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第3話 復讐者の第一歩

善意と、疑念。

生きるための選択は、必ずしも綺麗ではありません。

目を開けると、木造の天井が視界に入った。


……天井?


一瞬、状況が繋がらず、瞬きを繰り返す。

肺に入ってくる空気は、地下牢の湿った臭いとは違い、乾いた木と土の匂いが混じっていた。

「……ここは……」

喉が焼けつくように乾いていて、声がかすれた。

唾を飲み込もうとしても、うまく喉が動かない。

その時、戸口から少年が顔を覗かせた。

「父さん! 起きたよ!」

ぱたぱたと駆けていく足音。

すぐに、がっしりとした体格の男が部屋に入ってくる。

「川辺で倒れてたんだ。兄ちゃん、大丈夫か?」

陽気な口調。

だが、視線は俺を値踏みするようにも見えた。

獲物を見る猟師の目なのだろうか。

頭が重く、言葉がまとまらない。

何をどう説明すればいいのか、自分でも分からなかった。


男――セルシオは、少し間を置いてから声を落とす。

「……城の方が騒ぎになってるらしいが。

 まさか、関係してねぇよな?」

俺は黙ったまま、視線を逸らした。

心臓が、わずかに早鐘を打つ。


一瞬の沈黙。


セルシオは小さく息を吐き、話題を切り替えるように笑った。

「……まぁいい。腹、減ってねぇか?」

「嫁が飯を作ってる。食っていきな」

「……ありがとう」

礼を言いながらも、気は抜けなかった。

ここは帝国の領内。

こいつらも“この国の人間”だ。

信用すれば、背中を撃たれる可能性がある。


だが――「飯」


その言葉に、喉が勝手に鳴った。

牢のパンと濁った水が、脳裏をよぎる。

歯に張り付く乾いた粉の感触。

腐りかけた水の、生臭い匂い。

……今は、生き延びる方が先だ。

そう判断して、俺は頷いた。


食卓には、素朴だが湯気の立つ料理が並んでいた。

皿から立ち上る匂いに、胃がきしむように鳴る。

一口、口に運んだ瞬間。

思わず、目を閉じた。


塩気と脂の温度が、舌に広がる。

身体の奥に溜まっていた冷えが、ゆっくり溶けていくのが分かった。

……俺は、こんな当たり前のものを、もう1週間も失っていたのか。

セルシオ。

妻のミーア。

息子のミラー。

3人で暮らしているらしい。

狩りと木こりで生計を立てているという。

俺は記憶が曖昧だという体で、この国のことを少しずつ聞き出した。


グラディウス帝国。

剣を正義とし、武によって築かれた国家。

初代皇帝の名を冠したその国は、

今もなお「剣こそが力であり、秩序である」という価値観を色濃く残している。

現在の帝国には、皇帝と女皇が並び立っているとのことだ。


――皇帝カイゼル

自国を第一に考えていて民からの信頼が厚い。


――女皇:ヴィクトリアス

カイゼルを支える理想的な女皇。


ふざけた話だ。

俺にあんな仕打ちをしておいて外面だけは立派なんだな。

(落ち着け、俺……)

俺はどす黒く燃え盛る感情をぐっとこらえた。


そして、さらにその下に複数の皇族が控えているという。


――第1皇子ユリウス

――第2皇子バルド

――第3皇子ノア

――第4皇子テオ

――第1皇女アリア


詳しい内情までは、まだ分からない。

だが――この国の中枢に、

1人や2人では済まない“敵”がいることだけは、はっきりしていた。


――復讐するなら、知らなければならない。


正直に言えば、この家族の善意よりも、腹いっぱい飯を食えたことと、情報を得られたこと。

それが、今の俺にとっての“成果”だった。


――殺すべきか。


一瞬、その考えが浮かぶ。

喉元に刃を当てる光景が、頭をよぎる。

だが、すぐに切り捨てた。

今は匿われているだけだ。

無意味に血を増やす理由はない。

通報されたら――

その時は、その時だ。


食後、セルシオが尋ねる。

「これから、どうするつもりだ?」

「……冒険者になる」


エルロキスが言っていた。

まずは冒険者を目指せと。

考えれば自然な答えでもあった。


復讐には、力がいる。

金と情報と、身分の隠れ蓑。

個人で動くには限界がある。

“冒険者”という立場は、そのすべてを揃えるための、最も都合のいい道だ。


セルシオは頷く。

「それなら、商業都市メルにギルドがある。

 まずは、そこを目指すといい」

簡単な地図と、最低限の金を渡された。

信用しているわけじゃない。

だが、今は敵でもない。

それで十分だ。


部屋に戻り、硬い寝床に横になる。

木の天井を見つめながら、静かに目を閉じた。


――ここからだ。


俺の復讐は。


翌朝。

短い別れの言葉だけを交わし、俺は集落を出た。


……少なくとも、この外れでは大々的な捜索は始まっていないらしい。

セルシオに聞いていた場所へ向かい、武器屋の扉を押し開ける。

木製の扉が、嫌な音を立てて軋んだ。

「剣を1本、見せてほしい」


そう言った瞬間。


店主の視線が、俺の顔から腰の剣へと滑った。

ほんの一瞬の沈黙。

「……兄ちゃん。もしかして、城から逃げた“例の脱走者”じゃねぇだろうな?」

空気が張り詰める。

「何の話だ?」

平静を装う。

だが、背中にじっとりと汗が滲んでいるのが分かる。

店主は一歩、カウンターの内側へ下がった。

「昨日、通達が来てな。

 城から罪人が脱走したって話だ」

そして、低い声で続ける。

「……その剣。帝国兵の装飾だ。一般人が持つもんじゃねぇ」


――やっぱりか。


「悪いが、商品は売れねぇ。

 ここで大人しくしてもらう」

視線が、店の奥――警鐘用の紐へ向かう。

俺は、もう引き返せない場所に立っていると悟った。


次の瞬間。


俺は反射的に剣を抜いていた。

一閃。

店主の身体が、音もなく崩れ落ち、床に血が広がる。

……ためらいは、ほとんどなかった。

それが、何よりも自分自身を怖がらせた。

俺は死体から目を逸らし、深く息を吐く。

「……時間をかけるわけにはいかない」

店内を素早く物色する。

今使っている剣は、刃こぼれだらけだ。

代わりになる剣を掴み、さらに奥を見る。

金庫。

鍵は掛かっていない。

だが、魔力の反応が微かに残っている。

眼の奥が、じわりと熱を持つ。

力任せに、扉をこじ開ける。

中にあったのは、小さな巾着袋と一枚のメモ。


――皇帝陛下へ。


袋を覗くと、金貨と腕輪。

見た目と中身が、明らかに釣り合っていない。

「……空間系か」

メモを読み、理解する。

「アストラルポーチ……収納用の魔法袋」

「なるほど。運ぶためにここへ預けられていたんだな」

皇帝宛ての品。


だが、俺にとっては――


「一番必要な道具だろう」

メモは破り捨て、証拠を消す。

必要な装備を回収し、武器屋を出た。

「……長居はできない」

足早に門を抜け、町の外へ出る。


立ち止まり、遠くに見える城を睨みつける。

月の笑顔が、脳裏をかすめる。

泣きそうになりながらも、最後に見せた、あの微笑み。

胸の奥が、静かに、しかし確かに熱を帯びた。


「……必ず、復讐を果たす」


天城 陽は、町を背にして歩き出した。

読んでいただきありがとうございました。

ついにヨウが一線を越えました。

次回もよろしくお願いします。

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