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短編2

ずれて空回っていた男の話

作者: 猫宮蒼

 以前書いた短編の 婚約解消後の噂は私関与しておりません と繋がりがありますがそちらを読まなくても多分大丈夫です。



 マーゴット家が子爵になったのは、割と最近の話である。

 男爵家であったが、そこで何やら功績を上げたとかでそうなったのだ、と祖父から語られて、幼い頃のロブソンはそうなんだ~凄いな~と素直に感心していたのだ。


 貴族全体から見てのマーゴット家は下の方に位置しているものの、しかし財産だけはあるからか、幼い頃からロブソンの生活は何不自由ないものであった。

 その頃のロブソンは、他家からは未だにマーゴット家が新興貴族扱いをされていて、同じ貴族として見られてすらいない事にも気付かなかった。

 父が度々頭を悩ませている事は知っていても、その悩みにまで気付けなかったのである。


 何故新興貴族扱いで困るのかすらも、幼い頃のロブソンは理解していなかったし、成長してもそこまで問題だと思っていなかった。


 祖父が死んで、家の実権を父が握るようになってからは、父はいつだって難しい顔をしていたように思う。


 将来の跡取りとなるのであれば、自分にもその悩みは共有されるものなのかもしれないが、しかし自分に果たして父が頭を悩ませているものが解決できるだろうか……

 そんな風にも考えていた。


 だから、なるべく自分に降りかからない形で解決すればいいな、とも。


 てっきり将来は自分が跡を継ぐのだと思っていたが、父はお前には務まらん、と言って他の後継者を見据えていたらしい。え、それじゃあ自分はどうなるんだろう、と思っていたら、フランジェリス家の娘との婚約が決まった、と言われて。


 あぁ、自分は婿入りするのかと。

 その事実をあっさりと受け入れはしたのだ。


 婚約者だと紹介された娘、リリアーヌはロブソンから見て、可もなく不可もなく……といったところであった。

 可愛いとは思うし、別に美人じゃない、と否定する程でもない。

 けれどロブソンはその頃には既にもっと可愛らしい娘を見る機会もあったし、もっと美人な令嬢を見たこともあったせいで、リリアーヌという娘に対して然程の印象を持てなかったのである。


 長い歴史を持つ家。

 その家と縁付く事でどうやら父の悩みは解消されるらしい。


 ロブソンもリリアーヌもまだ結婚できる年齢ではなかったからこそ、二人は婚約者として交流を重ね、仲を深めていったのだが……


 そこで何か、ロブソンの心がリリアーヌに惹かれるような出来事があったか、と問われれば、別にそんな事もなかった。問題が生じたわけではないが、盛り上がりにも欠けていた。

 なんだかつまらないな……と思った気持ちはあるけれど、だがそれでリリアーヌを嫌うような事でもない。

 問題が起きないのはいい事でもあるのだから。


 けれども、特に何もないまま、お互い毎回同じような事の繰り返しで会っても果たしてこれで仲良くなれるのだろうか……? とロブソンは疑念を抱き始めていた。

 ロブソンはリリアーヌに不満を持ったりはしていないけれど、それでも正直つまらないなと思っている部分はある。

 ロブソンがそう思っているのなら、きっとリリアーヌも自分の事をツマラナイ男と思っているかもしれない。


 父の話だとリリアーヌの家に資金援助をしているという事らしいし、リリアーヌがロブソンを見初めて結婚を願ったとか、そういう話ではない事も理解はしている。


 けれど、資金援助をして、領地が立ち直った後で借金を返すから結婚の話はなかった事にしてくれ、と言われる可能性も無いとは言えない。

 もしそうなれば、跡取りになれないロブソンの将来はどうなってしまうのか。


 父のような才覚を持ち合わせていない事をロブソンは早々に突き付けられてしまっている。

 だから、リリアーヌとの結婚はしないといけない。

 もっと自分について知ってもらわないといけない。


 けれど、自分にこれと言える程の特技はないし、才能だって無い。


 困り果てていたその頃、叔父とその妻が流行り病で命を落とし、そうして運よく生き残った一人娘を引き取る事が決まった、と父から聞かされた。


 娘の名前はジョセフィーヌ。


 その少女は、触れたら壊れてしまいそうな儚さがあって、最初ロブソンは妖精か何か――人ではない存在を疑ったくらいだ。

 ロブソンの父にしてみれば、弟の残した忘れ形見。

 不憫に思うのも当然で、だから我が家で面倒を見よう、と言った事に反対などしなかった。


 同時に、ロブソンは閃いてしまった。


 ロブソンという平凡な存在を彩るためのもの。

 その考えが、間違っているなどとは気付きもせずに。



 ロブソンはジョセフィーヌの世話を率先して買って出た。

 病弱でロクにベッドから動く事もできない哀れな少女。

 家族を失った可哀そうな娘。


 そんなジョセフィーヌに、ロブソンは寄り添った。


 そういう可哀そうな存在に親切にできる人間である、とリリアーヌへアピールするつもりで。


 社交界で時折聞こえてくる噂では、優しくない男性との婚約が決まったと嘆く令嬢も多くいた。貴族としての役目ですので仕方ありませんが……と友人同士でコソコソと嘆き合う光景を、ロブソンはいくつか目撃している。


 令嬢たちからすればロブソンは顔は良くても身分は低く、それでいて歴史の浅い存在であるが故にそこらの使用人たちと同じように、いてもいない扱いであった。

 それもあって、男子禁制なら流石に問題だったがそうではない場所でなら、ロブソンの存在は非常に軽いものでしかなかったのだ。

 おかげで、というべきかそういう話を耳に挟む機会はきっと他の令息たちより多かった。


 もしかしたらリリアーヌも、自分が優しくない人間だと疑っていたのかもしれない。

 けれどもそうではない。弱った相手にもきちんと優しくできるのだと、ちゃんと見せてあげれば彼女も安心するかもしれない。


 父や母、それ以外の第三者がロブソンのそんな脳内の事を知れば、そういう事ではない、と言えただろう。

 けれどもロブソンはそれを誰かに言う事はなかった。


 傍から見れば、新しく家にやって来た病弱な少女に優しくしているだけの、優しいお兄さんにしか見えなかったのも、後から考えれば問題だったというのに。

 その時父は、弟が亡くなった事で沈んでいたし、母もジョセフィーヌを憐れんでいた。

 親を亡くしてこれから先一人で生きていくジョセフィーヌ。

 叔父の家は子爵家などではない。準男爵家であった。だからこそ、成人したとしてもジョセフィーヌが貴族として生きていくためには、それこそ貴族の家に嫁入りするしかないのだ。

 けれども両親のいない娘に、果たしてどれほどの価値があるか。


 ただ美しいだけの娘なら、ジョセフィーヌ以外にも山ほどいる。

 選ぶ立場にある者が、どうしてもジョセフィーヌがいい、と選ぶのであればまだしもそこまでの物好きはそういないだろう、と母はジョセフィーヌを憐れんでいたのだ。

 そうでなくとも身体が弱いのなら、跡継ぎを産む事もできるか疑わしいし、愛人として囲うにしたってその美貌を見るだけで満足できるのならばいいが、そうでなければ身体に負担をかけて早死にするかもしれないのだ。


 ジョセフィーヌの将来は、この時点であまり明るいとは言えなかった。


 家の中で使用人が甲斐甲斐しく世話をしたとしても、いずれ、将来一人で生きていくしかないのであれば。

 準男爵家での暮らしも裕福なものではなかったようだし、であれば今この家で何もかもをやってもらえるような生活に慣れても困る。

 だからこそ、マーゴット子爵は定期的に医者を屋敷に呼んでジョセフィーヌの状態を確認して、必要に応じての面倒は見たがそれ以上の事はしなかった。


 甘やかしてもいずれ彼女が辛くなるだけだ。


 ロブソンがそんな彼女に付き添っている事に、マーゴット子爵は最初どうしたものかと考えた。

 使用人たちの手で何もかもやってもらうわけではない。ロブソンが手伝うといっても、着替えなどはやらなかった。そこはまぁ当然なのでやらないでくれて良かったとしか言えない。


 まぁ、親が死んで一人きりになって心細くもあるだろうし、医者が診た限り今は弱っていてもいずれ元気になるとの事。

 弱っている今だけはロブソンの存在が心の慰めになるのなら、引き離す程の事もないだろう。

 子爵はそう考えていた。


 子爵からすればジョセフィーヌは確かに愛らしい存在ではあったが、それは親戚だからというのもあってそれ以上の事は考えてもいなかったのだ。



 そうして少しだけ体調が良くなったあたりで、ロブソンはジョセフィーヌを連れて外に出た。


 それを何度か繰り返していくうちに、ジョセフィーヌも少しずつ元気を取り戻していって……



 そこで、フランジェリス家から支援金に利子をつけた形で一括返金するかわりに婚約を解消したいという話が出た事で。


 子爵は事の次第を知ったのである。


 それとほぼ同じくして、市井で流れていた噂もようやく子爵の耳に入った。

 もっと早い段階で噂を知る事ができなかったのは、子爵が誘われる事のない高位身分の茶会や夜会などで広がっていたからだ。だがしかし、思い返すと男爵や子爵といった近しい身分の貴族たちの態度に引っ掛かるものはあった。だがそれも、今まで同様成り上りと見ているからのものだと思って疑わなかった。こちらにあからさまな不利益をもたらすような態度や言動がなかったからこそ、普段通りのものだと認識してしまっていた、という落ち度はあるけれど。


 しかしそれを除いてもまさかロブソンがジョセフィーヌを連れて外に出ていた日のほとんどが、リリアーヌと会う日であったなど。

 流石の子爵もそこまでは思っていなかったのだ。

 リリアーヌとジョセフィーヌを会わせるにしても、そんな毎回のように……など常識的に考えてありえなかったのだ。



「どういうつもりだ」


 子爵は当然息子に問いただした。


 それに対する返答は、リリアーヌに頼りがいのある面を見せたかった、との事だ。


 彼が甲斐甲斐しくジョセフィーヌの世話をするところを見せる事で、一人では何もできない人間ではないのだと、彼女にそうアピールしているつもりだった。

 ロブソンの言い分はそんな、なんとも言えないものだった。


 頼りがいのある人間と見られたい、という言い分は理解できる。

 だからこそ、誰かを支えている様を見せれば……と考えたところも、まぁ、わからないでもないのだ。


 けれどだからといって婚約者の前で違う女の世話をしている光景を見せるのは、明らかにおかしい。


 誰かを助けている光景を見れば確かにそう思う事もあるかもしれない。

 けれど、ロブソンがやらかしたそれは、どうしたって婚約者の前で他の女を優先し、現状この関係に不満があると訴えているようなもので。

 それで、リリアーヌがロブソンを頼もしく見るか、となれば有り得ないはずだと、何故ロブソンは気付けなかったのか。



 そう嘆く父に、ロブソンはどうして婚約が解消される事になったのか、未だ納得がいっていない顔をしていた。



 たとえ病弱な人間でも見捨てる事なく手を差し伸べ支える様子は、少なくともロブソンにとって自らが誠実な人間である事の証明のつもりだった。

 確かにロブソンは何度目かのジョセフィーヌを連れてリリアーヌと会った際、彼女を保養地などで療養させないのか、と聞かれた事もある。

 本来ならばそうするべきなのだろう。

 けれども父はそうするつもりがなかったようだし、それに、そうなってしまえばロブソンが他人の世話をできる事や病人であっても見捨てないという姿を見せる事ができなくなる。


 マーゴット子爵がジョセフィーヌを病院や保養地に送らなかったのは、単純にそこまでする必要がないと判断しての事だ。病弱といってもそこまでする程症状が重いわけでもない。医者もちゃんとご飯を食べてぐっすり寝て過ごしていくうちに治りますよという診断を下している。


 けれどもロブソンはそれを知らなかった。

 そしてジョセフィーヌは自分に対して甲斐甲斐しく世話をしてくれるロブソンにすっかり甘える形となってしまっていた。

 なので常に彼の前では儚さを出してそういう風に振舞っていたのだ。


 それが、まさか周囲でとんでもない噂に変貌していたなど気付かずに。


 ジョセフィーヌの事をロブソンは気に入らないわけではなかった。

 病弱なのは可哀そうだけれど、見た目は好みであったと思う。

 もし見るのも躊躇する程、目を逸らしたくなるほどの醜い姿であったなら、きっとロブソンはジョセフィーヌに近づきもしなかっただろう。



 ロブソンはリリアーヌへ自分という人間をアピールするためだけにジョセフィーヌを連れまわしたとも言えるけれど、ジョセフィーヌだってそれに反対などしなかった。

 一応体調が悪いようなら外に出るのはやめておいた方がいい、と言った上で、それでもロブソンと出かける事を選んだのはジョセフィーヌである。


 リハビリがてら、という言葉もあったから、ロブソンは疑う事もしなかった。

 リリアーヌそっちのけでジョセフィーヌと会話に興じていたのは、ロブソンにとってそのつもりはなかったのだ。

 病弱なジョセフィーヌをそっちのけにリリアーヌと会話をするのはどうかと思ったし、であればそういった弱者に寄り添う姿を見せる事で、リリアーヌへのアピールを兼ねていたのだ。ロブソンの中では。


 まさかその光景をリリアーヌが自分を蔑ろにして二人でデートを楽しんでいる、なんて思いもせずに。


 ロブソンの中ではジョセフィーヌの事に気を配るロブソンを見て、リリアーヌはそんなロブソンの優しさに心打たれてくれるはずだった。

 実際彼の思う方向とは真逆に突き進んでいたなど、気付いてもいなかった。


 そういうところが、父がロブソンを跡継ぎに選ばなかった原因でもあったのだろう。


 ロブソンもまた周囲の貴族の子女たちから冷ややかな目を向けられていたけれど、しかしそれは成り上がり者と見られていた時からあったようなものだから、いつも通りだと思い込んでいたのである。


 リリアーヌの瞳にあったはずのロブソンへの熱がとっくに冷えてしまっていた事にすら気付かないまま、彼は婚約者を失う結果となった。


 その時点でジョセフィーヌと関わるのをやめてしまえばよかったのかもしれないが、しかしロブソンの中でそれもまた無責任だ、という思いがあった。

 せめて彼女が元気になるまでは……と思ってしまったのもある。

 婚約を解消された後でロブソンがジョセフィーヌを連れていないとなれば、婚約を解消したいためにロブソンがジョセフィーヌを利用したのだ、なんて噂が流れるかもしれない。

 そんな風に考えた結果でもあった。


 実際はそんな噂が流れる以前にとっくに手遅れなくらい色々な噂が広まってしまっていたのだが、ロブソンはまだなんとかなると思い込んでいたのだ。



 けれども結局どうにもならなかった。


 リリアーヌという婚約者がいなくなってしまって、婿入り先を他に見つけようにもしかしマーゴット家は他の貴族から見てもそこまで縁を繋ぎたいと思われる家ではないようで。

 財産は魅力的だが、それ以外を考えると無理に縁付く必要はない、そう思われている家だった。



 血筋的に近いけれど、それならいっそジョセフィーヌと結婚する事になるのかもしれないな……とロブソンはこの期に及んでそんな風に呑気な考えをしていたのである。


 彼の父が、そんな事許すはずもないのに。


 色々な醜聞が広まってしまったと聞かされて、ロブソンはそれでもまだ暢気に構えていた。

 どうにかなると安易に考えていたのもある。

 いざとなったら、ジョセフィーヌを支えつつ家からの援助で暮らしていけばいい。

 そんな甘い考えを、しかしマーゴット子爵はバッサリと切り捨てたのだ。


「ジョセフィーヌを我が家の養子にするつもりはないし、ましてやずっと面倒を見るつもりはない。

 医者の診断でジョセフィーヌの今の体調はそう悪いものでもないし、であればいずれ独り立ちしていく事ができるように、という程度の援助はすれど一生面倒を見るつもりなどない。

 無理そうなら多少の金を出して修道院に入れる事も考えたが、高位貴族が修道院に入った時のような悠々自適な暮らしなどさせるつもりはないぞ」


 子爵からすれば、弟の残した子であるからこそ多少は手を差し伸べはするけれど、ずっと面倒を見続けるつもりもなかった。


 症状が良くならず長引くようなら保養地で生活基盤を整えるまで手を貸す事はするけれど、一生涯面倒を見るつもりはない。弟の遺した子といえども、だからといってマーゴット子爵の財をじゃぶじゃぶと使ってやる義理はどこにもないのだ。親戚だろうと手を貸す事なく突き放す――そんな家だっていくらでもあるのだから。


 ただ、親を失い他に頼れる相手もいそうにないからこそ、多少自らの足場を固めるための手助けくらいは……というだけに過ぎない。ジョセフィーヌにだって引き取った際そう説明済みである。

 養子にしていないのは、決してロブソンとくっつけて……などという考えではなかった。


 ジョセフィーヌが最初から健康的で、もう少し賢い娘であれば。

 利用価値が存在していれば、マーゴット子爵の選択もまた別になっていたかもしれないが、両親を失い精神的にも弱り切っている娘相手に色々と強いるつもりなど、子爵の選択には何一つとして含まれていなかった。


 医者の診断から回復していると知っていたし、であればどこぞの家に嫁ぐ事で今後の生活を整えた方が良いというのなら……と子爵は自分の伝手の範囲でそういった相手を紹介したりもしたのだ。

 けれどもマーゴット子爵が自らの伝手でもって見合いをさせた相手と出会ったその日、ジョセフィーヌはことごとく体調を崩した。

 既に快方したと診断を受けているにもかかわらず相手との顔合わせの日に必ずと言っていいくらい具合が悪そうな様子に、貴族はこれでは跡取りを産むにしても問題があると判断し、この話はなかった事にと断りを入れて、では、と平民でそれなりに裕福な家の相手を紹介してもそちらでも同じようにやはり結果は同じで。


 愛人になったところで、ある程度の年齢になれば捨てられるのが見え見えな状態でマーゴット子爵も流石に彼女を放り出すわけにもいかないが、しかしこの先もずっと家で面倒を見続けるつもりもない。

 だというのに、婚約解消となったロブソンと共にこの家に残ろうという考えが透けて見え始めた事で、子爵は決断を下した。


 纏まった金を渡して、多少生活基盤を整えた上で彼女の世話をしてくれる者を雇い、マーゴット家からは出ていってもらった。

 彼女の世話をする者については、この先もずっとというわけではない。

 彼女が成人する年齢になるまでの間は人をつけるが、その先までを期待されても困る。

 既にもう充分すぎる程の援助はしてあるのだから。



 それに。


 マーゴット子爵は薄々勘付いていた。

 ジョセフィーヌのそれがどうにも演技くさいという事に。

 それもあって家を出す事に決めたのである。



 実際に、ある程度の金を渡され家を出されたジョセフィーヌは、最初こそ苦労していたようだが、渡された金を元手に投資に手を出しそこそこの利益を得て、それで暮らし始めていた様子だった。

 そうして自分でも良いと思った相手にアプローチしていたようではあるけれど。

 マーゴット子爵が疑りをかけていた演技くさい病弱さでもって中々相手が決まらずすっかり行き遅れと言われる年齢になったあたりでその事実に気付いたらしいが。


 その頃にはもうマーゴット子爵からすれば、だから何だという話になってしまっていたのである。




 その頃にはもうロブソンは修道士として過ごすしかできない状態になっていた。

 マーゴット子爵が後になって知った噂の数々は、今更火消しに走ろうとも無駄だろうなと察する程になってしまっていたから。


 その中にはロブソンがジョセフィーヌを自分のいいように扱おうとしていた、というものもあったが、本来リリアーヌと結婚し婿入りする予定だったロブソンが、まさか愛人としてジョセフィーヌを連れていくなどあるはずもない。

 けれどもそういう噂が流れるまでに、彼はジョセフィーヌを連れて出歩いて周囲にそう思わせる原因を作っていたのだ。


 元から望みは薄かったが、それでも途中で何らかの才を発揮できていれば、彼を跡取りにする事もあったかもしれないが、結局それは難しいどころか、無理な話になっていた。

 ロブソンに家を継がせても傾かせる不安があった。

 そして広まり切った噂のせいで、もし彼に跡を継がせたならば邪魔者を排除しようと動く他家は思った以上に増えているだろう事から。


 跡取りは無理でも家で働かせるなどという未来すら、難しくなってしまったのである。

 修道院に行くしかないという状況になって、そこでロブソンが一度かつての婚約者であるリリアーヌの元を訪れたようだが、復縁など願ったところで叶うはずもない。

 結局とぼとぼとした足取りで戻ってきて、そのまま彼は修道院へ行く事になった。



 そうなる前に、マーゴット子爵はしっかりと話をしたけれど。



「お前はきっと現代社会で生きていくのに向いておらん」


 そう結論を出すしかなかったのである。



 ジョセフィーヌの面倒を見ていたのは、彼女に同情しているからと子爵は思っていた。

 物珍しさもあったかもしれない。

 そこに恋があったか、となると、少なくとも子爵の目にはそう映っていなかった。


 ロブソンの話を聞けば、何故そうなったとしか言えなかったが。


 リリアーヌに頼りがいのある人だと思われたくて、そのためにジョセフィーヌの面倒を見ていたと言われても全く理解ができなかったのである。

 困っている人に手を差し伸べる事ができるのだと、そういうのを見せれば優しさアピールにもなるし、こまめに面倒を見ているという事で中途半端に放り出さないのだと思わせたかった。


 そう言われても、父には全く理解できなかった。


 いや、確かにそういう考え方がないわけではないけれど。


 だが婚約者の前で一時的に引き取った親戚の世話をしている様子を延々見せて?

 ジョセフィーヌの話に耳を傾け、真摯に対応している様子を見せていた?


 は?


 馬鹿なのかお前は、と思わず言ってしまったが、仕方のない事だと思う。


 昔からどこかちょっと人とずれている部分があるな、とは思っていたけれど、ここまでではなかった。

 貴族としての考え方に染まり切るでもなく、平民寄りの考え方もあるせいでどっちつかずな状態のせいだと思っていたが、そうですらなかった。


 デートの最中にたまたま親とはぐれた子を見つけて、迷子の面倒を見て親を見つける手伝いをしてやっただとか、道に迷って困っている相手を助けただとかならリリアーヌとて、不快に思う事はなかっただろう。

 だが毎回ジョセフィーヌという異性を連れてデートに参加していた挙句、ジョセフィーヌばかりを構う様子を見せていたというのだから、成程それは婚約解消を言い出すのも当然である。


 解消の話を持ち掛けられた時、やはり歴史の浅い家との縁を直接つなぐのは……と躊躇ったものだと思っていたが、そんな事をされていたとなればそりゃあ子爵も納得であった。


 フランジェリス家が率先してマーゴット家の悪い噂を流したという事はなかったが、率先して潰しにかかったっておかしくないくらいだ。そう考えると、フランジェリス家は随分と優しい。

 マーゴット家に関する悪い噂に関しては、周囲に非難しようもない。何故ってロブソンが元凶なのだから。


 ロブソンは決してリリアーヌの事がイヤでそんな事をしたわけではない。

 むしろ好感度を稼ごうとして、それでどうしてこうなったと言いたいが……ともあれ完全に空回った結果である。


 ちょっと考えたらそれが上手くいくはずもないだろう、と父も母も同意見なのだが、しかしそれが上手くいくと考えていたというのだから、頭痛がしてきても仕方のない事で。

 やる前にせめて一言相談されていたら……と思ったが、ロブソンとて年頃で、なんでもかんでも親に話をするわけでもない。

 そういった部分も成長した証だと思っていたが、結局それが最悪な形で彼の人生を壊す結果になってしまった。


 いや、と思い直す。


 もしリリアーヌと結婚していたら。

 その上でこんな失態をやらかしていたら。


 その時は今回の比ではないくらい、大変な結果になったかもしれないのだ。


 であれば、まだ傷は浅い方と言えなくもない。


 俗世の悪意にまみれて振り回されるより、修道院で過ごす方がきっとマシだろう。

 もしリリアーヌと結婚した後で致命的なやらかしをしていたのなら、その時は命を失っていた可能性すらあるのだから。



 マーゴット家は結局国に居づらい面もあったせいで、拠点を移す事になった。

 折角子爵にまでなったけれど、きっと、向いていなかったのだ。

 いずれもっと上を目指そうとしていたところで、結果として全てを失っていたかもしれない。


 幸いにして財産のほとんどを失うような事にもならなかったので、やり直すのにそこまでの苦労もないだろう。



 修道院に送られたロブソンの今後に関しては、時々手紙で様子を確認する事にして。


 そうしてマーゴット家は、そっと国を出ていったのである。




 修道院での様子を時々確認するために送った手紙の返事は、院長からだ。

 院長から見たロブソンは、時々ズレたものの考え方をして他の修道士に「なんでそうなる!?」と突っ込まれ、時として争う事もあるけれど。

 根は悪い人ではないからか、最終的にそういうものとして受け入れられているのだとか。


 修道院に行くしかロブソンの今後、残された道はないと知った時、彼は酷く落ち込んでいたけれど。

 それでもどうにかやっているようで、それだけが、救いだった。

 女性の言う「ワイルドな男性ってかっこよくて素敵!」を真に受けてワイルドさを装うものの、女の思うワイルドさと男の思うワイルドさの差がありすぎてアピールしたもののドン引きされるっていう話、あるじゃないですか。この話はそういうやつの派生系です。


 なおリリアーヌサイドの婚約解消後の噂は私関与しておりません、と多少食い違いがある部分があるかもしれませんが、それは単純にリリアーヌも何もかも情報を把握できているわけではないからです。

 ある程度の情報を自分の中で纏めて多分こういう事なのね、と自己完結している部分はあります。


 次回短編予告

 婚約者の態度にはうんざりしていた。愛しているのは君だけだ、なんて言いながらその言葉を信じる事さえ難しいような言動。これで愛を感じろなどとは無理がある。

 故に令嬢は婚約者に愛など芽生える事もなく、婚約解消を望んでいた。


 次回 愛を免罪符にしようってのがそもそもの間違いでしてよ

 どう足掻いても異世界恋愛系の話なのに恋愛要素がお菓子作りの時のバニラエッセンスくらいにしか入ってないのでその他ジャンルに置いておきます(´・ω・`)

 いつもの事でしたね(^^)

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― 新着の感想 ―
「俺はこんな所で、終わる男ではない。」と言っていた奴が勤めていた職場にいた。当然、終わっていた。
当人の中では完璧なシュミレーションなんだろうけど、そこに登場する人物達が空想・妄想の産物すぎて⋯w
いくら婚約者にいい格好したいからって、その婚約者を蔑ろにしておいたら意味が無…… ……え、自覚なかったの? えぇ…… ロブソン以外のマーゴット家一同は本当ご愁傷様である……
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