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イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について  作者: のびろう。
第12章 『完璧なわたしを、壊してくれますか』

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『“わたし”のままで、そばにいて』

あの配信以来──橘いのりは、ほんの少しだけ変わった。


変化はとても些細で、たぶん周囲の誰も気づかない。

けれど、天城コウだけは気づいていた。


通話の最初、いつもぴしっとしていた姿勢が、どこか柔らかくなった。

敬語も、たまに語尾がくだけるようになった。

声に乗る空気が、“構えたプロ”から、“素の少女”へと少しずつ変わってきている。


そんな変化を喜びながらも、コウは無理に踏み込もうとはしなかった。

彼女が話したいことだけを話し、沈黙には沈黙で寄り添う。


それが、いのりにとって一番の“安心”だった。


 


──深夜0時過ぎ。

今日も通話テストという名目で、ふたりはしれっと繋いでいた。


「今日の新衣装、すごく反響あったね。白狐風ってコンセプト、ぴったりだった」

「ありがとう、先輩。……でも」

「でも?」


「ちょっと……恥ずかしかったんです。あんなに褒められると」

「……似合ってたよ。本当に」


通話越しなのに、いのりの吐息が、ほんの少しだけ弾んだのがわかる。


「……先輩のそういう声、本当に……心臓に悪いです」

「ん?」


「なんでもないですっ」

あわてて言葉を切るいのりに、コウはくすりと笑った。


「……ずるいです、そういうところ」


彼女の声には照れと、かすかな甘えが混ざっていた。

まるで、本当に“年相応の少女”のように。


 


しばらく沈黙が続いたあと、いのりがぽつりと呟く。


「……わたし、少しだけ、変わったと思いますか?」


「うん。……変わった、というより“戻ってきた”って感じかな」


「戻る……?」


「いのりちゃんが、いのりちゃん自身に」

「仮面じゃなくて、“本当の自分”に戻ってきてる」


 


──沈黙。


──呼吸。


 


「……そんなふうに言ってくれる人、初めてです」


「……先輩って、ほんとに……ずるい」


その言葉のあと、いのりはふと語り始めた。


 


「小さいころ、ずっと年上の人に囲まれて育ったんです」

「親も、兄も、学校でも、“えらいね”“賢いね”って、褒められるのが普通で……」


「でもそれって、“ちゃんとしてる”ことが前提で。間違えたら、もう子ども扱いすらされなくなる気がして」


「気づいたら、怖くなってました。“間違えられない自分”しか愛されない気がして……」


「だから、“完璧なV”でいなきゃって、必死だったんです」


 


深夜の通話の中、誰にも言えなかった心の声がこぼれていく。


コウは何も言わず、ただ静かにその声を聴いていた。


いのりの声は、やがて少しずつ柔らかくなっていく。


 


「でも、先輩と話してるときだけは……少しだけ、子どもでいられる気がします」

「ちゃんとした言葉じゃなくても、先輩はわたしのこと、見てくれるから……」

「……甘えても、いいですか?」


「もちろん」


 


──その答えに、いのりは初めて“ためらわずに”笑った。


 


通話が終わる直前。

いのりが、ふと、何気ない声で言った。


「先輩」


「ん?」


「……高校生になったら」

「……デート、してくださいね」


「……え?」


「ふふ……今の、録音してもいいですよ? 証拠として」

「もちろん制服で行きます。お弁当も作って……、ちゃんと大人っぽいの、選んで」


「でも……そのときは、“完璧”じゃなくて、“わたし”のままで、行ってもいいですか?」


 


画面越し。

姿は見えなくても、その表情が思い浮かぶほどに、声があたたかくて、真っ直ぐだった。


 


──14歳の少女が初めて見せた、“素の笑顔”。


その約束が、ただの冗談ではないと気づいたとき。

コウの胸の奥に、小さな灯りがともった。

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