プロローグ 『温泉慰安旅行、開幕!?……それ、ドキドキするやつじゃん!!』
「突然ですが! 明後日から二泊三日で――温泉旅行に行きます!」
神代カオルがニッコニコの笑顔で高らかに告げたその瞬間、事務所の空気が凍った。
「……え?」
「え?」
「えええええええええっ!?」
Vtuber事務所《LinkLive》の会議室は、一瞬で混乱の渦に包まれた。
「ちょっ、か、神代さん! 今のマジなんですか!?」
立ち上がったのは、最年少のひより。顔を真っ赤にして、机に両手をついて叫ぶ。
「もちろんガチ。会社の業績もいいし、ここ数ヶ月、みんなの頑張りもあって売上もうなぎ上り。社長がポケットマネーで、慰安旅行プレゼントだって♡」
「ぽ、ポケットマネーで、二泊三日!?」
「温泉!?」
「慰安旅行ぉおっ!?」
次々と声を上げるメンバーたち。
「えーっと、行き先は……これね。“絶景露天風呂の宿 やまほたる亭”」
神代がポン、と会議机に資料を並べる。そこには美しい露天風呂の写真、豪華な会席料理、そして――なぜか「全館貸切!混浴露天風呂も完備!」の文字がでかでかと踊っていた。
「え……ま、混浴……!? ちょ、ちょっと待ってそれ、マジで……」
夜々がぐいと椅子に座り直す。眼鏡越しに書類を凝視する表情が、普段の落ち着きと違い、どこか色っぽく見えたのは気のせいだろうか。
「おい……それ、絶対なんか起きるやつじゃん……」
メグは両手で頬をおさえ、ニヤけが止まらない。周囲に見られてないかキョロキョロしながら、小さくガッツポーズまでしている。
「うわー、これ……衣装より水着準備したほうがいいパターン?」
みなとは資料の中に「水着エリアあり」と書かれた文言に視線を止めると、ふっと目を伏せた。さすがのクール系も、内心はざわざわしているらしい。
「コウくんも行くの? ねえ、ねえっ?」
るるが席を立ち、主人公の腕に抱きつく。小さな身体からふわりと香る甘い匂いに、周囲が一斉にコウへ視線を向けた。
「う……うん。参加者全員って言ってたし……」
「えっ、それってつまり――」
ひよりがハッと息を呑む。
「コウと、温泉で、同じ旅館で……ってこと、だよね……?」
「ちょ……やばくない……? 準備とか、心の、あの、なんていうか……」
言葉にならない乙女たちの脳内が、一斉に妄想へ突入した。
「じゃあ、決まりねっ。出発は明後日の朝! 今夜からパッキングして、心と体の準備をよろしく!」
神代がパンッと手を叩き、にっこりと笑う。
「ちなみに、現地ではいろいろ“ドキドキイベント”もあるから、覚悟してね? 露天風呂、カラオケ、卓球大会、バータイム……あ、それから!」
とびきりの笑顔で彼女が掲げたスケジュール表。
その裏に、小さく手書きで記された文字。
『ドキ❤️ドキ❤️露天風呂、ドッキリもポロリもあるよ!?』
その言葉を知る由もなく、参加者たちはそれぞれの胸に期待と不安と――ほんのりとした恋心を抱いていた。
そして、この旅行がすべての関係性を「ひとつ、先へ」進めることになると、誰もまだ気づいていなかった。




