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エピローグ

 バルガスの失脚から数ヶ月。


 聖都の最高法廷にて、かつて「聖女」と謳われた少女、リゼッタの裁判が執り行われました。


 法廷内は、かつて彼女によって地位を追われた貴族たちの、剥き出しの憎悪に満ちていました。


「その魔女に死刑を! 我が家門を汚し、国を欺いた大罪人に相応しい断罪を!」


 彼らにとって、リゼッタは自分たちの不正を暴いた「目障りな正義」であり、同時に自分たちを奈落へ突き落とした「悪魔」でした。


 検察側が読み上げた求刑は、最も重い斬首による死刑。


 しかし、法廷の傍聴席の後方には、場違いなほど質素な身なりの人々が肩を寄せ合っていました。


 彼らは、リゼッタが「掃除」した悪徳貴族に喘いでいた領民や、彼女の施しによって命を繋いだ孤児たちでした。



 裁判長が、厳かな声で彼女の罪状を読み上げます。

 

◯爵位および身分の僭称せんしょう: グランツ家の正当な血統を偽り、長年にわたり国家と民衆を欺いた罪。


◯公金横領および収賄の共謀: 前摂政バルガスと通じ、不当な手段で財産を蓄え、国庫を毀損した罪。


◯国家転覆予備および私兵の組織: 禁忌たる魔導技術を用い、人造魔導士という私兵を組織して王権を脅かした罪。


 読み上げられるたびに、貴族席からは罵声が飛びましたが、被告人席に立つリゼッタは、ただ静かに目を伏せていました。


 弁護の機会を与えられても、彼女は一切の反論をせず、唇を微かに動かして「事実です」とだけ答えました。



 死刑判決が確実視される中、証言台に立ったのはカッセル元子爵でした。


 彼はリゼッタを一度も弁護しませんでしたが、冷徹な事実として彼女の「功績」を並べ立てました。


「彼女が偽物であったことは揺るぎない事実だ。しかし、彼女が排除した貴族たちの多くが、民から搾り取った金を肥やしにしていたのもまた事実である。……また、戴冠の日に彼女が自ら『鎖』を断ち切らねば、この都は今頃、暴走した魔力の炎に包まれていただろう」



 さらに、法廷には街の住人たちから集められた膨大な数の嘆願書が提出されました。


 それは、リゼッタが私欲のために「掃除」した結果として救われた、名もなき人々の声でした。



 数日間にわたる審議の末、下された判決は「終身刑」。


 極刑を免れた理由は、彼女の自白がバルガス一派の完全な掃討に大きく寄与したこと、そして民衆からの減刑嘆願が無視できない数に達したことでした。


 判決が言い渡された瞬間、貴族たちは憤慨して席を立ちましたが、リゼッタはただ深く、静かに頭を下げました。


 それは死への恐怖から解放された安堵ではなく、ようやく自分の犯した罪を背負って生きることが許された、救済への感謝のように見えました。


 リゼッタは、カッセルが用意した厳しい警護に守られながら、法廷を後にしました。

 その去り際、傍聴席の最前列で涙を流す一人の女性と目が合いました。


(……アンナ)


 声には出さず、リゼッタは微笑みました。

 これから彼女が向かうのは、陽の当たらない北の塔の地下牢。


 そこでの生活は過酷で、二度と外の空気を吸うことは叶わないかもしれません。


 けれど、リゼッタの足取りは驚くほど軽やかでした。


 彼女の胸元には、あの日からずっと、アンナの白いエプロンが抱かれていました。


 聖都の喧騒から少し離れた、緑豊かな修道院の裏庭。


 アンナはそこで、身寄りのない子供たちや、傷ついた人々を看病しながら日々を過ごしていました。


 彼女は自分のできる範囲で、手の届く人々を助けるという、ささやかで確かな「救済」の中にいました。


(リゼッタ様……。貴女は今、暗い石壁の中で何を思っているのでしょう)


 時折、アンナは北の空を仰ぎ、かつての主人を想いました。


 彼女はリゼッタが犯した罪を忘れてはいませんでしたが、同時に、最後に彼女が見せた清々しい笑顔も信じていました。


 道は大きく間違えてしまったけれど、最後には自分の足で正しい場所へと辿り着いたのだと、アンナは悲しみと共にその結末を受け入れていたのです。


 そんなある日の午後、庭で薬草を摘んでいたアンナの背後から、聞き覚えのある、けれど以前よりもずっと柔らかな声が届きました。


「……アンナ。そんなに根元から摘んでは、来年芽が出なくなってしまうわよ」


 アンナは弾かれたように振り返りました。


 そこには、一人の少女が立っていました。


 かつての絢爛豪華なドレスも、人を寄せ付けない冷徹な威圧感もありません。


 動きやすそうな木綿の服を纏い、髪を一つに束ねた彼女は、どこにでもいる、けれど誰よりも晴れやかな顔をした「リゼッタ」でした。


「リ、リゼッタ……様!? どうして……牢獄にいらっしゃるはずでは……」


「先代の王が亡くなって、幼い王子が即位することになったの。その祝儀として、大規模な恩赦が出たのよ。幸い、私は模範囚だったから」


 リゼッタはいたずらっぽく笑いましたが、アンナはその背景を察しました。


 バルガス失脚後、国王の外戚として実権を握り、新体制の柱となったカッセル元子爵。


 彼が、かつての仇敵でありながら自分を救った恩人でもあるリゼッタを、自由の身にするために裏で手を回したに違いありません。


「……リゼッタ様。まさか貴女、また何か『悪い小細工』をして、カッセル様を脅したりしたわけじゃありませんよね?」


 アンナがジト目で尋ねると、リゼッタは一瞬きょとんとした後、お腹を抱えて笑い出しました。


「ふふ、あははは! まさか。そんなこと、今の私にする力なんてないわ。……でも、そうね。カッセルさんには、一生かけて感謝を伝えなきゃいけないかもしれないわね」


 二人の間に、かつての主従関係という「鎖」はない、穏やかな風が吹き抜けました。


 リゼッタは一歩前に踏み出し、少しだけ照れくさそうに右手を差し出しました。


「アンナ。私はもう、聖女でも、貴方の主人でもないわ。ただの、何者でもないリゼッタよ。……だから、もしよければ」


 アンナは、差し出されたその手を、今度は迷うことなく両手で包み込みました。


 その手は、かつてのように冷たくはなく、土をいじり、命を繋いできた温かさに満ちていました。


「……はい。リゼッタ。これからは、普通の『友達』になりましょう」


 その言葉に、リゼッタは今日一番の、嘘偽りのない満面の笑みを浮かべました。


 空はどこまでも高く、青く。


 「燃え滓」だった二人の少女の物語は、ここでようやく、本当の「始まり」を迎えたのでした。

ここまでお読みいただきありがとうございました。若干扱えきれない設定がありましたが、おおむね予定通りの結末となりました。感想いただければ幸いです。

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