笑えなかった劇場主ー[2]
調査結果が揃ったのは、五日後のことだった。
フィーネの報告。
「お師匠様! 劇場の構造、完璧に把握しました! 舞台裏には隠し通路があって、楽屋から直接〝劇場主の私室〟に繋がってます。あと、地下に倉庫があるんですけど、普通の小道具倉庫にしては警備が厳重で、怪しいです!」
「地下倉庫……暗殺の道具か、あるいは――取引の記録か」
「たぶん、そうだと思います。照明的に言うと、あの地下だけ〝光の届かない場所〟です」
照明的に言わなくていいが、的確だ。何だろう、最近フィーネに俺の【芸術家仕草】が移ってきている気がする。それはやはり……俺がイケてる芸術家だからということだろう。
「どうしたんですか、お師匠様?」
「ふっ……なんでも」
俺はキザに前髪を掻き上げた。すると、何故かリゼットに舌打ちをされた。
ひどい、心が傷つく。
続けて、リゼットの報告。
「劇場に潜入しました。私は新人役者として、採用されています」
「随分と早いな……どうやったんだ?」
「オーディションで《千の衣装部屋》を使って、三人の人物を連続で演じました。劇場主——《風刺劇》本人が審査していたのですが、〝面白い才能だ。うちに来ないか〟と」
「敵に才能を認められたか。衣装係冥利に尽きるな」
「……褒められてるのか怒られてるのか分かりません。ちなみに、劇場内部の情報です。役者は全部で十二名。うち七名が《黒幕連》の構成員と確認。残り五名は一般の役者で、裏の活動を知らされていません」
「一般の役者もいるのか?」
「はい、彼らは純粋に演劇をやっています。……巻き込みたくないですね」
「当然だ。無関係の観客を巻き込む演出は、ド三流のやることだ」
セレスティーヌの報告。
「《笑う仮面亭》の公演を観た後に、不幸に見舞われた人の話を八件見つけました。全員が公演中に〝動揺していた〟とされる人物です。——事業の破綻が三件、スキャンダルの発覚が二件、不審な死が三件」
「不審な死が三件。それが暗殺だ」
「はい。歌いながら話を聞いたんですけど……遺族の方が〝あの劇場に行った後から、おかしくなった〟と言っていて……」
「よくやった。その証言は使えるぞ」
そして、ニーカの報告。
「《即興劇》の提供情報から、《風刺劇》の暗殺実績を二十三件確認しました。全て〝笑えなかった客〟が標的です。手法は多様ですが、共通しているのは——標的が〝自分の弱みを公にされる恐怖〟によって追い詰められ、自滅する、という構造です」
「恐怖で追い詰めて自滅させる。……俺と似た手法だが、方向が逆だな」
「逆?」
「俺は〝真実を明るみに出す〟ことで標的を追い詰める。こいつは〝真実を明るみに出すぞと脅す〟ことで追い詰める。——風刺のふりをした、恐喝だ」
「…………なるほど」
「そしてそこが、こいつの弱点だ」
全員がハッと、顔を上げた。
「《風刺劇》の力の源泉は〝恐怖〟だ。風刺されることへの恐怖。弱みを暴かれる恐怖。その恐怖で人を支配し、従わせ、必要とあらば殺す。——だが」
俺は手帳を開いた。新しいページに、大きく書いた。
「恐怖は……〝笑い〟に弱い」
「はっ……?」
「人は、恐怖の対象を笑えるようになった瞬間、恐怖から解放される。つまり——《風刺劇》自身を〝笑いもの〟にする作品を作れば、この男の支配構造は根底から崩壊する」
「レヴィアン様。それは理屈としては分かりますが、どうやって? 相手は、プロの劇場経営者ですよ。演劇の土俵で勝てるんですか」
リゼットの指摘は正しいだろう。……どうしよう、反論が浮かばない。演劇の舞台で勝てるのかな、俺。
なーんて、思っちゃったりもするんだが、
「リゼット。忘れるな。俺の劇団には——照明係、衣装係、音響係、大道具係がいる。舞台を作る全てのスタッフが揃っている。足りなかったものは——脚本だけだ。そしてそれは、俺が書く」
◇◇◇
三日三晩、俺は脚本を書いた。
文字通り三日間、ほとんど寝ていない。フィーネが差し入れを持ってきて、ニーカが毛布をかけてくれて、リゼットが「いい加減寝てください」と怒って、セレスティーヌが子守唄を歌おうとした(丁重に断った。あの子の子守唄は《心奏曲》が乗るので、本当に眠ってしまう)。
完成した脚本のタイトルは——
『笑う仮面の裏側』
内容は、ある街の劇場主が、風刺劇を使って人々を恐怖で支配する物語。劇場主は自分だけが「笑わせる側」であり続けることで権力を握るが、ある日、旅の一座がやって来て——劇場主自身を風刺する芝居を打つ。最初は怒り狂う劇場主。だが、民衆が劇場主を笑い始めた時、彼の権力は音もなく崩壊する。
そう。これは、《風刺劇》の暗殺計画であると同時に——本当に上演する芝居の脚本だ。
「レヴィアン様。これを、本当にメルカトーレで上演するのですか」
「ああ」
「《風刺劇》が、黙って見ているとは思えません」
「黙って見ていないだろうな。——それでいい。こちらの公演に対して、向こうがどう動くか。それが《風刺劇》の本性を暴く鍵になる」
計画はこうだ。
一、メルカトーレ市内の小劇場を借りて、俺たちの劇団が『笑う仮面の裏側』を上演する。
二、作品の内容が《笑う仮面亭》を風刺していることは、観た者なら誰でも分かる。つまり——《風刺劇》への公開挑発だ。
三、《風刺劇》は挑発に対して何らかの行動を取る。それが暴力であれ、対抗公演であれ、政治的圧力であれ——「反応すること自体」が彼の仮面を剥がすことになる。
四、風刺の使い手が風刺に対して冷静でいられなくなった時——こいつの〝笑い〟は嘘だったと、全員が気づく。
「……つまり。こちらの芝居は〝釣り針〟で、《風刺劇》の反応そのものが〝最終幕〟になる、ということですか」
ニーカが整理した。
「その通りだ」
「レヴィアン様。それは——今までで最も、脚本通りにいかない可能性が高い作品では」
「…………」
うん、悔しい。正直、否定できなかった。
「だがな、ニーカ。今回の脚本は、〝相手の反応を組み込む〟構造にしてある。何が起きても、それ自体が演出の一部になる。——完璧な脚本とは、計算外すら包含する脚本のことだ」
「……はっ!」
「だから、まあ……とにかくやるぞ。全ては、俺の手の内の中にある!」
「はい!」
俺も自分で何を言っているのか分からないが、ニーカは目を輝かせていた。




