【二日目】『“妹”じゃないって、気づいてほしいの』 ご褒美タイム:ひより編
空がまだ薄桃色に染まり始める頃――
ひよりは、すでにロビーの前でそわそわと待っていた。
「……お兄ちゃん、ちゃんと起きてくれるって信じてたけど……」
そう呟いたとき、玄関の引き戸が静かに開いた。
「おはよう、ひより。……早いな」
その声に、ひよりはぱっと顔を上げた。
朝の光に照らされたお兄ちゃん――天城コウの姿は、なんだか少し眠たげで、それでも優しい笑顔を浮かべていた。
「っ……うん、おはようっ!」
彼に見せるために選んだ、新しい水着の上に、白いパーカーを羽織っていた。
――胸元のリボン。
――お腹が少しだけ見える絶妙な丈。
――昨日一晩悩んで決めた、“一歩だけ”背伸びしたデザイン。
けれど、その胸の内は緊張と期待でいっぱいだった。
「ね……ちょっとだけ、ふたりで散歩しよ?」
「うん、いいよ」
ふたりは並んで、旅館の裏に広がる渓流沿いの遊歩道を歩いた。
澄んだ空気と、川のせせらぎ。
時折足元に咲く名も知らぬ花に目を止めながら、ひよりはゆっくりと口を開いた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「私のこと……“妹”って、いつまで思うの?」
コウが立ち止まる。
ひよりも足を止めて、振り返った。
「もちろん、血がつながってないのは知ってるし……でも、家ではずっと“妹”として接してきたよな」
「……うん。でも、私は……」
ほんの少し震える指先で、パーカーのジッパーに手をかける。
「今日は、“妹じゃない”って思ってもらいたいの。――そう思って、この水着、選んだの」
パーカーのジッパーが、静かに下ろされていく。
現れたのは、ひよりの選んだ淡いブルーのフリルビキニ。
胸元にはひとつのリボン、腰には小さな飾り紐。
どこか子供っぽさを残しながらも、確かに“女の子らしさ”を強調したデザインだった。
「……どうかな。変じゃない?」
「……すごく、似合ってる。びっくりした。……可愛いよ」
その言葉に、ひよりは顔をぱっと赤く染めて、視線を逸らした。
「……も、もうっ、そういうこと簡単に言わないでよ……!」
「えっ、今のダメ?」
「ダメじゃないけど……聞いたら、期待しちゃうじゃん……」
ぽつりとこぼれた本音が、ふたりの間の空気を静かに染めていく。
「ね、お兄ちゃん。お風呂……いこ? 水着混浴。ふたりで、入ろ?」
コウが頷くと、ひよりは小さく息を吸って、再び歩き出した。
* * *
貸切の露天ジャグジー風呂。
水着着用エリアとはいえ、ふたりきりの空間に響くのは湯の音と、心臓の鼓動だけだった。
「……うわ、ほんとに泡がいっぱい……」
ひよりはバシャッとお湯をすくいながら、湯船に足を入れた。
そのまま静かに身体を沈め、泡の下からちらりとこちらを見上げる。
「こ、こっち、来て……?」
照れたように差し出された手に、コウが手を重ねると、
一瞬のぬるりとした感触が、ふたりの身体を繋いだ。
「ひゃっ……っ! も、もしかして……手、滑った?」
「ご、ごめん、泡で足が……!」
バランスを崩したコウが、反射的に彼女の肩に手を置く。
「ちょ、ちょっと! 今っ……お腹、当たってる……!」
「えっ!? わ、わざとじゃなくてっ!」
「も、もう……っ、でも……」
ひよりは恥ずかしそうにしながらも、ふっと笑った。
「こういうの、なんか……嬉しい」
「えっ?」
「私、ずっと思ってたの。“お兄ちゃん”と“女の子”として、こういう時間がほしいって。好きな人と、ぎゅってして、どきどきして、お湯の中で……」
湯気に包まれたその顔は、ほんのり上気していた。
目を伏せながら、ひよりはそっと言葉を重ねる。
「……私ね、今、一番幸せかもしれない」
「ひより……」
「でもね、これで満足とかじゃないの。これからもっと、がんばる。お兄ちゃんが“私のことだけ”見てくれるように」
湯の中で、ふたりの手が重なった。
「だから……今日はありがとう。ちゃんと、私のこと、女の子って見てくれて」
そう囁いたひよりは、コウの肩にそっと寄りかかる。
「……お兄ちゃんの心臓の音、好き。落ち着く。……でも、もうちょっとだけ、速くなってくれてもいいんだよ?」
「……もう十分速いよ」
「……ふふっ。やったぁ」
そう言って目を閉じた彼女の笑顔は、
どんな朝日よりもまぶしくて、
誰よりも、確かに――“恋する女の子”だった。




