幕間デート?:真白 みなと編 『泡の向こうに、君がいた』
大学の昼休み、講義の終わったキャンパスの中庭。私は芝生に座ってイヤホンをつけたまま、ぼんやり空を見上げてた。
「よっ、みなと」
「ん、コウ?」
声の主は、同じ大学の男子――天城コウ。Vの裏側じゃ、あんなイケボでみんなを虜にしてるくせに、リアルじゃふつーの大学生してる。
……いや、ふつーよりは、ちょっとだけ、カッコよすぎるかも。
「この前の配信、助かった。ほんとありがとな」
「べ、別に? あたしも楽しかったし」
って、ちょっと待って。なに急に改まってお礼とか。顔、見られたくない。今、ぜったいニヤけてる。
「でな、なんかお礼したくて。何がいい?」
「――え」
……やば。言うチャンスきた。ずっと前から、これを言おうか迷ってて、でも勇気出なくて、でも今逃したら一生後悔するってやつじゃん。
「えーと、その……お台場の、ナイトプール。行ってみたいなーって……」
「プール?」
「……ダメ?」
コウはちょっと驚いた顔をしたけど、すぐに笑った。
「いや、いいよ。じゃあ週末、行くか」
その返事を聞いて、私はイヤホン外すのも忘れて、心の中でガッツポーズした。
──やった。ついに、ふたりで、お出かけ。
週末。お台場のシティホテル。
ルーフトップのナイトプールは、想像以上にロマンチックだった。
ライトアップされた水面、ゆらめく照明、静かな音楽……まるで映画の中の世界。
「……おまたせ」
私が選んだのは、ちょっと大胆すぎるかもしれないビキニ。ホルターで背中がぱっくり開いてて、ウエストも思いきって出してみた。
鏡の前ではめちゃくちゃ悩んだけど、でも――
(見てほしい。……コウに)
「お、おお……」
その反応、悪くない。ていうか、目そらした?
(え、照れてる? かわい……いや違う違う、私なに考えてんの)
「似合ってる」
小さな声でそう言ってくれたその一言で、胸の奥がきゅっとなった。
プールサイドでしばらく足を水につけて話したあと、ふたりでジャグジーに入った。
泡がぽこぽこと音を立てて、視界が柔らかく曇っていく。
コウの隣に座ると、ちょっとだけ肩が触れる。
それだけで、鼓動が跳ねた。
(近い。……やば、どうしよう)
「静かだな」
「うん。でも……なんか、こういうのもいいかも」
コウと話してると、いつもより素直になれる気がする。配信とか、Vの話とか、どんな悩みでも、彼にはつい話しちゃう。
だから今日も、ちょっとだけ本音を言ってみた。
「ねえ、コウ。こういうの、またやってもいい?」
「うん。俺も楽しいし」
(ズルいなぁ、そういうとこ……ちゃんと返事くれるから、もっと期待しちゃうじゃん)
そして、事件は起きた。
ジャグジーの泡が一瞬強くなったなって思った、その瞬間――
「え、あ、やば……!」
背中のホルターが、外れた。
ビキニの上が、ずるっと下がる感覚。
パニックになって、反射的にコウの胸に飛び込んだ。
「わ、ちょっ……!」
「み、見ないでっ!! おねがい、ほんと、やばいから!!」
泡の中で、胸を押し付けたまま抱きついてるって状況に気づいて、顔が一瞬で真っ赤になる。
(なにやってんの私っっ!!)
でも、コウは動かず、穏やかな声で言った。
「大丈夫。見てないし……動かないから」
その言葉が、静かに胸に染みた。
(……ほんとに、ズルい)
ふるえる声で、私は言った。
「……このままでも、いい?」
「……うん」
泡の音が、耳の奥で遠くなる。
こんなふうに人と寄り添ったの、初めてかもしれない。
ドキドキして、息もできなくて、でも逃げたくなかった。
(もっと、そばにいたいって思った。もっと、知ってほしいって思った)
更衣室を出て、ロビーのソファに座った。
夜景がきらきらして、現実じゃないみたいだった。
「……今日は、ありがとね」
私がそう言うと、コウはいつもの調子で「こちらこそ」と笑った。
なんか、ずるいな、ってまた思った。いつも通りで、優しくて、だけどこっちの気持ちには気づいてない。
でも――だからこそ、言ってみた。
「今度また来るときはさ。……ふたりじゃないとヤだ」
言いながら、手のひらが汗ばむ。
「じゃあ、またふたりで来ようか」
その返事を聞いたとき、私の中で何かがぽとりと溶けた。
(泡の中で隠した気持ちが、ちゃんと届いた気がした)
立ち上がる彼の背中を追いながら、小さく呟く。
「今日のこと、夢ってことにしてもいいけど……次の夢も、あんたと一緒がいい」
その声が届いたかどうかはわからない。
でも、コウはふり返って、ほんの少しだけ微笑んだ気がした。




