【出発前夜】ー白瀬るるの場合ー
「……んん~……こ、これで……どお?」
部屋の全身鏡の前で、るるはひとり、小さく首をかしげていた。
手には、ほんの少し大人っぽいデザインのネグリジェ。
襟元にあしらわれたレース、袖はふわふわのチュール。
それを着て、ポーズを決める。
「……えへへ。ちょっと、背伸びしすぎたかな?」
でも、鏡の向こうの自分は、ほんの少しだけ“お姉さん”に見えた。
(だって、コウお兄ちゃんと一緒に旅行なんて……もう、これ一生の思い出にするしかないじゃんっ!)
カラフルなキャリーケースの中には、お気に入りのぬいぐるみと、旅館用のタオルセットと、バスボム入りの泡風呂キット。
準備はばっちり。けれど――心の中はまだ整理できていなかった。
(……もしかして、もしかして、混浴とかあったり……する……?)
るるの小さな脳内に、ふわふわと妄想が広がっていく。
――湯気の中、照れた顔でタオルを持つコウ。
――「……るる、大丈夫? あんまり無理しないでいいよ」って、優しく笑う声。
――その腕に、ぎゅってしがみついて、「……いっしょに、入りたかったの」って、小さくささやく自分――
「~~~~~っ!! やばっ!! なに考えてんの私ぃぃ!」
慌ててネグリジェのままベッドに倒れ込み、もふもふのクッションを抱きしめる。
けれど、顔は真っ赤で、にやけが止まらない。
(だって……だってっ! もう“子ども”って思われたくないもんっ)
お兄ちゃんは優しい。誰にでも。
でも――“女の子”として見てくれるかどうかは、別問題。
「……ぎゅーってされたら、うれしいな。……頭なでなで、とか、チューとか……しないかな……?」
自分で口にして、もう一度クッションに顔を埋める。
(チューは……さすがに、まだ無理かも。でも、でもっ)
それでも準備は怠らない。
着替えポーチの中には、こっそり買ってきた**“小学生サイズのレースランジェリー”**。
スタッフのお姉さんには「どこに着ていくの?」って笑われたけど、今日は違う。
これは――勝負服だ。
「……ねぇ、お兄ちゃん。今度は、ぎゅーってしてくれる?」
誰にも聞こえない小さな声で、ぽつりとつぶやく。
その目元には、少しだけ潤んだ光があった。
「……ねえ、あのね。るるね、旅行ですっごく甘えたいって思ってるけど……甘えるだけじゃ、やだなって」
鏡に映る自分へ、小さく微笑む。
「ちょっとくらい、ドキドキさせちゃいたいなって。……だめかな?」
年相応の小さな体。
けれど、その胸の奥には、恋を知った少女の確かな熱が灯っていた。
翌朝の出発が、もう待ちきれなかった。




