『涙が出るくらい、怖かった』
──LinkLive主催《深夜ホラーリレー》、最終日。
大トリは、《Inori∞Link》こと橘いのり。
配信開始時刻は深夜2時30分。
その日、いのりが挑戦するのは、ホラー配信界隈でも“ガチで来る”と評判のインディー作品──
廃村の記録映像を元に作られた、超リアル心理型ホラー『ひとりごと -Whispers-』。
初見実況、事前情報なし、スタッフも演出には一切手出しできない。
演者の“生の反応”が試される一本だ。
《こんばんは、Inori∞Linkです。今日も深夜に来てくれて、ありがとうございます》
いのりはいつものように、穏やかな声で配信を始めた。
巫女衣装のアバターが微笑むたび、コメント欄は称賛の嵐。
「この声で怖がってくれるとか神回確定」「落ち着いてるのに可愛い」「大人の余裕って感じ」
だが、彼女の両手は、マウスとキーボードの上でほんのわずかに震えていた。
──本当は怖い。けれど、それを表に出せない。
“完璧なわたし”でいるために。
ゲームが進行するにつれ、空気がじわじわと重くなる。
視界が揺れ、音が濁り、登場人物の幻聴が聞こえるようになる。
プレイヤーの感情を、恐怖ではなく“不安”で削ってくるタイプの作品だった。
《……ぁ……》
小さな吐息のような音。
その瞬間、ゲーム内の映像が一瞬ブラックアウトし、画面に現れたのは“自分の顔”だった。
まるでプレイヤー自身を見ているかのような演出。
そこで、いのりの指が止まった。
《……》
沈黙。
静寂。
コメント欄に「?」「止まった?」「フリーズ?」と流れる。
そして数秒後、いのりの声がマイクに乗った。
《……すみません……ちょっとだけ、怖いです……》
その言葉に、視聴者は息を呑んだ。
──“怖い”と認めたのは、彼女にとって初めてだった。
それでも彼女は配信を切らなかった。
手を震わせながら、ゲームを進めようとした。
だけど、画面の中で“もう一人の自分”が小さく囁く。
「……やっと、本音が聞けた」
瞬間、パソコンの前のいのりの目から、ぽろりと涙が落ちた。
カメラは彼女のアバターを映し続けていたが、声の震えが、すべてを語っていた。
《……やだ、なにこれ……怖い……怖い……》
《……助けて……誰か……》
その小さな声は、完璧だったはずの彼女の仮面を、はっきりと壊していた。
コメント欄は一転して、応援と心配の嵐。
「無理しないで」「泣いていいんだよ」「いのりちゃん、頑張ってるよ!」
配信裏。
緊急で繋がれた通話。
「いのりちゃん、大丈夫……?」
モニター越しにコウの声が響く。
いのりは、嗚咽交じりにマイクをオフにしていたが、耳元のイヤホンから流れるその声だけは切らなかった。
「今日は、もう続けなくていいよ。切っていい。みんな、もう充分伝わってるから」
「……でも……私……完璧でいないと……」
「“すごい子”でいなきゃ、誰にも見てもらえなくなる……」
その言葉に、コウは少しだけ黙り、ゆっくりと、静かな声で告げる。
「今日くらい、泣いてもいいんだよ」
その瞬間。
いのりの肩が、小さく震えた。
「……ずるいです、先輩の声……」
「……安心しちゃって、我慢できなくなります……」
初めて見せた、本当の顔。
それは、14歳の少女が隠していた“子どもらしさ”だった。
誰にも甘えられなかった。
ずっと、背伸びしてきた。
「中の人、本当に14歳?」なんて言葉を褒め言葉のように受け止めながら──
本当は誰かに、
“怖いよ”“助けて”って、言ってみたかった。
しばらくして、配信はスタッフの手で静かに終了。
コメント欄には、温かい言葉が溢れていた。
【よく頑張った】【泣いてもいいよ】【また元気ないのりちゃん見せてね】
【#泣いていいんだよいのりちゃん】というタグが生まれ、深夜にもかかわらずトレンド入り。
夜が明ける頃。
スマホ越しの通話は、まだ続いていた。
「先輩……」
「……もし、わたしが……“完璧”じゃなくなっても……嫌いになりませんか?」
「なるわけないだろ」
その一言に、また少しだけ、静かな涙が流れた。




