第5話 ギルドの洗礼
物語は新たな場面へ移っていきます。
朝になり、簡易テントを畳んで街道へ戻った。
ディオル平原を抜け、しばらく歩くと、遠くに巨大な城壁が見えてくる。
石造りの高い壁。
その内側に、幾重にも連なる建物の屋根。
――あれが、商業都市メル。
歩くこと数十分。
門前に辿り着く頃には、人の流れが一気に増えていた。
荷馬車。
商人。
冒険者。
護衛らしき武装集団。
金と情報が行き交う空気が、はっきりと肌で分かる。
門前に立つ門番へ近づく。
「悪いが、冒険者ギルドの場所を教えてくれ」
門番は街の中央へ伸びる大通りを指差した。
「この正面大通りを真っ直ぐ行け」
「突き当たりに円形の高い塔が見える。それがメル評議塔だ。街の中心だな」
続いて、その向こう側を示す。
「塔を正面から見て、北へ抜ける道が北大通りだ。その先が第四区、ギルド区だ」
「冒険者宿と訓練場が集まってる。ギルドハウス《パイオニア》もそこにある」
少し声を落とす。
「ついでに言っとく」
「正面大通りを進んで、左手側が第二区。表の商業区だ」
「武器屋、防具屋、魔道具屋だけじゃない。食料や衣料、日用品まで一通り揃ってる」
「オークション会場もある。暇なら行ってみるといい」
今度は、右側を軽く顎で示した。
「右手側が第三区。裏商業区だ」
一瞬だけ、視線を逸らす。
「闇市場が集まってる。素人は近寄らない方がいい」
さらに声が低くなる。
「この街は、ロス・ヘルディ代表を筆頭とするヘルディ一族が仕切っている」
「評議塔が本部だ。街で起きることは、だいたいあそこに集まる」
「逆らえば居場所はなくなる。運が悪けりゃ、死ぬ」
重たい沈黙。
だが、すぐに門番は肩をすくめた。
「もっとも、大人しくしてりゃ危害はない」
「商売の街だからな」
分かりやすい。
「分かった。頭に入れておく」
そう答えると、門番はそれ以上何も言わず、次の入街者へ視線を移した。
門をくぐった瞬間、空気が変わる。
露店の呼び声。
金属音。
荷の積み下ろし。
人の怒号と笑い声。
通り沿いには、武器屋、防具屋、薬屋、魔道具店、酒場、商館。
明らかに、金が動いている街だ。
――経済の中心。
自然と、そう感じた。
オークションの建物らしき高い塔も、遠くに見える。
ーーロス・ヘルディ。
この街を裏からまとめている存在。
正体も目的も分からないが、関わるなら慎重になるべき相手だろう。
「後で、時間があれば見て回るか」
今は、まずギルドだ。
門番に教えられた通り、正面大通りを進む。
やがて、大通り沿いに、ひときわ大きな石造りの建物が見えてきた。
正面には、金属製の看板。
そこには、こう刻まれている。
――ギルドハウス《パイオニア》。
冒険者たちが出入りし、武装した人間が当たり前のように行き交っている。
ここが、この街の“実働部隊”の拠点だ。
フードの位置を軽く直し、扉に手をかけた。
ゆっくりと、押し開く。
商業都市メルでの、本当の物語が始まる。
ギルドハウスに足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。
酒場のような喧騒。
金属が擦れる音。
依頼書を睨みつける冒険者たち。
だが、それと同時に――
いくつもの視線が、こちらへ向けられた。
「見ない顔だね」
声をかけてきたのは、赤毛の青年だった。
手入れの行き届いた装備。
まっすぐな姿勢。
爽やかな雰囲気の裏に、闘志の熱が滲んでいる。
「新入りかな? 歓迎するよ!」
名乗る前に、視界の端に薄い文字が浮かぶ。
――エリック
種族:人間
剣術:S
魔術:A
(勝手に入ってくる情報か)
「僕はエリックだ。よろしく!」
その直後、横から鼻に付く声が割り込んだ。
「へぇ……ずいぶん生意気そうなのが来たじゃねぇか」
振り返る。
3人組。
中央に腕を組んだ男、その左右に控える2人。
場の空気が、一段荒れる。
「ギルドは遊び場じゃねぇぞ?」
レオがにやつき、隣のブレイクがわざとらしく肩をすくめた。
エリックが一歩前に出る。
「やめろ。ここは揉め事を起こす場所じゃない」
だが、その背後から、別の2人組が割り込んできた。
一人が、馴れ馴れしく俺の肩に手を置く。
「兄ちゃん、迷子か――」
反射的に、手首を掴んでいた。
ひねる。
鈍い音。
「ぐああっ!!」
男が悲鳴を上げて崩れ落ちる。
もう1人が、即座に剣へ手を伸ばした。
「てめぇ!」
周囲が一気にざわつく。
エリックが目を見開いた。
「おい、今のは――」
その声を遮るように、低い声が響いた。
「いい動きだ」
アウトライダースの中央に立っていた男が、ゆっくり前へ出てくる。
視線が交差した瞬間、また情報が浮かんだ。
――ヴィクター
種族:人間
剣術:A++
魔術:D
(こいつが隊長格か)
ヴィクターは腕を組んだまま、値踏みするように俺を見る。
「躊躇がない。無駄のない力の入れ方だ」
一拍置く。
「気に入った」
口元を、わずかに歪める。
「俺はヴィクター。アウトライダースの隊長だ」
「興味があれば、いつでも遊びに来い」
そう言い残し、レオとブレイクを連れて去っていった。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
エリックが溜息を吐いた。
「……さすがにやりすぎだ」
「相手が触ってきただけだ。折る必要はなかっただろ」
首を傾げる。
「触られた時点で敵意だ。違うのか?」
エリックは、言葉に詰まった。
そこへ、明るい声が割って入る。
「はいはい、その辺で終わりね」
弓を背負った女性が歩み寄ってくる。
軽やかな足取り。
柔らかい笑顔。
視界の端に、同じように情報が浮かぶ。
――ヴィヴィアン
種族:人間
弓術:S
剣術:B
魔術:B+
(この人も、相当だな)
「ごめんね。うちの隊長、すぐ熱くなるの」
そう言って、エリックの肩を軽く叩く。
「私はヴィヴィアン。こっちはエリック。よろしくね」
「……ヨウだ。冒険者登録に来た」
フルネームは伏せた。
恐らくこの世界で俺の名前は違和感が出ると思ったからだ。
ヴィヴィアンは頷き、受付カウンターを指差す。
「登録ならあそこよ」
小声で付け加える。
「アウトライダースには、あまり関わらない方がいいよ」
「面倒事が多い連中なの」
そう言って、エリックの腕を掴む。
「ほら、行くよ。説教タイム」
「ちょ、ヴィヴィアン待て!」
二人は騒がしく去っていった。
一度だけ背中を見送り、カウンターへ向かう。
ここからが、本番だ。
冒険者としての第一歩。
ギルド受付へ足を運んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
メルでの物語が、ようやく動き始めました。
次回は、冒険者として最初の一歩です。
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