだ。
……あれ? もしかして俺、やっぱり天才なのでは?
いやいや。
だが、うん。今の台詞はちょっとカッコよかった。
「レヴィアン」
今度はリゼットだ。昨日とは打って変わって、落ち着いた表情をしている。復讐を遂げた——いや、この場合は「正義が為された」と言うべきか。彼女の手は汚れていない。
「あなたのおかげで、私の家族の無念を晴らすことができました。……感謝します」
「俺は何もしていない。君が自分で仮面を外したんだろう」
「ですが、あれは……衝動的に」
「知っている。あの瞬間の君は——真の芸術家だったよ」
リゼットが目を丸くした。
「……変な人。でも——ありがとう。それで……一つ、お願いがあるのですが」
「何だ」
「あなたの下で働かせてください。あの仮面舞踏会で……私は初めて、自分のスキルが〝正しいこと〟に使われた気がしたんです」
良い申し出だ。【衣装係】は常勤で欲しかったところだ。
「採用だ。衣装監督として雇う。——まずは、基礎訓練からだ。衣装の本質とは何か、分かるか?」
「……変身すること、ですか?」
「違う。〝その人物になること〟だ。外見を変えるのは手段に過ぎない。相手の人生を理解し、思考を模倣し、存在そのものを演じる。——それが、衣装の真髄だ」
リゼットがごくりと息を飲んだ。
「……そ、それは……かなり高度な」
「当然だ。俺の劇団で衣装係を名乗るなら、それくらいの覚悟がなければ務まらない」
隣でフィーネが「わー! お師匠様、新しいメンバーだ! わたしは照明のフィーネです! よろしくね!」とはしゃいでいる。
ニーカは「劇団が……大きくなっていく」と呟いている。彼女の中では、これも俺の「壮大な計画」の一部なのだろう。
もちろん、何も計画していない。
だが——
ちらり、と壁の相関図を見る。団員が増えた。照明、衣装、大道具。
「……音響が、まだだな」
ぽつりと呟いた一言に、ニーカが反応した。
「音響……レヴィアン様、もしや昨夜の舞踏会で歌っていた——」
「ああ、あの吟遊詩人。素晴らしい音響効果だった。本人に自覚があるかは分からないが」
「では、次の作品にも?」
「必要だ。俺の劇団に足りない最後のピースだ——次の依頼が来たら、音響係の正式採用を検討しよう」
ニーカが頷いた。
フィーネが「次はどんな作品ですか!」と目を輝かせた。
リゼットが「作品?……暗殺の話、ですよね?」と困惑した顔をしている。
リゼットはまだ慣れていないらしい。でも、すぐに慣れるだろう。この劇団にいれば、嫌でも。
俺は新しい手帳のページを開き、最初の一行を書いた。
『第三作——タイトル未定。テーマ:音響。ジャンル:叙事詩。演出規模:前二作を超える、これまでで最も壮大な舞台を目指す』
「レヴィアン様。あなた、ニヤニヤしてますよ」
リゼットに指摘された。
いいだろう別に。芸術家が次の作品を構想する時に笑みが溢れるのは、健全なことだ。
「さて」
俺はコートを大げさに翻し、劇団の面々を見渡した。
「次の作品に取り掛かるぞ。——まだ、最高傑作は生まれていない」
「「「はいっ!」」」
フィーネとリゼットの声が揃った。
……団員の声が揃うのは良いことだ。舞台の一体感が出る。
——が、全員別々のことを考えている。
フィーネは「次はどんな照明の修行だろう」と期待し、
リゼットは「次はどんな敵を倒すのだろう」と身構え、
ニーカは「次の任務でも、レヴィアン様の計算は完璧に機能するのだろう」と信じ切っている。
そして俺は——
次こそ、最初から最後まで脚本通りの完璧な作品を仕上げる。
……たまたまではなく、計画通りに。たぶん、いや絶対。
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