幕間デート? 葛城 メグ編 『“推し”が、わたしのために手を引いてくれた日』
……それは、なんでもない日のことだった。
事務所の喫茶室。アイスティー片手に、収録後のログをチェックしてたら――
「最近、よく頑張ってくれてるからさ。何かご褒美、欲しいものある?」
って、天城コウが、何気なく、当然のように言ったのだ。
……は!?!?!?!?!?!?!?
推しが、わたしに……プレゼント? いやいやいや、待って待って、それって告白より心臓に悪いのでは!?!?!?
「あ、あのっ、じゃ、じゃあ……」
思考が火花散らしてショートしたわたしの口から出たのは――
「一緒に、V展……行ってくれますか……?」
自分で言った瞬間に頭を抱えた。なに言ってんの、わたし!?!?!? それ仕事先のアイドルにカラオケ誘うレベルの暴挙だぞ!?
「いいよ」
「即答すなああああああああ!!!」
叫んだ。現実でも、心の中でも。
土曜日、秋葉原駅の電気街口前。
3日間悩んで選んだ服は、黒地にピンクのラインが入った、控えめなオタ女子Tシャツ。ロングスカートで少しだけ女の子っぽさを加えてみた。奇跡的にアイロンも成功した。今日は勝ちの日だ。
「よ、メグ。あれ? なんか、今日雰囲気違うな」
「え、そ、そお? やだなあ、普通ですよ普通!」
「へえ。じゃ、行こうか。俺、初めてなんだ。こういうの」
推しと行く、V展。
語彙力が全滅するかと思った。
会場は歴代の人気Vたちの展示でぎゅうぎゅう。等身大パネルの前でコウと並んで写真撮ったときなんて、「わたし、今……この空間の解像度上がりすぎて脳が処理追いついてない……」って本気で思った。
「これが君の“推し活”か」
「ち、違いますよ!? これは“布教”ですっ!」
「そっか。俺、今日すごく楽しいよ」
笑ってくれるコウの横顔が、Vのパネルよりも、ライトよりも、ずっとまぶしかった。
問題は、体験録音ブースだった。
ふたりでふらっと入って、面白半分に台詞録ってたら――
「……ん? ドア、開かない?」
「え?」
まさかの閉じ込め事件。
スタッフの手違いで、施錠されたらしく、今は誰も気づいてないらしい。しかもこのブース、防音性バッチリ。ふたりきり、照明は落ちて、距離が……近い。近い。ちか……
「え、ちょ、ちょっと! 近っ! コウ、ちょ、あの、その……!」
「悪い、ヘッドホンのケーブルが……っと、わっ」
「きゃっ!?」
……あっ。
倒れて、抱きとめられて、しかも、わたしの胸、彼の肩に……。
ぎゃあああああああああああああああああ!!!
「め、メグ、大丈夫か? 痛かった?」
「ちょ、ちょっとだけ……精神的に……!」
最悪だ……推しに、推しに、こんなとこ見られるなんて……
「……この音声、さっきの?」
ふと、コウの手元の機材から、わたしの声が流れる。
それは――デビュー用にこっそり録ってた練習ボイスだった。
『わたしなんかじゃダメかもだけど、それでも、君の隣に立ちたいって思ってて……』
止める間もなく、再生された。顔から火が出るどころか、魂が焼き尽くされた。
「聞かないでよ……まだ、デビューもしてないのに……!」
震えた声で、わたしは言った。
コウは、そっと、わたしの手を取った。
あたたかくて、迷いのない手だった。
「じゃあ――練習のつもりで言ってみて。俺が最初のファンになるから」
その言葉に、わたしの心が溶けた。
「……うん」
その一言が、ずっと言えなかった。
でも今は、声にしてもいい気がした。
無事にブースから出られたあと、わたしの中では何かが変わっていた。
秋葉原の喧騒の中、帰り道。
「……ねぇ、コウ」
「ん?」
「今日、ありがとう。……わたし、いつか、自分の声でも、君を笑顔にできるようになりたい」
少し震えたけど、まっすぐ言えた。
コウは、いつものように少しだけ目を細めて笑った。
「その時は、全力で推すよ」
推されるって、こんなに……背中を押されることなんだ。
ずっと“見る側”だったわたしが、“見られる側”になるなんて。
……でも、悪くないかも。
“推し”に、見ててほしいって思える自分になれたのなら。
次は、わたしの番だ。
──レイ先輩。
わたし、きっと、あなたの隣まで、声で辿り着いてみせるから。
だから――見ててね。世界一しあわせな“推し”の顔、しててよね?




