百の打ち切りに、鎮魂歌を……[3]
ヴァルトラウトは枢機卿の命により、聖堂の地下牢に幽閉された。
教会内部での裁きを待つ身だ。世俗の法ではなく、教会法による断罪。
リゼットが回収した記録——異端審問の虚偽記録と横流し帳簿が、枢機卿に提出された。これは俺が指示したわけではない。リゼットが「修道女として潜伏中に、然るべき人物の手に渡るよう手配した」らしい。
いつの間に、そんな判断を……衣装係の仕事を超えているだろ。
でもまあ、優秀な団員が自主的に動くのは、劇団として健全な状態だな。
さてさて、これで後の問題は……まだ【暗殺】が完了していないことだ。
ヴァルトラウトは生きている。地下牢にいるだけだ。
俺の脚本では、この後「教会法廷での断罪」という第二の最終幕を設計するつもりだった。
だって、普通極刑だろう。あんなクズ野郎、直ぐ死ぬと思っていたら案外そうでもない。法律はめんどくさい、色々な手続きで即刻処刑とはいかないんだろう。
うーん、どーしよう。まだ【暗殺】してないし、いっそのことニーカに殺してきてもらうか。
なんてことを考えていた、その時……例によって、現実は【脚本】を待ってくれない。
三日後の未明。
ヴァルトラウト・ヘルツォーゲが、地下牢の中で死亡した。
死因は——信者による私刑だった。
セレスティーヌの歌を聴いた者たちの中に、犠牲者の遺族がいた。その遺族たちが、夜半に地下牢に忍び込み、ヴァルトラウトを殺した。
凶器は、処刑に使われていたものと同じ形状の短剣だったという。
……審問官が、自分が振るっていたのと同じ暴力で裁かれた。
「…………」
俺はしばらく、手帳を開いたまま何も書けなかった。
これは——俺の脚本にはない。
そして、美しい結末でもない。
復讐の連鎖だ。暴力が、暴力を呼んだだけだ。
だが——これが、あの男の物語の〝真の結末〟だったのだろう。
神の名を騙って百人の命を打ち切った男が、その百人の怨嗟によって打ち切られた。
因果応報。叙事詩の結末としては——残酷だが、ふむ……なかなかに悪くない。
手帳に、書いた。
『最終幕・結末——ヴァルトラウト・ヘルツォーゲ。死因:犠牲者遺族による報復。俺の脚本では「教会法廷での厳粛な断罪」を予定していたが、実際は「暴力の因果応報」が執行された。芸術点としては、やや低い。しかし物語の〝真実〟としては、これが正解だったのかもしれない。評価:保留。反省点:芸術家は結末を選べない。選べるのは、そこに至る〝過程〟だけだ』
結果として、標的は死んだ。
俺たちの手は、汚れていない。
暗殺成功率100%——継続。
……だが、今回ばかりは「成功」の二文字を素直に書けなかった。
◇◇◇
《終幕庁》からの評価書。
『レヴィアン・グラース。対象:ヴァルトラウト・ヘルツォーゲ。期限内に遂行完了。手法は社会的扇動による対象の孤立化および敵対勢力の自然発生的報復を誘導した、極めて高度かつ間接的な手法と評価。付随成果——聖導教会の異端審問制度の全面見直しが決定。冤罪被害者の名誉回復手続きが開始。聖都カテドラルの統治体制改革に多大な貢献。《一番手》への昇格を正式決定。以後、レヴィアン・グラースを《一番手》として処遇する』
「……《一番手》」
最高等級。大陸に数人しかいない、《終幕庁》が定めた《執行者》の頂点。
「おめでとうございます、レヴィアン様! これは、当然の評価ですね!」
ニーカが深々と頭を下げた。
「お師匠様、すごいです! 《一番手》だなんて!」
フィーネが歓喜に跳び跳ねている。
「……あなた、本当に何者なんですか」
リゼットが呆れ半分、畏怖半分の目で、俺を見ている。
何者って、まあ……自称芸術家だが。
「しかし……『社会的扇動による敵対勢力の自然発生的報復を誘導した』か。相変わらず大袈裟な評価だ。俺はただ、犠牲者の物語を歌にして、聖堂で披露しただけなのだが……」
「……レヴィアン様。あなたは本当に、そう思っておられるのですか?」
「え……?」
「犠牲者の物語を集め、それを歌にし、聖堂という舞台で、審問官本人と教会上層部と信者全員の前で披露する。——その結果、審問官は権限を剥奪され、孤立し、犠牲者の遺族に裁かれた。この全てが、あなたの〝設計〟ではないのでしょうか!?」
…………。
いや。
俺は犠牲者の物語を歌にしてほしいとセレスティーヌに頼んだ。聖堂で歌う段取りを組んだ。リゼットに証拠の回収を指示した。フィーネに聖堂の構造を調べさせた。
それぞれは「芸術の演出」として指示したことだ。
でもまあ……結果をこう並べてみると……確かに、ニーカの言う通りには見えるか。全てが一つの「暗殺計画」として機能している?
…………あれ?
やっぱり俺、本当に天才なのでは?
いやいやいや。偶然だ。毎回偶然だ。
……たぶん。
「……最も優れた芸術とは」
俺は、いつもの台詞を口にした。
「全てが計算されているのに、それを感じさせないものだ」
「……! やはり——!」
ニーカの目がまた潤んでいた。俺の言葉に泣く価値があるのかははなはだ疑問だけど、まあ、感動してくれているのならいいや。俺も気持ちいいし。
フィーネが「お師匠様かっこいい!」と叫び、リゼットが「この人本当にそう思ってるのかしら……」と小声で呟き、セレスティーヌが——
「……あの」
セレスティーヌが、おずおずと手を挙げた。
「何だ」
「あの歌を……犠牲者の人たちの歌を、これからも歌い続けても……いいですか」
「ん?」
「聖都だけじゃなくて……他の街でも、同じように苦しんでいる人がいるかもしれません。わたしの歌で、その人たちの声を届けられるなら……」
「…………」
俺はセレスティーヌを見た。
あの広場で投げ銭のために歌っていた少女が、今は「声なき者の声を届けたい」と。
……これは、俺の演出か?
いや、違う。これはセレスティーヌ自身の物語だ。俺が書いた脚本じゃない。
「いいだろう。——ただし、音響係としての本業を疎かにするなよ」
「はいっ! ありがとうございます、レヴィアン!」
セレスティーヌが初めて、敬称なしで俺の名を呼んだ。
……あれ。なんかいま、ニーカが一瞬だけ目を細めた。なんで?
先に呼び捨てして、羨ましい的な? 俺、一応この組織のボスだし。
でも、あんま手荒な真似はするなよ、ニーカ。
……大道具係の嫉妬は、安全管理の範囲外だぞ。
◇◇◇
夜、拠点にて。
壁一面の相関図を眺める。三つの作品が終わった。
商会の悪徳商人。貴族の謀略家。教会の偽聖者。
三人の標的。三つの結末。三つとも、俺の脚本通りにはいかなかった。
だが——三つとも、標的は死んだ。
そして三つとも、俺の手は汚れていない。
「レヴィアン様」
ニーカが、いつもの位置——俺の二歩後ろに立っていた。
毎回びくってなるから、その位置はやめてくれないかな、頼むよ。
「何だ」
「《黒幕連》が……動いています」
遂に、動いたか。
俺はふかふかな椅子に深く腰掛けながら、意味深にティーカップを口元に近付けた。
「第一作の標的、マルコ・ヴェルーガを口封じした組織です。彼らが、あなたの存在を認識し始めたようです」
「……ほう」
「《破滅の芸術家》。その異名が、裏社会で広まっています。標的を取り巻く環境そのものを暗殺装置に変える男。手を汚さず、痕跡を残さず、成功率100%——と」
「随分と正確な評価じゃないか」
「……レヴィアン様。これは冗談ではなく、危険な状況です。《黒幕連》はあなたを〝脅威〟と見なしている可能性があります」
ふふっ……そうか。
《黒幕連》。マルコの背後にいた組織。あの「劇中劇」の主催者。
俺は手帳を開いた。
『第四作——仮タイトル「劇中劇」。テーマ:裏社会の闇。ジャンル:未定。備考:今度こそ、最初から最後まで脚本通りにやりたいのだが……たぶん、無理だろう。だって、この世界よく分かんないし』
「ニーカ」
「はい」
「《黒幕連》が俺を脅威と見なしているのなら——それは、俺の【芸術】が裏社会にまで評価されたということだ」
「…………レヴィアン様」
「悪くない気分だな」
「…………」
ニーカが何か言いたそうにしていたが、結局「……はい。レヴィアン様の仰る通りです」と頷いた。
よく分からないが——どうやら次の作品は、これまでで最も壮大な舞台になりそうだ。
「さて」
俺はコートを大げさに翻し——いや、深夜なのでコートは着ていない。寝間着だ。寝間着で翻しても格好がつかないので、慌ててコートを被ってから、振り返った。
するとニーカが感心したように、「なるほど……その手がありましたか」と。
いや、あの……その手って、なに?
寝間着コートとかいう意味不明なコーディネートに、何か暗号でもあるの?
「あっ……明日から、次の作品の準備に入る。全員、十分に休んでおけ」
「はい。かしこまりました、レヴィアン様」
隣の部屋から、フィーネの寝息が聞こえる。
その隣から、リゼットが寝返りを打つ音。
廊下の隅で、セレスティーヌが竪琴を磨いている小さな音。
劇団が、できあがりつつある。
照明、衣装、大道具、音響——そして、演出家。
《破滅の芸術家》レヴィアン・グラース。
等級:《一番手》
暗殺成功率:100%。
次回作の完成度目標:100%。
次なる【傑作】を生み出しに行こう。
……今度こそは、計画的に。
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