劇中劇——あるいは、打ち切られた即興劇の再演ー[1]
脚本は白紙でいい。
——と、格好よく宣言してから三日が経った。
……白紙のままだ。
いや、正確には白紙ではない。書いては消し、書いては消しを繰り返して、手帳のページが汚くなっただけだ。
相手は《即興劇》。あらゆる計画を即興で覆す暗殺者。脚本を書いても意味がない——と自分で言った以上、脚本を書くのはおかしい。
だが脚本を書かないと落ち着かない。これも芸術家の性だ。
「レヴィアン様。そもそも《即興劇》の居場所が分かっていません」
ニーカが指摘した。至極まっとうな指摘だ。
「《黒幕連》の幹部は、拠点を頻繁に変えます。わたしが知っている情報は五年以上前のもので、現在は通用しない可能性が高い」
「ふむ……主演俳優の居場所が分からないのでは、舞台の設計のしようがないな」
「暗殺の準備のしようがない、と言ってほしいのですが……」
リゼットが小声で言った。最近、この子のツッコミ精度が上がってきている。劇団に馴染んだ証拠だ。
「つまり、まず必要なのは情報だ。《即興劇》の現在の活動拠点、行動パターン、そして——どんな〝演目〟を最近上演しているのか」
「【上演】……ですか」
「暗殺者は暗殺をする。つまり、《即興劇》にも最近の仕事があるはずだ。その仕事の痕跡を辿れば、奴に辿り着ける」
「……流石です、レヴィアン様」
流石でも何でもない。暗殺者を追うなら暗殺の痕跡を追う。当たり前の話だ。だが、ニーカが「流石」と言うたびに否定するのも面倒になってきたので、不敵に微笑んでおいた。
「全員に、任務を割り振る」
俺は壁に白紙の地図を貼り、手帳を開いた。
「フィーネ。各地の酒場を回って、最近〝不自然な死〟が報告された事件を集めろ。照明係の目なら、嘘と真実の区別がつくはずだ。噂話の中から、本物の暗殺の痕跡を見つけ出せ」
「はいっ!」
「リゼット。《黒幕連》の記録室に潜入しろ。過去二年間で、原因不明のまま捜査が打ち切られた暗殺事件を洗い出してくれ。衣装は——そうだな、《終幕庁》の事務官がいい」
「……味方の組織に、潜入するんですか」
「衣装の実地訓練だ。文句があるか」
「ありません……やります」
「セレスティーヌ。街で歌いながら、人々の〝恐怖〟を集めてくれ。特に裏社会に近い人間——闇市の商人、夜の酒場の常連、路地裏の情報屋。彼らの中に、《黒幕連》の名前に反応する者がいるはずだ」
「分かりました。……怖いですけど、歌いながらなら、大丈夫です」
「ニーカ」
「はい」
「お前は——《黒幕連》の末端を狩れ。先日の三人と同じような〝使い捨て〟が、この街にまだいるはずだ。そいつらから情報を引き出す」
「…………承知しました。安全管理の一環として」
俺は背筋がぞっとした。
もはやあの言葉に包括できない業務は存在しない気がする。
◇◇◇
五日後。情報が集まった。
フィーネが酒場で集めた噂話の中から、三件の「不自然な死」をピックアップした。
「お師匠様! この三つ、全部共通点があります!」
「言ってみろ」
「三件とも、死因が〝事故〟になってるんです。でも、目撃者の証言がバラバラで、しかも目撃者自身が〝自分の記憶に自信がない〟って言ってて。嘘じゃないんです、本当に、記憶が曖昧で……」
「目撃者の記憶が操作されている……と?」
「た、たぶん……照明的に言うと、目撃者の〝影〟が不自然にぼやけてる感じです」
照明的に言わなくていいが、フィーネの分析は正確だ。目撃者の記憶を操作できる——つまり《即興劇》は、暗殺の後処理まで含めて「即興」で対応している。痕跡を残さないのではなく、痕跡そのものを書き換える。
リゼットが《終幕庁》から持ち帰った記録には、過去二年間で十七件の「未解決暗殺事件」があった。
「共通しているのは、全ての事件で〝最初は暗殺と断定されたのに、途中で事故や自殺に結論が変わっている〟点です。捜査官の報告書を比較すると、初動報告と最終報告で内容が矛盾しているケースが九件。……誰かが、途中で捜査結果を〝書き換えた〟としか思えません」
「捜査そのものを即興で操作している、か。大した【衣装替え】だな」
「衣装関係ないですけど……はい、そういうことです」
セレスティーヌの歌による情報収集は、さらに具体的な手がかりを掴んだ。
「裏社会の人たちの間で、一つの名前が囁かれていました。〝道化師〟と」
「道化師?」
「はい。《黒幕連》の幹部の中でも特に恐れられている存在で……〝あいつに目をつけられたら、自分がいつ死んだのかすら分からない〟って」
「いつ、死んだのかすら分からない……」
「もう一つ。〝道化師〟は最近、ヴェルティア市に滞在しているという噂があります。南部の港町です」
そしてニーカが——三人の《黒幕連》末端から引き出した情報。
「《即興劇》の現在の拠点は、やはりヴェルティア市です。港町という土地柄、人の出入りが多く、身元を隠しやすい。……そして」
「そして?」
「《即興劇》は現在、ある依頼を受けて活動中です。標的は——ヴェルティア市の市長」
「市長?」
「表向きは清廉な政治家ですが、裏で《黒幕連》の資金洗浄に協力していた人物です。最近になって協力を拒否し始めたため、《黒幕連》が〝処分〟を決定した、と」
つまり——《即興劇》は今、ヴェルティア市で暗殺任務の最中だ。
「レヴィアン様。提案があります」
「言え」
「《即興劇》が市長を暗殺しようとしている。ならば——先に市長を守ることで、《即興劇》を炙り出せるのではないでしょうか」
「…………」
なるほど。
《即興劇》を直接探すのではなく、奴の〝標的〟を守ることで、奴の方から姿を現させる。
守りながら攻める。受け身に見えて、実は主導権を握る。
これは——
「ニーカ、それは〝劇中劇〟の構造だ」
「……え?」
「《即興劇》は市長を殺す舞台を作っている。俺たちはその舞台の〝裏〟で、別の舞台を作る。市長を守る舞台と、《即興劇》を追い詰める舞台。——二つの舞台が同時進行する。まさに、劇中劇だ」
「はい……そういう意味では、そうですが……」
「決まりだ。ヴェルティア市に行くぞ。全員、準備しろ」
「「「はい!」」」




