『恋のポジション戦争!?』
「――ふぅ……」
お風呂上がり。
まだ少し火照った体で、私は自室のソファにぽすんと倒れ込んだ。
さっきの配信のことが、頭から離れない。
お兄ちゃんのあの一言――「ひよりのパジャマ姿」って、あれ、どういうつもり?
冗談にしては、なんか……妙に、リアルだった。
私のこと、見てる……? 本当に? “妹”としてじゃなく、“女の子”として――?
「……やめやめ、考えすぎ。私、アオハルしすぎ」
頭をぶんぶん振って、気分を切り替えようとした。
でも、そのとき。
テーブルに置いたスマホが振動する。
LINEの通知。差出人は……お兄ちゃん。
『今日もお疲れ。コラボありがとな。
あと、明日の夜、みなとちゃんとの収録入った。帰り遅くなるかも』
……みなとちゃん、って。
あの同級生ポジの、美人で頭よくて、クールでちょっと意地悪な人。
前にちょっとだけ話したことがあるけど――
彼女、きっと私と同じ。お兄ちゃんのこと、好きだと思う。
「……また“妹”のターン、終了……か」
指でスマホを握りしめながら、私はぽつりと呟いた。
“妹”っていうポジション。
確かに、いちばん近くにいられる特等席。
でもそれは、最初から決められた関係で、変えられない運命でもあって。
……恋愛のスタートラインにすら、立ててないのかもしれないって、ふと思う。
他の子たちは、ずるいよ。
同級生ポジの人は、自然に並んで歩ける。
お姉さんポジの人は、頼れる大人の余裕で甘やかしてくる。
後輩ポジの子は、無邪気に距離を詰めてくる。
そして――新しい“妹ポジ”まで現れて。
「ひとりでいいじゃん……お兄ちゃんの妹は、私だけで、いいじゃん……」
胸がぎゅっと締めつけられて、思わず涙がこぼれそうになった。
「ひより、いるか? ちょっといいか?」
ドアの向こうから、お兄ちゃんの声がした。
慌てて顔をこすって、タオルでごしごし拭いた。
「……いいよ。どうぞ」
ドアが開いて、いつもの優しい顔が覗く。
「さっきLINE送ったけど、明日遅くなるって話。それだけ伝えたくて」
「うん。読んだ」
「ごめんな。最近仕事詰まってて……。ちょっと、ひよりと過ごす時間減ってるかもな」
その言葉に、胸がまたチクリと痛んだ。
でも――ここで黙ってたら、なにも変わらない。
私は、勇気を出した。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんって……その……誰がいちばん好き?」
「……は?」
お兄ちゃんの目が、きょとんと丸くなる。
「いや、ほら、いろんな子と関わってるじゃん。お姉さんとか、後輩とか、同級生とか、私とか……。
“誰が特別”とか、考えたことない?」
しん、とした空気が部屋に流れた。
お兄ちゃんは少しだけ黙って、それから苦笑したように答えた。
「……みんな、大事だよ。ひよりも、他の子たちも。俺にとっては、みんなそれぞれ特別な存在だ」
……あーあ。
それ、たぶん、“正解の答え”なんだよね。
誰も傷つけない、誰も否定しない、優しいお兄ちゃんらしい言葉。
でも私が欲しかったのは――
“誰よりもひよりが好きだ”っていう、ワガママなひとことだった。
「……そっか。そーだよね。うん、うん、そうだよね。
うん、ありがと、お兄ちゃん」
笑った。ちゃんと、にこって。
でも胸の奥、ズキズキして、息が詰まりそうだった。
「ひより……?」
「じゃあ、明日の準備もあるでしょ? がんばってね!」
にっこり笑って、手を振った。
お兄ちゃんは、少しだけ不思議そうな顔をしながら、ドアを閉めた。
「……はあぁぁぁぁ……!!」
ドアが閉まった瞬間、私はベッドに突っ伏した。
だめだ。泣くつもりなかったのに。
“妹”だから、“甘えん坊”だから、“頼りにされる存在”だから。
そうやってずっと、可愛くいようって、頑張ってきたのに。
結局、私だけが――“特別”じゃないの?
「……もう、ほんとバカ……。わたし……どうしたらいいの……」
ぽたぽた、涙がシーツを濡らしていく。
それでも、私は歯を食いしばって、拳を握った。
まだだ。
まだ、負けてない。
まだ、“妹”ってポジションは、誰にも奪わせない。
私は、ただの妹じゃないんだから。
……絶対に、お兄ちゃんを振り向かせてみせる。
たとえこの恋が、“戦争”だとしても。




