『おでこに落ちた、いちばんやさしい魔法』
ベッドの上。
ほんの数センチもない距離で、ひよりはお兄ちゃんの目を見つめていた。
(……キス、って言った。私に……)
心臓の鼓動が、柔らかな掛け布団の下でも響いている気がした。
今まで何度も一緒に寝たことはある。
でも、今夜だけはちがう。
ふたりとも、その意味をちゃんと知って、同じ気持ちでここにいる。
「……じゃあ、するぞ」
お兄ちゃんが言って、顔を近づける。
ひよりはそっと目を閉じた。
だけど――。
そのぬくもりが落ちてきたのは、唇じゃなくて――おでこだった。
「……んっ」
ほんの一秒。
でも、そのやさしさは、胸の奥までまっすぐに届いた。
「お兄ちゃん……」
「今夜は、それで勘弁な。……ひよりがちゃんと、大切に思ってるってわかったから」
その声が、どうしようもなく愛しくて、
ひよりは思わず笑ってしまった。
「……ずるい。そう言われたら、もっとほしくなっちゃうのに」
「また今度な。ひよりが、ちゃんと大人になったら――そのときは、俺のほうから」
「……約束だよ?」
「……ああ。絶対」
約束。
その言葉が、指先よりも深く、心に絡みつく。
ぴたりとくっついた身体。
お兄ちゃんの腕が、そっと自分の背中に回されて、柔らかく包み込まれる。
ひよりは、そこに頭を預けた。
「……お兄ちゃんの匂い、する」
「そりゃ毎日一緒に住んでるからな」
「ちがうの。今日のお兄ちゃんは、ちょっとだけ特別な匂いがするの……なんか、あったかい夢に入れそうな」
「……それならよかった」
言葉少なに微笑んでくれるその声が、なによりも心地よかった。
ぬくもりの中で、まぶたが少しずつ重くなっていく。
「お兄ちゃん……?」
「ん?」
「ずっと一緒にいようね……あのとき、ひよりが頑張ったから今日があるんだって、そう思えるように……」
「……ひよりが頑張らなくても、俺はちゃんと見てるよ」
「……うん」
小さな吐息が、胸元に落ちる。
そしてそのまま、眠りへと沈んでいった。
お兄ちゃんの腕の中で、夢のような夜のぬくもりに包まれて――
少女は、いちばんやさしい魔法に、そっと身を委ねた。




