エピローグ 『妹枠は渡さない・・・。お姉ちゃん枠もあり?』
「………………なに、これ」
リビングのソファでひよりは硬直していた。
部屋には甘めのココアの香り。けれど、目の前のモニターには甘すぎる空気が広がっていた。
画面に映るのは、るる☆るん!とレイのコラボ配信。
セットはピンクのクッションに囲まれた“ルームシェア風リビング”。
背景には、ぬいぐるみとミニホットケーキ、そして“手書きの結婚届風メモ”まで。
「るるちゃんガチで照れてるwww」
「レイくんが彼氏ムーブ全開なのやばすぎ」
「これ、Vおままごとってレベルじゃないんですが」
「合法イチャラブじゃん……俺たちが見ていいやつか?」
コメント欄が止まらない。いや、むしろ加速してる。
ひよりは手元のココアを固まったまま持ち上げ、そっと一口……
「あっつ!!」
舌を軽く火傷しながら、焦げるような感情がこみあげてくる。
「……るるちゃん、あんた、あれ完全に“ガチモード”入ってたでしょ……!?」
シーンは“膝枕お昼寝ごっこ”。
るるの小動物みたいな寝息に、レイがそっと「かわいいな……」と囁く。
「ASMR音声特典にしてくれ」
「心臓が持たない」
「おかえり→ハグ→プロポーズの流れが完璧すぎて泣いた」
「これ、ドラマCD案件でしょ」
「いや待って待って待って待って!? コウくん、どんな顔して“結婚しちゃう?”とか言ってんのよ!」
ひよりはモニターの下に置かれたクッションを抱きしめ、バフッと顔を埋める。
(配信は台本なしの即興って聞いてたのに……どうしてこうなった)
X(旧Twitter)を開けば、関連タグが4つもトレンド入り。
《#レイるる恋人ごっこ》《#るるちゃんまじヒロイン》《#合法尊い》《#妹ポジ危機》
その中でも――最後のタグが、ひよりの心を抉った。
「妹ポジ、崩壊しかけてない?」
「ガチ恋距離感はるるちゃんの圧勝」
「ひよこまるさん、踏ん張って……!」
「っぐ……ま、まだ勝負はついてないから……っ!」
歯を食いしばりながら、ひよりは配信の切り抜きをリピートする。
「“おかえり”……“好きだよ”……“結婚する”……!?」
ひよりの脳裏に、これまでの“兄×妹コラボ”でのシーンが蘇る。
――テーマパークで手を繋いだ。
――観覧車で耳元にささやいた。
――膝枕したとき、ドキドキした。
全部、ちゃんとフラグだった。
なのに、どうして今――
(……こんな“とびきりの少女マンガ”みたいなこと、先にやられちゃってんの……!)
ひよりは画面の右下に浮かぶ、るる☆るん!の笑顔をじっと見つめる。
「……あんた、ホントに小学6年生……?」
あの完璧な甘え方。アドリブとは思えない自然な“好き”の言い方。
そして何より、視聴者たちの反応がリアルすぎる。
「この2人、将来ガチで結婚してそう」
「V界のロリ枠、やっぱつええ」
「ひよこまるさんよりもヒロイン力ある」
「はぁああああ!?!?!?!?!?!?」
さすがに我慢できず、ソファに倒れこむ。
(ちがうちがう! わたしだって、あのとき観覧車で膝枕したし! 耳元で囁いたし! コウくんも“ちょっとドキッとした”って言ってたし!!)
でも――
(……コウくん、今日のあれ、“演技”じゃなかった)
視聴者には伝わらない“中の人”の空気感。
ひよりは何年も隣で見てきたから、わかってしまった。
あれは、“妹のとき”とはちがう顔だった。
(あれ、ガチだった)
カチッとコントローラーを置いて、ひよりは膝を抱える。
「……これ、妹ポジ、マジで危ういかも」
一瞬、目の奥がじんと熱くなる。
でも――泣くのは、まだ早い。
ひよりはモニターを見つめ直すと、そっと立ち上がった。
ココアを一口飲んで、熱さに顔をしかめながら、こう呟いた。
「るるちゃん……あんた、ガチでかわいかったよ。完敗だった。
――でも、だからって譲るわけじゃないからね」
ひよりの目に、静かな炎が宿る。
「妹ポジから、お姉ちゃんポジに昇格してあげる……そのくらいの気持ちでいかなきゃ、ダメだってこと、ようやくわかったわ」
そう呟いた瞬間、スマホが鳴った。
《るるちゃんから通話です》と表示されている。
「……は?」
ひよりはしばし無言になり、数秒ののち、ゆっくり笑った。
「ふふっ……なるほど。そっちから仕掛けてくる気ね。いいよ、受けて立つ」
深夜の天城家リビングに、再び戦火が灯る。
この恋の戦場――まだまだ、終わりは見えそうにない。




