『恋人役演技力対決、開幕!?』
春風が吹き込む部屋の窓辺。
それとは裏腹に、スマホの画面には、妙にザワついた通知が並んでいた。
【《LinkLiveスプリングフェス》開催決定!】
【演技派No.1を決める!“恋人役演技力対決”企画、配信者募集中♡】
【ペア自由参加・即興セリフ対決あり・優勝者には特製グッズ&PR権!】
「……恋人、役?」
ベッドに寝転びながらスクロールしていたコウ――いや、俺は、思わず声を出して読み上げていた。
数日前の兄妹ユニット配信で、まさかの“リア恋ブーム”を巻き起こした《ひよりとレイ》。
そしてその余韻が冷めやらぬうちに、この企画である。
嫌な予感がした。
というか、すでに画面の端に表示されている。
〈おすすめ:あなたを推薦するファンの声〉
《レイくんの彼氏感、まじでヤバい》《演技っていうかリアルに恋人》《出てくれ!頼む!》
《声の包容力ハンパない》《演技力No.1どころか、現役彼氏》《優勝候補》
「いや、無理無理無理。俺、演技なんか……」
と否定する声が情けないのは、自分でもわかっていた。
ひよりの代打として配信を始めた俺は、今や事務所の一員扱い。しかも、話題性という名の鎖まで首に巻いて。
そのとき。
「お兄ちゃーん。お昼、一緒に食べよ?」
キッチンの方から、元気な声がした。
パーカー姿の義妹・ひよりが、カップラーメンを両手に持って現れる。
「それ、俺の分まで用意してくれてたの?」
「うん、なんとなく。あと、例の企画、見たでしょ?」
彼女の目が、ぴたりとこちらを捉えた。
「……出るの?」
まっすぐすぎる問いかけに、言葉が詰まる。
「いや、俺なんかが出ていいのかなって……」
「出るでしょ?」
即答だった。
「え、なんで決定事項みたいに……」
「だって、“ひよこまるの彼氏”って言われるほどのイケボでしょ? 演技力なくても声だけで惚れさせてるんだから、むしろ本命枠だよ、お兄ちゃんは」
誇らしげに言うひよりの顔は、どこか寂しげでもあった。
「でも……私と出られないの、残念かも」
「え?」
「この企画、“恋人役限定”なんだって。だから“兄妹ユニット”じゃNGらしいよ」
「マジかよ……」
たしかに要項には「カップル演技限定」とある。
つまり、ひよりとペアを組むことはできない。
ひよりが言葉を切り出す。
「……じゃあ、誰と組むの?」
その声が、少しだけ震えていた気がした。
***
数時間後、LinkLive事務所。
神代マネージャーは、ソファに座ってコーヒーをすすっていた。
「――で? 出場する気になった?」
「俺でいいなら、やってみますけど……ひよりとじゃダメなんですよね?」
「まぁ“恋人役演技”ってコンセプトだからね。“妹”と“兄”じゃ、ファンタジーを突き抜けすぎてる」
「……ファンタジー、ですか」
「でも、君の声なら問題ない。“演技力”ってのは、必ずしも技術じゃない。リアリティがあれば、それだけで説得力になる。君にはそれがある」
「リアリティ……ですか」
心当たりが、ないわけじゃない。
あの夜、ひよりに「ぎゅーって言って」って言われて。
自然と出たあのセリフ――あれは、演技じゃなかった。
だからこそ、今度は“本当に誰かを想うフリ”をしなきゃいけない企画に、不安があった。
「相手は、事務所の中堅から選抜予定。君にはかなり注目集まってるよ。……ひよりちゃん以外と、組むのは、初めてだね?」
神代の言葉が、軽く聞こえて、どこか刺さった。
ひより“以外”とペアを組む。
それは、俺にとって演技以上の問題だった。
***
その夜、帰宅したひよりは、晩ご飯の準備をしながらぽつりと言った。
「……誰と組むの?」
「まだ決まってない。くじ引きらしいし」
「そう……」
手を止めずに、味噌汁をかき混ぜながら、彼女の声が続いた。
「お兄ちゃんの声、他の子にも聞かせるの、なんかやだな……」
その一言に、心臓が跳ねた。
「……それ、嫉妬?」
「……わかんない。でも、私だけが知ってるお兄ちゃんの声が、誰かに届いちゃうの、寂しい」
「……ひより」
「でも、大丈夫。わかってるよ。これは“お仕事”だし、お兄ちゃんは“中の人”なんだから」
笑顔でそう言ったひよりの背中は、少しだけ、遠かった。