笑えなかった劇場主ー[4]
反応は、翌日の朝に来た。
予想していたどのパターンとも違う形で。
宿の扉に、一通の手紙が挟まれていた。《笑う仮面亭》の紋章入りの封書。
中身は——招待状だった。
『《破滅の芸術家》殿。昨夜の公演、拝見いたしました。素晴らしい風刺でした。つきましては、ぜひ当劇場にお越しいただき、直接お話をしたい。——《笑う仮面亭》劇場主より』
「……招待?」
「罠でしょう」
ニーカが即答した。
「ああ、十中八九罠だろうな」
「それでも……行くのですか?」
「ふっ……無論だ」
「……レヴィアン様」
「ニーカ。風刺に対して怒るでもなく、対抗するでもなく、招待する。——これは予想外だが、こいつの性格を示している」
「性格?」
「余裕だ。あるいは——余裕の〝ふり〟だ。自分を風刺されて怒りを見せれば、昨夜の芝居の通りになってしまう。だから逆に、余裕を見せる。〝笑えましたよ〟という態度で迎えることで、風刺の効果を打ち消そうとしている」
「つまり……」
「こいつは、俺の脚本を読んでいる。風刺に怒れば負け、だから笑って受け入れるふりをする。——頭のいいやつだ」
「では、どうしますか」
「行く。ただし——全員で」
「……了解しました」
◇◇◇
《笑う仮面亭》。劇場主の私室。
通されたのは、舞台裏の奥にある豪華な部屋だった。壁一面に仮面のコレクション。笑う仮面、泣く仮面、怒る仮面——あらゆる表情の仮面が飾られている。
「ようこそ、《破滅の芸術家》。お噂はかねがね聞いておりますとも」
《風刺劇》——劇場主が、椅子に座ったまま俺たちを迎えた。銀縁の眼鏡。取り繕ったような笑み。昨夜リゼットが完璧に模倣した、あの姿。
「昨夜の公演、見せてもらったよ。いやあ、笑ったね。特にあの劇場主役の女の子、私そっくりだったでしょう? よぉく研究しておられる」
「褒めてもらえて光栄だ」
「あぁ……褒めているさ。風刺は【芸術】だからね。私の芸術が、別の芸術家に風刺される——これほど光栄なことはない」
余裕の笑み。完璧な演技。
しかし——俺の《万象観劇》は見逃さない。
この男の因果の糸。表層は穏やかな金色——余裕、自信、知性。だがその奥に、細く震える赤い糸がある。
怒り。
こいつは——激怒している。
風刺されたことへの怒り。笑われたことへの怒り。だがそれを、完璧な演技で覆い隠している。
……なるほど。こいつ自身が、最高の【役者】だ。
「さて。本題に入ろうか」
《風刺劇》が笑みを消した。
「君が《黒幕連》の〝演目〟を狩っていることは知っている。《即興劇》を潰したのも君だ。——で、次は私、というわけだ」
「隠すつもりはない、そうだが?」
「率直だね。好きだよ、そういうの。——でも、一つ提案がある」
「提案?」
「勝負をつけよう。演劇で」
「……なに?」
「三日後。この劇場で、公開対決だ。君の劇団と、私の劇団。同じ舞台で、交互に作品を上演する。観客の投票で、勝った方が——負けた方の全てを手に入れる」
「全て、とは?」
「私が負ければ、私は君に全てを差し出す。《黒幕連》内部の情報、この劇場、そして——私自身の身柄を。逆に、君が負ければ——」
「俺が、負ければ?」
「君の劇団を解散してもらう。二度と《黒幕連》に干渉しない、と約束してもらう」
……勝負。演劇で。観客の投票で。
これは——罠か?
当然、罠だろう。自分の劇場で、自分の観客の前で、自分が有利な条件で勝負を仕掛けている。
だが、
「面白い」
「レヴィアン様!」
ニーカが制止しようとしたが、あいにくと俺はもう答えていた。
「受けよう。三日後。この舞台で——どちらの芸術が本物か、決着をつける」
《風刺劇》が、笑った。
だが今度は——俺にも見えた。
あの笑みの奥に、計算がある。そして計算の奥に、怒りがある。
こいつは、俺を潰したいのだ。演劇という自分の得意な土俵で、衆人環視の中で、完膚なきまでに。
上等だ。
劇場を出た後、ニーカが詰め寄ってきた。
「レヴィアン様。罠です。あの劇場の観客は《風刺劇》の信者です。公平な投票になるはずがありません!」
「ふっ……分かっているさ、その程度のことは」
「なら、なぜ——!」
「ニーカ。投票が操作されることは、織り込み済みだ。——重要なのは〝勝敗〟じゃない」
「では……いったい、何が重要なのですか」
「あの男を、舞台の上に引きずり出すことだ」
全員が不意打ちを食らったかのような顔で、俺を見た。
「《風刺劇》は〝裏側〟に隠れることで権力を維持している。劇場主として表に立ちながら、本当の姿——暗殺者としての顔は隠している。だが、公開対決の場で、追い詰められたら——」
「……仮面を脱ぐ、と?」
「ああ。俺たちの〝風刺〟が効いていないふりをしていたが、あの男は怒っている。因果の糸が教えてくれた。三日後の舞台で、その怒りが——爆発する瞬間が来る。その瞬間が、【最終幕】だ」
「脚本通り、なんですか? これは……」
リゼットが聞いた。
「……どうだろうな。脚本通り率は、今回こそ上げたいが」
手帳を開いた。
『第五作「風刺劇返し」。三日後、《笑う仮面亭》にて公開対決。脚本通り率の目標:50%。……30%でいい。いや、20%でも。もう何パーセントでもいいから成功してくれ』
心は正直だった。




