俺の暗殺を、ただの人殺しと一緒にするな-[3]
修行期間の残り六日間。
俺は《黒幕連》の情報を整理しながら、団員たちの修行成果を確認していった。
フィーネの〝嘘の看破〟修行は、予想以上の成果を上げていた。
「お師匠様! 今日は市場で八十七人と話しました! そのうち十二人が嘘をついてました!」
「ふっ……その根拠は?」
「えっと、魚屋のおじさんは『新鮮な魚だよ』って言ってたけど、目が右上に泳いでました。あとパン屋のお姉さんは——」
フィーネは一人ずつ、嘘の根拠を説明していった。表情の変化、声のトーン、手の動き。全て観察に基づいている。
「……合格だ。照明の感度が上がっている」
「やった!」
この子は天性の情報分析官だ。本人は「照明の修行」だと思っているが。
リゼットの〝十人になりきる〟修行は——
「酒場の店主として半日過ごしました。常連客に気づかれませんでした。ただ……」
「ただ?」
「途中で酔っ払いに絡まれて、つい貴族の口調が出かけました。危なかったです」
「次は、出ないようにしろ。【衣装】とは、最後の一瞬まで脱いではならないものだ」
「は? いや……はい。分かりました、レヴィアン様」
リゼットの潜入能力は既に一級品だが、緊急時にも素が出ない精神的な安定が課題だ。これは経験で磨くしかない。
セレスティーヌの〝街の音を一曲に〟修行。
「聞いてもらえますか」
セレスティーヌが弾いた曲は——まるで街そのものだった。
朝の鳥の声から始まり、市場の喧騒、鍛冶屋の槌音、子供たちの笑い声、夕刻の鐘、酒場の歌声、夜の静寂。それが一つの曲として流れていく。
「……聞いているだけで、街の地図が頭に浮かぶな」
「えっ、そうですか?」
「ああ。……の配置で、どこに何があるか分かる。市場の位置、鍛冶屋の方角、教会の距離——全部、音から読み取れる」
「そ、そんなつもりでは……」
「音響係として、最高の仕事だ。この能力は使えるぞ、セレスティーヌ」
セレスティーヌは照れくさそうに笑ったが、俺の言葉の意味を正確には理解していないだろう。彼女が作った「街の音の地図」は、軍事偵察で使われる「音響測位」と同じ技術レベルだ。これは素晴らしい。
そしてニーカは——相変わらず「安全管理」に徹していた。だが修行期間中、彼女は一つだけ俺に報告を上げてきた。
「レヴィアン様。《黒幕連》の動きを探りましたが、先日の三人以降、新たな刺客の気配はありません」
「撤退したのか?」
「いいえ。おそらく——〝観察〟に切り替えたのだと思います。末端を送って失敗した以上、次は幹部自らが動く前に、あなたの能力を見極めようとしている」
「つまり、【観客席】から俺たちを見ている……と」
「……そういう言い方も、できますが」
「なら、見せてやろうじゃないか。《破滅の芸術家》劇団が、どれほどの舞台を作れるかを」
「…………はい」
ニーカがまた「この人は本当に……」という顔をしていた。
そろそろ、この顔にも慣れてきた。
◇◇◇
修行期間の最終日。
《終幕庁》から、新しい依頼書が届いた。しかし今日は——いつもと違った。
封書に終幕庁の紋章はあるが、封蝋の色が違う。通常の赤ではなく、黒い封蝋。
「……これは」
ニーカが目を細めた。
「《終幕庁》からの【特別指令書】です。通常の依頼とは異なり、上層部が直接発行するもの。《一番手》以上の《執行者》にしか届かないはずの——」
「俺は今《一番手》だぞ」
「失礼しました……そうでしたね、レヴィアン様」
封蝋を切る。中身を広げた。
——読んだ瞬間、手が止まった。
標的:不明。通称《即興劇》。
所属:広域犯罪組織《黒幕連》の幹部。
罪状:暗殺請負による多数の殺害。《終幕庁》所属の執行者三名の殺害を含む。
危険度:S。単独で《一番手》級と推定。あらゆる状況に即応する戦闘・暗殺能力を持ち、過去に《終幕庁》が派遣した討伐隊を二度壊滅させている。
推奨遂行期限:——設定なし。
期限なし。つまり——何年かかってもいいから殺せ、ということだ。
ニーカの直属の元上官。そしてニーカの仲間たちを今も使い捨てにしている張本人。
俺は、手帳を開いた。
『第四作——「劇中劇」。対象:《即興劇》。ジャンル:即興。テーマ:二つの劇団の対決。演出方針——これまでの全てを懸けた、最も困難で、最も壮大な舞台。脚本通りにはいかないことは、もう分かっている。だが——それでいい。即興を恐れるな。俺は芸術家だ』
「全員、集まれ」
俺は団員を呼んだ。
フィーネが走ってきた。リゼットが歩いてきた。セレスティーヌが竪琴を抱えてきた。ニーカは——最初からそこにいた。背後が怖い。
「次の作品が決まった。——今までで、最も難しい舞台になる」
「お師匠様! それは、どんな作品ですか!」
「相手は——俺たちと同じ〝劇団〟だ」
全員の表情が変わった。
「これまでの標的は、俺の舞台の上で踊る〝役者〟だった。だが、今回は違う。相手にも演出家がいる。相手も脚本を書く。相手も俺たちの動きを読む——つまり、舞台の上で、もう一つの舞台が動く」
「劇中劇……」
リゼットが呟いた。
「ああ。劇中劇だ。《黒幕連》の幹部《即興劇》。こいつは名前の通り、あらゆる計画を即興で覆す暗殺者だ。脚本が通じない相手に、どう最終幕を描くか。——これが、第四作の課題だ」
「レヴィアン様。正直に申し上げます」
ニーカが一歩前に出た。
「《即興劇》は、わたしが知る中で最も危険な人間です。あの人の前では、あらゆる計画が無意味になる。……怖い、です」
ニーカが「怖い」と言った。この子が恐怖を口にするのを、初めて聞いた。
「ニーカ」
「はい」
「脚本が通じないなら、脚本を書かなければいい」
「……え?」
「俺はこれまで、毎回脚本を書いて、毎回脚本通りにいかなかった。暗殺の成功率は100%だが、脚本通り率は、たぶん……20%くらいだ(ほんとは5%もないけど)。——つまり、俺の本当の強みは脚本じゃない。即興だ」
全員が固まった。
「え……お師匠様、いつも、脚本、脚本って……」
「書くぞ。脚本は書く。だがそれは〝指針〟であって〝絶対〟じゃない。最終的に物語を完成させるのは、その場の判断だ。——即興劇の相手に、即興で挑む。これ以上に、俺たちに相応しい舞台があるか?」
…………沈黙。
そして——
「分かりました」
ニーカが頷いた。
「わたしは、レヴィアン様を信じます。あなたの即興は——いつも、脚本を超えてきましたから」
それは俺の即興じゃなくて、お前たちの即興なんだが——まあ、いい。
「わたしも! お師匠様の舞台なら、照明係として全力で照らします!」
「やるしかないですね。——衣装係、準備できてますよ」
「わたしも……歌います。どんな舞台でも!」
劇団の全員が、俺を見ている。
……よし。
「では——第四作、開幕だ」
俺はコートを翻した。今度は、ちゃんとコートを着ている。
《破滅の芸術家》の劇団、最大の舞台が始まる。
脚本は——まだ白紙だ。
だが不思議と、怖くはなかった。
だって、こいつらがいる。
——と、格好つけたことを心の中で思ったが、口には出さない。
その方が【よく分かっている芸術家】っぽいから。
面白かったら、ブクマ・評価・感想・リアクションなど是非お願いします!




