「レイ=アマギ、始動」
配信開始、三分前。
LinkLiveスタジオの個室ブースで、天城コウ――いや、《レイ=アマギ》は、マイクの前に座っていた。
心臓が、トン、トン、と強く鼓動を打つ。
呼吸を整えても、手のひらに浮かぶ汗は止まらない。
カウントダウンが始まっている。
《2:59》
《2:58》
《2:57》
(落ち着け……ちゃんと準備はした。台本も頭に入ってる。スタッフともリハした。みんなも応援してくれた)
そう思えば思うほど、胸がぎゅうっと縮まっていく。
初めての“自分の名前”での配信。もう、誰の代わりでもない。
(でも――怖いんだ)
もしも滑ったら。
もしもバレたら。
もしも、誰にも“届かなかったら”。
そのとき、インカムからふっと聞こえた声。
「君の声は、もう届いてるよ。――あとは、信じるだけ」
月詠ルイの言葉だった。
穏やかで、静かで、それでいて背中を押してくれるような響き。
コウは目を閉じた。
胸に浮かぶのは、ひよりのまっすぐな視線。
夜々の冷静なアドバイス。
みなとの言葉の奥にあった優しさ。
メグの明るさに支えられたあの日々。
(そうだ。あの声たちが、今の僕を作ってくれた)
コウは小さく息を吸って、吐いた。
そして、目を開ける。
《0:03》
《0:02》
《0:01》
「……今日から、君の夜を照らす灯りになる。レイ=アマギです」
カメラが回る。
モニターに映る自分のアバターは、夜空をまとったようなダークブルーの衣装を身に着け、銀の髪を揺らして微笑んでいた。
コメント欄が、一気に動いた。
『声ヤバいんだけど!?』
『待ってイケボすぎて心臓痛い』
『ひよこまるの中の人説マジだったの……?』
『でも全然キャラ違う!これはこれで推せる』
『中の人優しそう感ある…癒される』
『あの挨拶、センス良すぎない?』
最初の一言で、空気は掴めた。
不安も、焦りも、震えも――マイクを通した“声”に乗せた瞬間、形を変えていく。
「改めまして、レイ=アマギです。これまで、ある事情で皆さんの前に立つことができなかったけど……今日からは、ちゃんと僕自身として声を届けていきます」
そして、ファンネーム募集のコーナーへ。
「せっかくだから、みんなに名前をつけたいなって思ってます。レイの夜を一緒に旅する“灯”たち――どうかな?」
『灯、エモすぎる』
『名乗らせてください!!灯!!』
『うわ、もうそういうセンスが天才』
その後、予定していた“即興朗読”コーナーへと進む。
読み上げるのは、ファンから事前に送られてきた“忘れられない言葉”をモチーフにしたショートストーリー。
一人語り、声の緩急、沈黙の間――どれも、コウ自身が悩み抜いて選んだ演出だった。
『泣いた』
『声の間がうまい、プロやん』
『演技力高すぎて鳥肌』
『これ、中の人ガチで役者なんじゃ?』
コメントが画面を埋め尽くす。
かつて、代役として配信していた“あの頃”とは違う。
今、視聴者は“彼自身”を見て、感じて、言葉を返してくれている。
(ああ……やっと、届いたんだ)
配信終盤、コウはふっと笑った。
「今日は、本当にありがとう。これからも、夜の旅を一緒にしてくれると嬉しいな。――おやすみ、“灯”たち」
静かに手を振り、画面はフェードアウトしていく。
* * *
配信が終わり、機材ブースの椅子に沈み込むコウ。
背中には、じんわりと汗。けれど、その顔には確かな達成感があった。
タブレットに通知が来る。
《月詠ルイ》からのDMだった。
『お疲れ様。最高の夜だったよ』
『飯、行こうか? 感想戦、しよ』
コウは一瞬吹き出しそうになって、それから静かに笑った。
「……はい、ぜひ。ルイさん」
画面の向こうに“誰か”がいて、声が届いて、想いが返ってくる。
その感触が、何よりも嬉しかった。
灯は、灯りを照らしてもらっているだけじゃない。
自分もまた、誰かの暗闇を照らす存在になれる。
“レイ=アマギ”の夜が、今――始まったのだった。




