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衣装係と悲劇の幕開け-[1]


 ()()()()()()()()()()()()



 ……いや、正確に言えば、俺は劇団を運営しているわけではない。《執行者(エクセキューター)》として依頼をこなし、報酬を受け取り、その金で暮らしている。至って普通の職業人だ。


 だが最近、出費が増えた。

 原因は明白で、()()が増えたからだ。



「お師匠様! 今日の照明の修行は何をすればいいですか!」


 朝っぱらから元気なのはフィーネ。赤髪そばかすの照明係。最近は街を歩きながら「すれ違った人の感情を記録する」という修行を課しているのだが、この子は真面目にノートを付けて毎晩報告してくる。



「今日は休みだ、好きにしろ」

「えっ、お休み? でもお師匠様、芸術家に休みはないって——」

「それは俺の話で、照明係には休息も必要だ。休んだ目でなければ、光の繊細な差異は見分けられない」

「……! さすがお師匠様、とっても深いお言葉です!」



 深くはない。昨日の依頼の報酬が入ったから、食材の買い出しに行ってほしいだけだ。だが「買い物に行け」と言うより「休め」と言った方が師匠っぽいので、そうした。


 最近、こういう処世術が身についてきた気がする。芸術家としての成長だろうか。



「レヴィアン様。《終幕庁(フィナーレ)》から新しい依頼書が届いています」



 ニーカが封書を差し出した。いつも通り表情がない。いつも通り俺の二歩後ろに立っている。この子は寝ている時以外ずっとこの位置にいるので、たまに振り返った時に心臓が止まりそうになる。



「ふむ……ご苦労」



 意味深な笑顔で、封蝋を切る。中身を広げる。



 標的:ドミニク・グランシェール伯爵。

 罪状:周辺領地の貴族を謀略により没落させ、資産を不正に吸い上げた。近年は民間人への被害も拡大。被害貴族家は過去五年で七家。

 危険度:B。本人に戦闘能力はないが、私兵団《白鴉隊》を保有。伯爵邸は要塞並みの防備。

 推奨遂行期限:十四日間。




 十四日か。

 前回の七日よりはマシだが、それでも足りない。

 そして、今回はそれ以上に気になることがある。



 俺は《万象観劇(パノラマ・シアター)》を依頼書に添付された資料に向けて起動した。標的の肖像画、被害者リスト、周辺地図——それらから伸びる因果の糸を読み取る。



 ドミニク・グランシェール。四十八歳。元は中堅貴族だったが、五年前から急速に勢力を拡大。方法は一貫している。周辺貴族のスキャンダルを掴み、脅迫し、財産を吸い上げ、最終的にその家を没落させる。



 因果の糸が示す構図は——



「……なるほど」



 これは面白い。

 この男の人生は【喜劇】だ。他者を陥れることで成り上がった道化。仮面の下に本当の顔はなく、虚飾だけで膨れ上がった風船のような存在。


 ならば、最終幕は——



()()()()()だ」

「……は?」



 ニーカが驚いたような声を上げた。



「ドミニク・グランシェール伯爵。この男の最終幕に相応しい舞台は、仮面舞踏会しかない。仮面で偽りの顔を隠した者たちの中で、彼の仮面だけが剥がれ落ちる——これ以上にドラマチックな構図があるか?」


「はっ……なるほど。レヴィアン様がそう仰るなら、それが最善なのでしょう」



 ニーカがこくこくと頷いている。でもたぶん、彼女は俺の意図を正確に理解してはいない。いや、「演出としての仮面舞踏会」という概念を理解できる人間が、そもそもこの世界にどれだけいるのか。


 芸術家とは、常に孤独なのだ。



「調べたところ、グランシェール伯爵は二週間後に自邸で、大規模な仮面舞踏会を開催する予定です」


 ニーカがさらりと補足した。


「……ほう」

「招待客には周辺領地の貴族、商人、さらには王都からの来賓も含まれるとのことです」


 つまり、俺が最終幕に選んだ舞台が、向こうから勝手に用意されるという話。

 まるで全てを見通していたかのような采配、我ながら惚れ惚れしそうだ。



「流石です……レヴィアン様。依頼書を読んだ段階で、この舞踏会の存在まで見通しておられたのですね」



 見通していない。今初めて知った。

 だが——


「……ふっ」


 俺は不敵に微笑んだ。この微笑みにも、だいぶ慣れてきた。




 ◇◇◇




 グランシェール伯爵領。レグランド市。


 下調べのために現地入りした俺たちは、まず市の中心部を歩いた。ニーカとフィーネを連れている。フィーネには「照明の実地研修」と説明してあるが、要するに街の様子を観察させている。


「お師匠様、この市の人たちの顔、暗いです」


 フィーネが言った。修行の成果か、最近この子は人の表情を見る目が鋭くなってきている。


「ほう、どう暗い?」

「えっと……怒っているんじゃなくて、諦めてる感じ? 笑ってる人はいるんですけど、目が笑ってない人が多いです」

「……なるほど。観客の心理状態が悪い。最終幕の感動を最大化するには、まず観客の感情を〝底〟に落としておく必要がある。その意味では、この街の状態は演出的に好都合だ」

「さすが、お師匠様! そこまで考えて!」



 考えてはいない。だがフィーネの「街の人たちの顔が暗い」という観察自体は、重要な情報だ。グランシェール伯爵の圧政が、市民の精神にまで影響を与えている。



 ——手帳にメモ。『第一幕:舞台となる街の空気。灰色。重い。これを第三幕で反転させる構成が理想的』。



万象観劇(パノラマ・シアター)》を起動する。街全体を覆う因果の糸を俯瞰した。



 グランシェール伯爵を中心に、支配の糸が放射状に伸びている。貴族、商人、市民——あらゆる階層が彼の影響下にある。

 その中で、一本だけ異質な糸が見えた。

 伯爵に向かって伸びる、赤い糸。赤は因果の糸の中で【強い感情】を示す。愛情か、憎悪か。



 糸の元を辿ると——市場の片隅で、一人の少女が野菜を売っていた。

 金髪。碧眼。身なりは粗末だが、背筋が異常に真っ直ぐだ。姿勢がいい。庶民の姿勢ではない。

 そして彼女の因果の糸は、グランシェール伯爵に対して真っ赤に燃えていた。

 ——復讐心か。



「ニーカ」

「はい」

「あの野菜売りの少女、何か知っているか」

「……少々、お待ちください」


 ニーカが影のように消え、五分で戻ってきた。



「リゼット・メルヴェイユ。元メルヴェイユ子爵家の令嬢です。三年前にグランシェール伯爵の謀略で家が没落。両親は失意のうちに病死。現在は身分を隠して、市場で働いています」

「……なるほど」



 手帳を開く。『登場人物追加:リゼット・メルヴェイユ。元貴族令嬢。復讐者。——この物語のヒロインだ』。



「レヴィアン様?」

「この男の最終幕に、彼女は必要不可欠だ。搾取者の破滅を、被害者自身が目撃し、それでいて被害者の手は汚れない——この構図を実現するには、彼女を物語に組み込まなければならない」

「……流石です。彼女を利用するのですね」

「利用? 違う、【配役】だ」



 ニーカが、はっと何かに気づかされた顔で頷いた。

 それが何なのかは、俺には知るよしもなかった。


 ニーカは何に気づいたんだろう、本当に。



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