『これはまだ、秘密の好き。――でも、いつか必ず』
日曜日の昼下がり。
晴れた空の下、洗濯物がふわふわ風に揺れている。
ベランダ越しに、空を見上げた。
真っ白な雲が流れていく。
(……このまま、どこか遠くに行けたらいいのに)
わたし、白瀬るる。11歳。小学6年生。
“天才キッズVtuber”なんて言われるけど――
わたしの中には、もっとぐちゃぐちゃな気持ちがある。
「……よし、今日も撮るかっ!」
部屋に戻って、自撮りスタンドの位置を調整する。
次の企画は“学校では教えてくれない大人の言葉講座”。
見た目はうさ耳、でも中身は真剣。
そんな“ギャップ”を武器にしてきたわたしだけど――
(あの時のるるは、ギャップでも演技でもなかった)
思い出すのは、あの日の配信。
「ただいま」の声。
「好きだよ」のセリフ。
そして――「うん、待ってるよ」って、返してくれたあの人の言葉。
……コウさん。
いや、配信中は“レイくん”だったけど。
あの時のわたしは、演じてなんかいなかった。
“嬉しい”が、“楽しい”を追い越して――
“好き”って言葉を、心の中で何度も繰り返してた。
学校では、相変わらずみんな子どもっぽくて、恋バナなんてからかい合いばっかり。
でも、わたしはもう知ってしまった。
もっとずっと、胸の奥を熱くしてくる、“ほんとのドキドキ”を。
(……でも、この気持ちを言葉にしちゃったら、壊れちゃう気がする)
だって、わたしはまだ11歳。
コウさんは、わたしのことを“子ども扱い”しなかったけど、
だからって“恋人”になれるわけじゃない。
でも――
「……るるは、ぜったいに追いつくって決めたんだから」
この気持ちに、ウソはつきたくない。
机の引き出しから、ノートを取り出す。
薄い水色の表紙。手書きのタイトル。
《初恋研究ノート》
何ページ目かに、新しいタイトルを書き足す。
《観察記録5:今の気持ちは、“好き”って言ってもいいですか?》
ノートには、きれいな字でこう書いた。
■研究対象:天城コウ(=V名義レイ)
・第一印象:落ち着いた声。助けてくれた時、すごく安心した
・再会時:優しかった。目を合わせて話してくれた
・恋人ごっこ配信:あの声で「おかえり」って言われた瞬間、心臓が暴れた
・通話:声を聞いただけで、夜が特別になった。
→【仮説】これは“恋”という感情に近い
そして、最後にこう書いた。
《まだ言わない。けど、この気持ちはきっと嘘じゃない。》
《いつか、“本当の好き”として、ちゃんと伝える。》
午後、配信を終えたあと、るるはもう一度X(旧Twitter)を開いた。
《#レイるる恋人ごっこ》はまだトレンド入りしていて、切り抜き動画は100万再生を突破していた。
《るるちゃん、完全にヒロインだった》
《これ、リアルに恋しちゃってるよね?》
《将来この二人がほんとに結婚してたら泣くわ》
ひとつひとつのコメントが、胸の奥に刺さる。
だけど、それ以上に――
(……わたし、ちゃんと誰かに“見てもらえた”んだ)
そう思えることが、何より嬉しかった。
ベッドに転がって、天井を見上げる。
目を閉じると、あの声が聞こえる気がした。
「……また、配信で会おうね。レイくん」
でもそのときには、ただの演技じゃなく――
ちゃんと“本物のるる”で、隣に立てたらいいなって思う。
わたしの“好き”は、まだ秘密。
でも、きっといつか――必ず。
そのページを、そっと閉じた。




