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破滅の芸術家(マエストロ・ルイーナ)-[3]



 それから四日。



 俺は「最終幕」の舞台を整えるべく、マルコの側近への工作を進めた。具体的には、マルコが孤児たちを搾取している証拠を、側近の中で最も良心が残っていそうな男の目につく場所に「うっかり」置いておく。



 これは「第二幕の転換点」だ。内部から崩壊が始まる、最も美しい展開。

 ……のはず、だったのだが。



 どうもあの証拠、俺が思っていた以上に決定的だったらしい。

 側近が一人で抱え込むと思ったら、そいつが自警団に駆け込んだ。自警団が動いたら、芋づる式にマルコの不正が明るみに出て、癒着していた貴族まで巻き込んだ大騒動になった。



 いやいやいや。



 違うぞ。俺の脚本では、側近が密かにマルコを裏切り、最終幕でマルコが孤立した状態で薔薇園にて破滅を迎える——という段取りだったのだが。



 なぜ、街全体が大騒ぎになっている?



 マルコは自分の商会に立て篭もり、私兵たちに防衛を命じた。ルエンティス市の自警団が商会を包囲している。群衆まで集まってきている。



 これは……俺の脚本にない展開だ。



 俺の隣に立つニーカが、口を開いた。


「……レヴィアン様。商会の中に、まだ逃げ遅れた使用人がいます。私兵に人質にされている可能性があります」

「む」

「——私が、行きましょうか」



 ニーカの目が変わった。冷たく、鋭い。元暗殺兵器の目だ。



「……ああ。頼んだ」

「はい。すぐに」



 ニーカが動いた。商会の屋根から侵入し、私兵を一人ずつ無力化していく。その速度、その正確さ。影のように、音もなく。



 ああ……素晴らしい。

 あの動き。あの身のこなし。まるで舞台上の独舞(ソロ)だ。暴力的でありながら、一切の無駄がない。

 俺はコートのポケットから手帳を出し、「ニーカの戦闘——舞台効果として極めて有効。今後の演出に積極的に組み込むべし」と書き留めた。



 いや、今書くことではない気はするが、感動を記録するのは芸術家の義務だ。


 十五分後。


 ニーカが戻ってきた。衣服に返り血一つついていない。



「終わりました。使用人は全員無事です。私兵は十二名、全員拘束しました」

「ご苦労。見事な()()()()だった」

「……()()()()、ですか」

「ああ。特に三人目を仕留めた時の間合いの詰め方が良かった。あの〝溜め〟が、緊張感を生んでいた」



 ニーカがじっと俺を見ている。意味が分からないから聞き返したいのか、それとも何か思うところがあるのか。大丈夫だ、ニーカ。俺も意味は分かっていない。


 そしてニーカは何か言いたそうな顔のまま、口を噤んだ。



 最終的に、マルコ・ヴェルーガは商会の前で自警団に身柄を拘束された。

 薔薇園ではなかった。

 俺の設計した「最終幕」とは、まるで違う結末だった。

 悔しい、惜しい、計算違いだ。


 だが——。


 俺は、目の前の光景を見た。

 怒号を上げる市民たち。引きずり出されるマルコ。その向こうで、自由になった孤児たちが泣いている。


 ……悔しいが、認めよう。


 これは、俺の脚本を超えている。「民衆の怒り」という舞台装置は、俺には設計できなかった。あの群衆の感情の波、怒号の合唱、そしてその中で崩れ落ちるマルコの姿——。


 即興劇としては、最高の出来だ。

 ただし、まだ【最終幕】は終わっていない。

 マルコが拘束されただけでは、暗殺は完了しない。彼の【死】をもって、物語は閉じる。


 俺の脚本では、ここから薔薇園で静かに幕を引く予定だったのだが——まあいい。自警団に引き渡された以上、場所は選べない。


 問題は【どのように最終幕を迎えるか】だ。

 ——と、俺が次の演出を考えていたその夜のことだった。



 マルコ・ヴェルーガが、死んだ。



 自警団の留置所で、何者かに殺された。

 首筋に一刺し、音もなく。留置所の見張り二人は眠らされており、侵入の痕跡は皆無。

 俺は《万象観劇》で、マルコの因果の糸がどこで途切れたかを視た。

 糸の断面から逆算すると——あの「劇中劇」だ。マルコの裏に視えていた、もう一つの大きな蜘蛛の巣。あの組織が、マルコを()()()した。


 マルコが自警団に拘束され、取り調べを受ければ、背後の組織の情報が漏れる。だから——生かしておけなかった。


「……なるほど」


 俺は手帳を開いた。

 そして、しばらく考えて、こう書いた。


『最終幕——予定変更。結果:想定を超える名作。マルコ・ヴェルーガの死因は「裏切りの連鎖」。搾取者が、さらに大きな闇に飲み込まれる——悲劇としては、俺の薔薇園の構想より上位の結末かもしれない。反省点:芸術には、計算外の即興を許容する懐の深さが必要。次回の作品に活かすこと』


 結果として、標的は死んだ。

 俺の手は汚れていない。

 暗殺成功率100%——継続。

 

 ——うむ。芸術家として、また一つ成長した気がする。


「流石……レヴィアン様は、ここまで計算されて、動いていたのですね。わたしを助けたのも、あの意味深な指示も、全てはこの時のために……」


 後ろの方で、ニーカが何か言っていた。

 ここまで計算して? ……あの意味深な指示?


「あの証拠を側近に見せたのも、自警団を動かしたのも、マルコを拘束させたのも——全ては、背後の組織に『マルコを消さなければならない』と判断させるため。最初から、()()()()()()()()()つもりだったのですね……」


 ……え?

 いや、違うぞニーカ。俺はそんな壮大なことは何も——

 だが。

 冷静に考えると、結果だけ見れば確かにそう見える。俺がマルコの不正を暴いたことで、背後の組織がマルコを「危険な証人」と判断し、消した。俺は一切手を下さず、標的は排除された。


 ……あれ? もしかして俺、天才なのでは?



「流石です、レヴィアン様」

「ま……まあな。この程度は、造作もない」


 ただの偶然だが、まあいいだろう。

 とりあえずなんだか上手くいったらしく、俺は不敵に微笑むことにした。




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