『湯けむりの下、好きが零れ落ちる』
湯けむりの中。
星を映すような薄い蒼の湯面に、ふたりの影がゆらりと揺れる。
ひよりは湯船の端にちょこんと座り、バスタオルをきゅっと胸元で押さえていた。
目の前には、コウ――お兄ちゃんがいる。
「ふぅ……いいお湯だな」
「……うん。ちょっと、熱いくらい」
湯気に紛れて、頬の赤みが隠れてくれているのがありがたかった。
心臓の音は、きっと隠せていないけど。
コウは、ひよりと向き合う距離で湯に肩まで浸かり、湯の表面をゆっくり撫でるように動かしている。
「ひより、卓球……すごかったな。あれ、本気だったんだろ?」
「……うん。ずっと、がんばってきたの。お兄ちゃんに……勝ち取りたくて」
「ん?」
「……ごほうび、って言ってたじゃん。
あれ、私にとっては……“好きな人と一緒に過ごせる時間”だったから……」
静かに、でも熱を帯びた声だった。
ひよりの指先がそっと水面をすくう。
そこに反射するコウの横顔を見つめながら、唇が震える。
「今日の温泉も、星空散歩も、添い寝も――全部、本気でほしかったの。お兄ちゃんと一緒に、いたかったの」
「……ひより」
「お兄ちゃんが誰かと仲良くしてるの、見てるとね……胸がぎゅってなる。苦しくて、でも、どうしようもなくて……っ」
彼女の声が、湯気に溶ける。
「でも……それでも、好きなんだよ。ずっと……ずっと前から」
その瞬間――。
つるっ。
「わ、わぁっ……!」
滑った。
慌てて湯船の縁をつかんだひよりの身体が、大きく傾く――
「っと、危ないっ!」
コウが反射的に手を伸ばした。
バシャッ。
しぶきと共に、ひよりは彼の腕の中に――
バスタオルが、ぐしゃっと崩れ落ちた。
「ひより、しっかりつかまれ――って、あ――」
コウの腕の中で、タオルを落としたままのひよりが、ぽかんと見上げていた。
白くやわらかな肌が月光に濡れて、湯気の向こうにぼんやりと浮かび上がる。
「ひっ……!? きゃっ……!」
慌てて湯の中へ身を沈める。
「ご、ごめん!見てない、っていうか、その、今のは事故で――」
「見てないって言わないでよぉっ……!」
「えっ、えええっ!?」
「ちょっとくらい見てくれても……今日は、いいって……思ってたのに……っ」
言ってから、顔を真っ赤に染めて湯に沈んでいくひより。
しばらく、二人の間に気まずくも甘い沈黙が流れた――
* * *
湯上がり。
月が高く昇る中、ふたりは手をつないで星空散歩へ出た。
ひよりは“星柄”のワンピース風パジャマに着替え、髪も丁寧に乾かしていた。
「……さっきは、その、ごめん」
「いいの。恥ずかしかったけど……本音、言えたから」
芝生の広場、人工的に照明を落とした場所。
手すりにもたれながら、コウがぽつりと言った。
「ひよりが、俺のことそんな風に思ってたなんて、正直……ちょっと驚いた」
「え、鈍感……」
「でも、嬉しかった。……ありがとう」
手の温もりが強くなる。
「今夜だけじゃなくて、これからも、ずっと大事にしたいって思ってる。ひよりのこと」
「……うん」
その言葉だけで、心も体もあたたかくなった。
星が、ひときわ大きく瞬いた。
* * *
そして――深夜。
ひよりの部屋。
「お兄ちゃん、入って……」
ドアの先で待っていたコウを、ひよりが迎え入れる。
ベッドには、ぬいぐるみと、ミニクッション、
そしてふたりぶんの枕が、並んでいた。
「……一緒に、寝よ?」
「……ああ」
ベッドのシーツに、ぴたりと寄り添って横になる。
ふわふわのルームウェアから伸びる細い腕が、そっとコウの胸元に絡みつく。
「好き……」
その言葉と共に、額を寄せる。
「ひより……」
ふたりの距離が、もう指先の幅さえないほどに近づく。
頬が触れる。
額が触れる。
――唇は、まだ触れない。
でも、目を閉じたひよりの吐息は、明らかにそれを待っていた。
「今夜、キスしても……いい?」
「……うん」
コウの手が、そっとひよりの頬を包み――




