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衣装係と悲劇の幕開け-[2]


 翌日。俺はリゼット・メルヴェイユに接触した。

 市場で野菜を買うふりをして声をかけた。彼女は警戒心が強く、最初は事務的な応対だけだったが——俺が「グランシェール伯爵の仮面舞踏会に興味はないか」と告げた瞬間、目の色が変わった。



「……あなたは、何者ですか」

「〝芸術家〟だ」

「は?」

「より正確には、暗殺を芸術に昇華する者だ。《執行者(エクセキューター)》をやっている」


 リゼットの表情が固まった。しばらくの沈黙の後、彼女は声を低くした。



「……あの男の、【依頼】を受けたのですか」

「ああ。グランシェール伯爵の【最終幕】を設計している。そこで、君に提案がある」

「【最終幕】……提案?」

「仮面舞踏会に潜入してほしい。君の仕事は一つだ。伯爵の書斎から、ある書類を回収してくること。それを〝小道具〟として、最終幕の舞台に届けてもらいたい」


 リゼットの表情が険しくなった。復讐心と、警戒心と、そして——わずかな希望の顔。



「……それは、伯爵の犯罪の証拠ですか」

「いや。彼の人生の〝脚本〟だ。彼がどうやって周囲の貴族を没落させてきたか、その手口が全て記録された帳簿がある。——俺の《万象観劇(パノラマ・シアター)》で、書斎の三段目の引き出しに保管されていることまでは把握している」



 嘘は言っていない。ただ、俺にとってあの帳簿は『この物語の裏設定が書かれた資料』であって『犯罪の証拠』という認識はあまりない。



「……あなたを、信用していいのですか」

「信用しなくていい。だが一つだけ約束しよう。俺の最終幕では、グランシェール伯爵は必ず破滅する。——それも、最も〝美しい〟形で」



 リゼットは俺を長い時間見つめていた。



「一つ、聞いてもいいですか」

「何だ」

「なぜ、私なのですか。潜入なら、あなたの仲間でもできるでしょう」

「演出的に必要だからだ。伯爵に没落させられた者が、伯爵の仮面を剥がす。——これ以上に詩的な配役は存在しない」



 リゼットは一瞬、目を見開いた。それから、小さく笑った。



「……変な人」

「よく言われるぞ、特に同僚たちに」

「でも——いいでしょう。やります。ただし、私のスキルを見てからでも遅くはないはずです」



 リゼットが右手を翳した。瞬間、彼女の姿が変わった。金髪が黒髪になり、碧眼が茶色になり、顔立ちまでが別人のように変化する。五秒後には、市場で見かけた別の女性と完全に同じ容姿になっていた。



 固有スキル《千の衣装部屋ワードローブサウザンド》。



「——っ」


 声が出なかった。

 いや、これは。

 これは——。



「〝完璧な、衣装替え〟……」

「え?」

「舞台上で、瞬時に配役を切り替えられる。【衣装替え】の究極形だ。リゼット、君は——」



 俺は彼女の両手を握った。芸術的感動が止まらない。



「俺の劇団の【衣装係】になれ」

「……いしょう、がかり?」

「衣装係だ。いや、衣装監督と言っていい。このスキルがあれば、潜入シーンの演出幅が無限に広がる。頼む……俺には、君が必要だ」



 リゼットは困惑した顔で俺を見ていたが、ニーカが後ろから補足した。



「安心してください。レヴィアン様は見た目も発言も怪しいですが、悪い人ではありません。……たぶん」



 たぶんはいらない。




 ◇◇◇




 仮面舞踏会まで、残り十日。

 俺は【最終幕】の脚本を完成させた。壁一面に貼った相関図を見ながら、計画を確認する。


 第一幕「仮面の社交」——リゼットが変装して舞踏会に潜入。伯爵の書斎から帳簿を回収する。

 第二幕「真実の暴露」——舞踏会の最中に、帳簿の内容が〝演出的に〟明るみに出る。

 最終幕「仮面の崩落」——虚飾で塗り固めた伯爵の〝仮面〟が剥がれ、全ての招待客の前で彼は破滅する。


 完璧だ。三幕構成として非の打ち所がない。



「レヴィアン様。一つ確認ですが」

「何だ、ニーカ」

「帳簿の内容を〝演出的に明るみに出す〟とは、具体的にどのような手段を?」

「ああ、それなんだが——」


 正直、まだ決まっていない。

 帳簿を回収するところまでは完璧なのだが、その情報をどうやって舞踏会の場に「演出的に」投下するか。ただ公開するだけでは芸術性がない。かといって、あまり凝った仕掛けにすると失敗のリスクが上がる。


「……最も自然な形で、最も劇的に。第二幕の転換点は、観客が〝自分で気づいた〟と感じる形でなければならない」

「…………」


 ニーカが黙って聞いている。その目が「またよく分からないことを言っている」と語っている——ように見えるが、実際は「深い意味を読み取ろうとしている」のかもしれない。この子はいつもそうだ。



「お師匠様!」


 フィーネが走ってきた。照明の修行——もとい、市場での観察から戻ったらしい。



「お師匠様、面白い人を見つけました!」

「面白い人?」

「吟遊詩人の女の子です! 広場で歌ってたんですけど、聴いてたら泣いてる人がいっぱいいて。でも、歌の後は、みんな笑顔になってて……照明的に言うと……光の色が変わった感じ?」



 照明的に言う必要は一切ないが、面白い報告だ。



「歌で、人の感情が変わった?」

「はい! すっごく不思議で、わたしも少し泣いちゃいました……あははっ」


 俺は手帳を閉じた。

 歌で人の感情を動かす——それはつまり、【音響効果】だ。舞台の空気を変える力。

 今の俺の劇団に足りないもの。

 ……いや、待て。今は仮面舞踏会の演出に集中すべきだ。音響係の件は後回しにしよう。



 ——と思ったのだが。

 翌日、偶然その吟遊詩人を見かけてしまった。

 広場で銀髪の少女が歌っている。俺は《万象観劇(パノラマ・シアター)》を起動した。



 ——見えた。

 彼女の歌声から、光の波紋が広がっている。それが聴衆の因果の糸に触れると、糸の色がゆるやかに変化する。灰色が暖色に、冷たい糸が柔らかく揺れる。



 これは——【スキル】だ。歌に感情操作を乗せている。

 舞台演出として考えると、これは『BGM』の究極形だ。音楽で観客の感情を支配できる。笑わせることも、泣かせることも、怒らせることも自在に。



 ……待て。

 怒らせることも?

 俺の頭の中で、仮面舞踏会の脚本が書き換わった。

 第二幕の転換点。帳簿の内容【演出的に】公開する方法。答えが見えた。

 帳簿そのものを突きつけるのではない。帳簿に書かれた「物語」を、歌にするのだ。舞踏会のBGMとして。



 伯爵が没落させた貴族たちの悲劇を、吟遊詩人が歌う。招待客たちは最初、それを「余興」として聞く。だが歌に込められた感情操作が徐々に効いてくる。不安、疑念、義憤——それが会場全体に広がった時、伯爵の仮面は内側から崩れ始める。



 完璧だ。

 いや、完璧すぎる。自分で自分の才能が恐ろしい。



「——すみません、そこの方」



 俺は広場の吟遊詩人に声をかけた。



「あなたの名前は?」

「え? あ……セレスティーヌです。セレスティーヌ・アルバトロス。……あの、何か?」

「俺の劇団の【仮面舞踏会】に出演してくれないか」

「……はい?」


 隣でフィーネが「お師匠様がまたスカウトしてる!」と目を輝かせ、ニーカが「あの人には何か考えがある」と真顔で頷いていた。



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