【出発前夜】ー真白みなとの場合ー
(……ダメ、なんだけどなぁ。こんな妄想してる場合じゃ……)
夜の部屋。
真白みなとはベッドの上で横になったまま、天井を見つめていた。
大きなキャリーケースはすでに半分ほど詰め終わっている。けれど、最後の「選抜」が、どうしても決められなかった。
(温泉……サウナ……ジャグジー……水着エリア……混浴はない……ない、よね?)
スマホに表示された旅館のホームページをスクロールする指が止まる。
そこには《ジャグジー付き貸切風呂》《サウナ完備》《天然露天風呂でリフレッシュ》の文字。
(やっぱり……水……水じゃん)
喉の奥がきゅうっと鳴る。
そう、みなとは“水”に弱い。
冷たくても熱くても、濡れることに極端に敏感だった。
――それは感覚として。
――そして、情緒として。
(ダメダメ、大学生にもなって……そんなふうに興奮するとか、変態じゃん……)
頬に手を当てて、深呼吸をする。
けれど頭の中では、もう始まってしまっていた。
――湯気。
――濡れた髪。
――浴衣のすそがするりとずれて、足が覗く。
そして、その視線の先には、あの人がいて――
「……レイ」
思わず名前を口にしてしまい、みなとは顔を両手で覆った。
(うぅぅ……自分、きもい……)
レイこと、天城コウ。
同じ大学に通う、ちょっと天然で、でも底なしに優しくて――あの声が、ずるいくらいに好き。
そして、いまだに「そういう目で見られてない」ことが悔しくて、寂しくて。
だから、今回の旅行は――チャンスだった。
(うん、作戦は決めてる。“無防備”で勝負する。それしかない)
クローゼットを開き、着ていくルームウェアを選ぶ。
選んだのは、胸元がゆるく、裾も短い“ゆるふわニットワンピ”。
お風呂上がりにそれを着て、髪をゆるく束ねて、「……暑いね」って言うだけで――
(こっち見てくれるかな。見て、くれるよね……?)
パーカーの中に忍ばせる水着も、いつもより攻めたデザインにした。
お腹がチラ見えするタンキニ。
本人曰く“実用的デザイン”だが、色味はコウの好きそうな“青”。
「……変じゃないかな」
鏡に映る自分を見つめながら、みなとはそっと口元をなぞる。
淡いリップグロスを塗ってみる。
たったそれだけで、“自分が女の子”だって、強く実感する。
(……好き、なんだよ)
自分でそう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。
この想いを伝える勇気は、まだ持てない。
だけど――濡れて、隣にいて、触れたら、きっと。
「……ちょっと、だけ」
キャリーケースに水着を入れながら、みなとはそっとポーチの中身を確認する。
そこには、小さな防水ポーチと、ボディオイルと、普段は使わない香水。
どれも「彼と一緒に濡れる」ことを、想定した準備。
(もし、ジャグジーでふたりきりになれたら――)
泡の向こう、ぬるく温かい水の中。
肌と肌が、溶けるように近づいて――
「好きって、言っても……いい、かな?」
思わず、ベッドの上でうずくまってしまう。
「~~~~っ! ダメっ、妄想しすぎ……!」
けれど、その顔は、どこか幸せそうだった。
クールな仮面の奥で燃える想いは、明日こそきっと“声”になる。




