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3-5決戦

 その日の聖都は、かつてないほどの黄金と深紅に彩られていました。


 王宮へと続く大通りには、バルガスの肖像が描かれた巨大な旗が風にたなびき、街の至る所で祝祭を強要する鐘の音が鳴り響いています。


 しかし、集まった民衆の顔に生気はなく、ただ無機質な暴力装置と化した「人造魔導士」の軍勢が放つ、肌を刺すような魔力の余波に怯えていました。


 王宮前の広場。

 そこには、バルガスが心血を注いで作り上げた「最強の盾」が整列していました。


 数百人の少年兵たち。かつてリゼッタやアンナが『慈善施設』で頭を撫でた子供たちは、いまや重厚な漆黒の魔導鎧に身を包み、その瞳からは一切の感情が消え失せています。


 うなじの召喚印は、主であるバルガスの魔力供給を受けてドス黒く発光し、彼らを人間ではなく「生体兵器」として繋ぎ止めていました。


「……今日、この日。我らが王の下、新たな秩序が産声を上げる!」


 特設された高壇の上、バルガスが傲然と両手を広げました。


 その手には、老王から譲り受けた王冠が握られています。


 彼は勝利を確信していました。物流を握り、軍隊を私物化し、目障りなリゼッタを「魔女」として追放した。


 今この瞬間、彼はこの国の神にも等しい存在となったのです。


 その時。


 喧騒を切り裂くような冷たい風が、王宮を囲む高い城壁の上を吹き抜けました。


「……その冠、貴方には少し重すぎるのではないかしら。バルガスさん」


 凛とした声が、広場全体に響き渡りました。

 数千の視線が一斉に城壁の上へと注がれます。

 そこに立っていたのは、死んだはずの「魔女」――リゼッタでした。


 彼女の姿は、かつての絢爛豪華な令嬢のそれではありませんでした。


 カッセルが秘かに用意した、深い紺青の丈夫な軍用コートを纏い、腰にはカイトから譲り受けた古いナイフを差しています。


 華美な装飾は一切ありません。


 しかし、そのコートの下、胸元には確かにアンナの白いエプロンが仕舞い込まれていました。


 泥を啜り、山を歩き、自分の手で獲物を狩って生きてきたリゼッタの佇まいは、かつての氷のような美しさではなく、大地に根を張った樹木のような、揺るぎない「個」の強さを放っていました。


「リゼッタ……貴様、生きていたのか」


 高壇の上のバルガスが、その余裕に満ちた顔を歪めました。


 リゼッタは城壁の端に立ち、眼下に広がる漆黒の軍勢――自分が生み出した悲劇の結晶たちを、逃げることなく真っ直ぐに見つめました。


「ええ。貴方が『燃え滓』だと思って捨てた火種が、こうして戻ってきたわ。バルガスさん。……今日は、戴冠式などではなく、貴方の積んできた『嘘』の清算の日です」


 リゼッタの背中にある召喚印が、かつてのような禍々しい闇ではなく、静かで深い、まるで夜明け前の空のような輝きを放ち始めました。


 それは「支配」のためではなく、すべてを「解放」するための、リゼッタ自身の真なる意志の胎動でした。



 バルガスの顔から、余裕の色が消え失せました。


 彼にとって、この戴冠の瞬間こそが人生の絶頂であり、それを汚されることは何よりも許しがたい屈辱でした。



「……愚かな女だ。わざわざ処刑台に自分から登ってくるとは。飛んで火に入る夏の虫とはこのことだな!」



 バルガスが王錫を振り下ろすと同時に、広場を埋め尽くす軍勢が一斉に動き出しました。



「やれ! あの魔女を撃ち落とせ! 肉片ひとつ残すな!」



 号令一下、数百のクロスボウとマスケット銃が火を噴きました。


 鉛の弾丸の雨が、城壁の上のリゼッタへと殺到します。しかし、彼女は微動だにしません。



 彼女の足元の影が瞬時に膨れ上がり、巨大なドーム状の障壁となって弾丸をすべて呑み込みました。


 かつての「加虐心」を燃料としていた不安定な闇とは違う、カイトとの生活で培った「生きる意志」に根ざした、強靭で静謐な闇でした。



 次の瞬間、リゼッタの背中から噴き出した漆黒の影が、巨大な猛禽の翼を形作りました。


 彼女は重力を無視して宙へと舞い上がると、弾幕をかいくぐり、バルガスがいる高壇目掛けて急降下を始めました。


「迎撃しろ! 魔導部隊、何をしている!」


 バルガスの怒号に反応し、レオを筆頭とする人造魔導士たちが動き出しました。


 彼らのうなじの召喚印が赤黒く発光し、規格外の魔力弾が次々とリゼッタに向けて放たれます。


 空中で炸裂する魔力の閃光。

 リゼッタは闇の翼を巧みに操り、アクロバットのように身をひるがえして致命傷を避けます。

 避けきれない攻撃は、自らの影を盾にして受け流しました。


 彼女の目的は殲滅ではありません。

 彼女は影から無数の触手を伸ばし、迫り来る魔導士たちの足首を絡め取り、あるいは放たれた魔力弾そのものを影で包み込んで無効化していきました。


 しかし、数は圧倒的でした。


「邪魔だ!」


 先頭を切って突っ込んできた魔導師が、リゼッタの目前で巨大な炎の槍を生成しました。


 リゼッタは闇の刃で炎の槍を相殺しましたが、その衝撃で後方へと吹き飛ばされました。


 体勢を立て直しながら、彼女は理解しました。


  力でねじ伏せるだけでは、彼らを救えない。


 彼らは今、バルガスという「偽りの主」の魔力に精神を侵食されている状態なのです。


 魂のくさびを砕く。


(元を断たなければ、終わらない。バルガスさんと、あの子たちを繋ぐ『鎖』を!)


 リゼッタは再び舞い上がると、広場の中央、魔導士たちの陣形の中心へと急降下しました。


 着地の衝撃波で周囲の兵士たちを吹き飛ばすと、彼女は膝をつき、両手を地面に叩きつけました。


「これで、終わりっ!」


 リゼッタは、自身の召喚印の出力を限界まで引き上げました。


 彼女から溢れ出した膨大な「闇」が、物理的な攻撃としてではなく、精神的な波動となって広場全体を覆い尽くしていきます。


 それは、バルガスが子供たちに植え付けていた「聖女リゼッタへの信仰」という偽りの楔に、真正面から干渉しました。


 彼女の闇が伝えたのは、慈悲深い聖女の姿ではなく、泥にまみれ、罪を悔い、それでも這い上がろうとする一人の人間の、生々しい魂の叫びでした。


「目を覚まして!」


 リゼッタの咆哮が、魔導士たちの精神を揺さぶりました。


 彼らの脳内で、バルガスが作り上げた「完璧な女神像」にひびが入り、リゼッタの「真実の姿」が流れ込んでいきます。


 信仰という精神的支柱を失った瞬間、子供たちのうなじの召喚印が暴走を始めました。


 バルガスからの魔力供給が逆流し、紅蓮の火花を散らします。


「が、あぁぁぁっ!?」


「う、ぐ……、頭が……!」


 人造魔導士たちが、次々と頭を抱えてその場に崩れ落ちていきました。


 彼らの瞳から、洗脳されていた間の虚ろな光が消え、代わりに混乱と恐怖の色が戻ってきます。


「なっ、何をした!? 私の軍隊が、何故だ!」


 高壇の上で、バルガスが狼狽の声を上げました。彼の手元にある、魔導士たちを制御するための魔導具が、過負荷によって砕け散りました。


 リゼッタは、最強の「牙」と飼い主を繋ぐ鎖を断ち切ったのです。


 広場に静寂が戻りました。


 荒い息を吐きながら立ち上がったリゼッタは、軍勢を失い、ただ一人高壇に取り残されたバルガスを、静かに見上げました。


「さあ、バルガスさん。これでもう、貴方を守る盾はおりませんよ?」

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