『泡の中に、ふたりきりの温度』ご褒美タイム:みなと編
「……来てくれて、ありがと」
朝食を終えたばかりの旅館の廊下で、みなとはバスタオルを羽織ったまま、そっとコウに視線を向けた。
濡れた髪をひとつに結び、ゆるめのTシャツの下には――
昨夜ひとりで悩みに悩んで選んだ、“泡映え”する水着が隠されていた。
「うん。みなとが誘ってくれるの、ちょっと意外だったから」
「……そっか。私、そう見えるよね」
歩き出しながら、みなとはそっとつぶやいた。
「私、いつもクールぶってるけど……内心、ずっと焦ってた」
「焦ってた?」
「うん。……コウって、すごい優しいじゃん。みんなに」
「そ、それはまあ……」
「だから、たまに不安になるの。私は……その“みんな”の中のひとりなのかなって」
ぽつりとこぼれた言葉が、廊下の木目に溶け込んでいく。
けれどそれは、彼女がずっと胸に秘めていた、本当の想いだった。
「でも、今日くらいは、“特別”になりたくて……泡風呂って、距離近いし……だから、勝負、かけてみる」
* * *
貸切のジャグジー風呂。
湯気が立ちこめる空間には、ふたりの呼吸と泡の音だけが静かに響いていた。
「じゃ、じゃあ……入るね?」
みなとはバスタオルを外し、そっと湯の中へ身を沈める。
ボリュームのある髪が肩に沿って流れ、泡の中からほんのり肌が覗いた。
「……かわいっ」
「えっ?」
「いや、なんでも」
「今、“かわいい”って言った?」
「……ちょっとだけ」
「っ……もう、そういうとこ、ほんとにずるいんだから」
そう言って、みなとはぷくっと頬を膨らませた――かと思えば、
次の瞬間、湯の中から泡をすくって、コウの胸元にふわっと乗せた。
「泡、つけた。これでおあいこ」
「いや、なにそれ!? おあいこになってないし!」
ふたりして笑い合ったそのとき――
突然、湯の底のジェットが強く吹き出し、泡の勢いが増す。
「きゃっ!?」
「うわっ……!」
次の瞬間、泡に足を取られたみなとが、バランスを崩してコウの胸に倒れ込む。
ぬるりとした肌の感触が、Tシャツ越しにダイレクトに伝わって――
「っっっっっ!!」
(やば……っ、これ、今、完全に――!)
「……ねえ、コウ。今の、“事故”ってことにしてもいい?」
「い、いいけど……って、え?」
「だって、もし“わざと”って言ったら、ちょっと引くでしょ?」
みなとの顔は真っ赤だった。
けれどその瞳は、泡の中でもしっかりとコウを見ていた。
「……泡の中、ぜんぶ見えてるわけじゃないけどさ」
「……?」
「それでも、“見られてるかも”って思うと、変な気持ちになる」
「変な気持ち?」
「……うん。あったかくて、くすぐったくて、でも、嫌じゃなくて」
小さく息を吐いたみなとは、そっとコウの胸に額を押しつけた。
「ねぇ……好きって、こういうのだよね?」
「……そう、かもしれない」
「……じゃあ、今だけは、“コウの特別”になっていい?」
コウが頷くと、みなとは、そっと耳元で囁いた。
「ほんとは……もうちょっとだけ、こうしてたい」
「……いいよ。ずっとでも、いいよ」
「……やばい。私、また泡の中で泣きそうかも」
湯気の奥、ふたりの影は、くっついたまま、しばらく動かなかった。
泡が弾ける音だけが、その温かな空間に、優しく響き続けていた――。




