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破滅の芸術家(マエストロ・ルイーナ)ー[2]

 三日後の深夜。

 

 マルコの「最終幕」を完璧に設計するためには、まず【観客】を正しい位置に配置しなければならない。つまり——地下採掘場の孤児たちを、地上に引き上げる必要がある。



 暗殺の演出的に言えば、マルコが搾取した者たちが、マルコの破滅を目撃する。これ以上に詩的な構図はない。

 だからこれは「救出作戦」ではない。【観客の座席移動】だ。



 採掘場の入口は商会の地下倉庫に直結している。三日間の調査で、夜間の警備が最も手薄になる時間帯は割り出してある。



 俺は地下への階段をひとりで降りていった。

 暗い。湿っている。魔石の微かな燐光だけが通路を明るくさせている。




 最深部へ進むと、鉄格子の向こうに小さな影が幾つも蹲っていた。子供たちだ。痩せ細り、手足に鎖の跡があり、目に光がない。



 ……これは。



 俺は手帳を開いた。そして「第二幕への補足:搾取の描写は想像以上に苛烈。最終幕の演出強度を上方修正する必要あり」と書き加えた。


 いや、人として何か言うべきことがある気はする。だが今は、演出家モードなのだ。


 鉄格子の鍵は、三日間の調査で入手済みだ。正確には、マルコの側近の一人が毎晩酒場で泥酔する癖を利用して、鍵の複製を作った。これも【舞台装置の事前準備】だ、暗殺に必要な下準備ではない。




 鉄格子を開け、子供たちを順番に外へ導く。怯えた目でこちらを見る孤児たちに、俺は言った。



「安心しろ。俺は、お前たちを【観客席】に案内するだけだ」



 ……うん、今の台詞は文脈がなさすぎた。子供たちの目がさらに怯えている。

 まあいい。伝わらなくても芸術家は孤独なものだ。



 孤児たちを地上へ誘導していく途中、最深部のさらに奥——鎖で壁に繋がれた、一人の少女を発見した。

 他の子供たちとは明らかに異質だった。

 全身に紫色の紋様が刻まれている。――【呪印】だ。しかも一つや二つじゃない。身体中を蝕むように走る、禍々しい術式の痕跡。



 意識はあるが、虚ろだ。瞳に光がない。

 俺は《万象観劇(パノラマ・シアター)》を起動した。



 ——やはり。

 この少女の因果の糸。未来側が、完全に断たれている。残された糸は、今にも消えそうだ。

 つまり、死――いや、「打ち切り」が進行中ということだ。

 この【呪印】が、彼女の物語を今まさに消去しようとしている。



 俺のコートの内ポケットに、一つのアーティファクトがある。《幕引きの栞(カーテンブックマーク)》。ある事情で俺が所有している、少々特殊な代物だ。



 本来の用途は「物語の区切りをつける」ことだが——物語を強制終了させる術式に対しては、「まだこの物語は終わっていない」と上書きできる。



 俺は少女の額に栞を当てた。

 紫の呪印が、音もなく消えていく。



 ()()()()()()()()()()()



 結末を決めるのは、作者でも編集者でもない。それを演出する者——つまり俺だ。

 ……いや、今のは少し格好つけすぎたか。

 呪印が完全に消滅すると、少女の瞳に光が戻った。銀灰色の瞳が、俺を見上げる。




「——あ、なた、は」

「レヴィアン・グラースだ。《執行者(エクセキューター)》をやっている」

「国の暗殺者が……なぜ……わたしを」

「お前の物語が、中途半端に終わるのが気に食わなかっただけだ。構成として、美しくない」



 少女は、しばらく俺を見つめていた。何かを計るように。何かを探すように。

 意味は分からなかっただろう。俺自身、自分の言っている言葉の意味は分かっていない。

 それでも少女は口を開いた。



「……わたしの名前は、ニーカ。ニーカ・エスペランテ」

「ニーカか。歩けるか?」

「……はい」

「なら、付いてこい。これから忙しくなる。【舞台装置】の配置が、大幅に遅れているのでな」



 彼女は何の話かわからないという顔をしていたが、黙って俺の後ろに立った。



 後で知ったのだが、ニーカは《黒幕連(カーテンコール)》という暗殺組織の使い捨て戦闘兵器だったらしい。任務に失敗し、《沈黙の呪印(サイレンス・シール)》を刻まれて廃棄された。



 つまり、相当な戦闘能力の持ち主だ。

 優秀な助手を得た。これで大道具の搬入が楽になる。




書き溜めがかなりあるので、しばらくは毎日更新になります。

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