『ちっちゃいけど、戦ってます』
春の朝、空はうすく曇っていた。
「ふんっ……今日も、やってやるもんねっ」
白瀬るる、小学六年生。
小柄な身体で、Vtuber《るる☆るん!》として活動しつつ、学校生活も家事も一人でこなす日々。
今日も洗濯物を干すため、朝からベランダで戦っていた。
脚立に登り、タオルを竿にかけようと手を伸ばす。
「あとちょっと……よし、これで……っ」
風がふわりと吹いた。
「──わっ!」
脚立がぐらりと揺れて、るるの身体がバランスを崩す。
ガタッ!
「きゃっ!」
次の瞬間、脚立ごと倒れて、尻もちをついた。
「……っつ……」
右手をついたところが擦れて、赤くなっていた。
「……だいじょぶ、泣かないもん……」
唇をきゅっと噛んで、涙をこらえる。
(子どもじゃない。わたしは一人でも、ちゃんとできる……)
だけど、じんじんと痛む手のひらを見ながら、少しだけ心細くなった。
◇ ◇ ◇
次の日の夕方。
るるはマネージャーさんとの打ち合わせの帰り、コンビニに立ち寄った。
新作のおやつを探していたら、後ろから声がした。
「……ん? るるちゃん?」
その声に、るるはビクッとした。
振り返ると、そこにはマスクをつけた男の人が立っていた。
だけど、その声は聞き覚えがあった。
「……あ……レイ、さん?」
彼――天城コウは、るるの“推しV”であり、以前のコラボで少しだけ面識があった。
プライベートで会うのは初めてだ。
「奇遇だな。帰り道?」
「う、うん。打ち合わせ帰り……」
「そっか。……手、どうしたの?」
その一言に、るるはとっさに右手を隠した。
「あっ、これは、えっと……転んだだけ。全然たいしたことないの」
「見せて」
優しくて、でも断れない声。
しぶしぶ手を差し出すと、絆創膏がずれて、赤くなった傷が見えた。
「けっこう派手にやってるじゃん。ちょっと待ってて」
コウはコンビニのレジに行き、消毒スプレーと絆創膏を買って戻ってきた。
「えっ、わざわざ……!?」
「まあ、偶然会ったってことで、おせっかいさせて」
店の外のベンチに腰かけ、コウは手際よく消毒してくれた。
るるはドキドキしながら、じっと見つめてしまう。
(……なんか、優しい。やっぱり、推しだ……)
「はい、できた。これで大丈夫」
「……ありがと。……でも」
「ん?」
「子ども扱いしないでよね。これくらい、自分でできるし」
「してないよ」
コウは真顔で言った。
「一人で頑張ってるの、知ってるから。尊敬してるよ」
その一言が、やけに胸に残った。
「……ふーん、じゃあ、今日は特別に……ありがとって言っとく」
「うん、特別に受け取っとく」
少し照れながらも笑い合って、別れ際。
るるは小さく手を振ったあと、心の中でつぶやいた。
(やっぱり……かっこいいな)
ほんの少しだけ、足取りが軽くなった帰り道。
ちっちゃな自分が、ちょっとだけ誇らしく思えた。




