『冷蔵庫を制する者、天下を取る!』
金曜の夜。
一人暮らしのメグにとって、最も自由で、最もテンションが高い瞬間である。
「ふふふ……今日こそ“完璧な夜ふかし”を実現してやる!」
部屋着に着替え、ソファに飛び込み、ポテチとアイスとジュースを両手に抱えた。
机の上には、録り溜めたアニメと漫画、そしてレンジで温めた唐揚げ。
「完璧すぎてコワい……」
だが、その瞬間。
──カコン……ッ
「……ん?」
どこかから、異音。
耳を澄ますと、どうも冷蔵庫のほうから聞こえる。
──ゴゴ……カチャ……キイイ……
「………………」
背中に悪寒が走る。
「ちょ、マジでやめて!? ラップ音とかホラー映画でしか聞いたことないんですけど!?」
メグは慌てて塩を持ち出し、テーブルに盛りはじめた。
「くっ……まさか冷蔵庫が霊界とつながっていたなんて……!」
真剣な表情で線香を焚き、念仏アプリを起動。
「我、冷蔵庫を封印する!!」
半泣きで叫んだ。
◇ ◇ ◇
翌日、事務所にて。
昼のミーティング後、休憩室で冷たいお茶を飲みながら、メグは先輩Vたちに昨夜の恐怖体験を語っていた。
「ってワケで、マジで生きた心地しなかったんスよ! 絶対出るってあの冷蔵庫!」
ソファに座っていたコウが、それを聞いて目を細めた。
「……それ、氷づまりじゃない?」
「へ?」
「冷蔵庫の音。自動製氷の排水が詰まると、そういう音する。結構ありがち」
「なっ……なにその“冷蔵庫博士”みたいなコメント!?」
「昔、うちの実家のがそうだった」
あっさり言われて、思わず言葉を失うメグ。
「……じゃあ、私の除霊の舞は……無意味だったってこと……?」
「舞ったんだ?」
「うん……フリースタイルで。めっちゃ全力で……」
「動画に撮ってないのが惜しいな」
「絶対流出させる気だったでしょ今の顔!!」
ぷくっと頬をふくらませるメグ。
だが、どこか安心したような顔をしていた。
「……でもまあ、氷づまりかぁ。なんか、いきなり怖がって損した気分……」
「いや、ちゃんと対処しようとしたのはえらいよ」
「え……」
「誰もいないときに一人で何かと戦える人って、俺、けっこう好きだな」
さらっと言って、お茶を一口。
メグは一瞬、返す言葉をなくして固まった。
(な、なにそのセリフ。……唐突すぎでしょ……)
胸が少しだけ、どきんと跳ねた。
「……そ、そっか。じゃあ今度、氷とガチバトルしたら報告してやるっス」
「楽しみにしてる」
素直に笑うコウの顔を見て、メグは思わず顔をそらす。
(やばい……褒められ慣れてないんだよこっちは……!)
そして、帰り道。
コンビニで氷を買う手を止めて、メグは小さくつぶやいた。
「……でも、まあ。困ったときにさ、ああいう感じで教えてくれるの、ずるいよね……」
冷蔵庫の音は、もう怖くない。
今の彼女にとって、それはただの、ちょっとした日常の笑い話だった。




