笑えなかった劇場主ー[6]
二日後。
《風刺劇》は、護送中に自ら舌を噛み切って死亡した。
……正直、これは予想外だった。
俺の脚本では、こいつは司法の手で裁かれて終わるはずだった。つまり今回こそは「脚本通りの結末」になるはずだった。
のに。
「なんで、死ぬんだよ……【脚本通り率】が、また下がったじゃないか……」
手帳を抱えてうなだれる俺に、ニーカが近づいてきた。
「レヴィアン様。あの男の死について——一つ、わたしの見解を述べてもよろしいですか」
「……聞こう」
「《風刺劇》は、あなたに全てを見通されていたことに、耐えられなかったのだと思います」
「……見通して?」
「リゼットの潜入。対抗公演。一般役者たちの内部告発。裏帳簿の確保。被害者たちの覚醒。——あの男にとって、自分の人生すべてが、あなたの〝脚本〟の中に組み込まれていたと気づいた瞬間。……それは、風刺の名手にとって、最も屈辱的な〝笑い〟だったのではないでしょうか」
「…………」
「自分が誰かの脚本の登場人物だった。自分の行動の全てが、演出家の手の内にあった。——その屈辱こそが、あの男を死に追いやったのだと」
ニーカの目は真剣だった。心からそう信じている。
……いや。俺はそんな壮大なことは何も計画していない。リゼットの演技がリアルすぎたのは偶然だし、一般役者が動いたのも想定外だし、被害者が名乗り出たのも予想外だ。
全部、偶然だ。
でも——結果だけ並べると、確かに「完璧な脚本」に見える。最初から全てを計算した、一分の隙もない包囲網。
そしてこの〝完璧に見える包囲網〟の存在が、《風刺劇》を精神的に追い詰めた——とニーカは解釈している。
「……芸術家は、結末を選べない。選べるのは、過程だけだ」
「はい。そしてその過程が——あまりにも完璧だったから、あの男は自ら結末を選ぶしかなかった。……レヴィアン様。あなたは、やはり恐ろしい方です」
恐ろしくない。本当に恐ろしくない。俺はただの——脚本通りに物事が進まない、残念な芸術家だ。
だが。
ニーカの言うことを否定したら、今までの「不敵な微笑み」が全部台無しになる。
「…………ふっ」
不敵に、微笑んでおいた。
後ろでリゼットが「……また始まった」と呟き、フィーネが「お師匠様かっこいい!」と手を叩き、セレスティーヌが「あの笑い、本当に計算なのかなあ……」と首を傾げていた。
セレスティーヌの観察眼が、地味に脅威になりつつある。
ともあれ。
結果として、標的は死んだ。
俺の手は汚れていない。
暗殺成功率100%——継続。
そして、《終幕庁》からの評価書。
『レヴィアン・グラース。対象:《風刺劇》。遂行完了。標的は護送中に自決。手法は社会的包囲による段階的孤立化と評価。特筆すべきは、対象の劇場内部に潜入させた工作員を起点とした多層的な情報網の構築であり、内部告発・外部証言・物的証拠の三方向からの同時包囲は前例のない精密さと評される。付随成果——《黒幕連》の資金洗浄ネットワークの一つを解体。《笑う仮面亭》の暗殺拠点としての機能を壊滅。メルカトーレ市における情報売買組織の摘発。残存〝演目〟:五名』
……「多層的な情報網の構築」「三方向からの同時包囲」「前例のない精密さ」。
大袈裟すぎないか、この評価書。
俺がやったことは、リゼットに潜入を頼み、セレスティーヌに歌わせ、フィーネに照明を任せ、ニーカに安全管理を任せただけだ。あとは脚本を書いて、対抗公演をやった。
それだけなのに、なんでこんな凄いことになっているんだ。
……まあいい。芸術作品から何を読み取るかは、鑑賞者の自由だ。
残り五つの演目。
悲劇。喜劇。叙事詩。黙劇。終幕劇。
「お師匠様。次はどの演目ですか!」
フィーネが聞いた。
「……まだ決めていない」
本当に決めていない。だが——次の演目は、向こうから来る気がする。
《黒幕連》は、二人の幹部を失った。残りの五人が黙っているはずがない。
「レヴィアン様」
ニーカが、いつもの位置で言った。
「次は——もっと、厳しい戦いになります」
「分かっている」
「……でも」
「でも?」
「……あなたの劇団なら、大丈夫です」
珍しく、ニーカが断言した。
ふっ……そう来たか。お前も覚悟を決めているというのなら、俺も見せよう。
芸術家魂、というものを。
「さて」
俺は手帳の新しいページを開いた。
「次の作品に取り掛かるぞ。——まだ、最高傑作は生まれていない」
「「「「はいっ!」」」」
さてはて——いい加減そろそろ、脚本通り率……次こそは50%を超えたい。
超えたいが、たぶん無理だろう。
でも……まあ、いいや。うん。
即興を恐れるな。計算外を愛せ。
俺は——芸術家だ。
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