幕間デート?:ひより編「兄妹だからって、我慢できると思った?」
「……ねぇ、お兄ちゃん。今日ってさ、仕事だけど……その、ちょっとくらい……デートっぽくても、いいよね?」
声に出した瞬間、もう戻れないってわかってた。
わたしの中の“妹の顔”は、たぶんもうしまえなくなってる。
お兄ちゃん――コウは、隣で立ち止まって、不思議そうに私の顔を見てくる。
「ん? ああ……まぁ、下見っていってもデートコースだしな。ひよりが楽しんでくれたら、それでいいよ」
その笑顔。
無意識に、無自覚に、わたしの気持ちをえぐってくるその優しさ。
ねえ、わかってるの? それが一番ずるいんだよ。
手を繋ぐのは、もう自然になってた。
もともと昔からくっついて歩いてたし、今さら気にするようなことじゃ――ないはずなんだけど。
……違うの。
今は、全然、違うの。
繋いだ手から伝わる体温が、妙に熱くて。
風船売りの声も、ジェットコースターの悲鳴も、ぜんぶ遠くに感じた。
そんな中でふたり、観覧車に乗る時間がやってきた。
ゴンドラがゆっくりと浮かび上がっていくと、まるで異世界に閉じ込められたみたいに静かになる。
「ひより、暑くないか?」
「ううん……ちょっとだけ、眠いかも」
本当は眠くなんてない。
ただ……近づきたかった。触れたかった。
だから私は、お兄ちゃんの隣に滑り込むように座って、
そのまま、お兄ちゃんの太ももに――そっと頭を預けた。
まず、腰を少し浮かせて、膝の位置を慎重に見極めて。
頭の重みを預けるには、角度が大事で――って、そんなの考えるフリ。
内心ではもうドキドキで、心臓の音が耳に響く。
「……ひ、ひより……?」
「ちょっとだけ、ね?」
そう囁きながら、私は自分の体をお兄ちゃんの右足の上にやわらかく倒す。
両手を前で組んで、まるで“兄に甘える妹”のポーズ――けど、頬が少しだけ太ももに当たる角度で、
耳の先が、お兄ちゃんのシャツの裾に、かすかに触れている。
「これ、ダメ?」
「あ、いや……びっくりしただけ」
たぶん、びっくりしてるのはわたしの方。
太ももって、想像以上に……やわらかくて、硬くて、あたたかい。
触れているだけで、身体の奥がじわじわしてくる。
……こんな感覚、初めて。
視線を上に向けると、お兄ちゃんは顔を赤らめながらもじっとしてくれていた。
その表情が、愛おしくて、たまらなくて。
「……お兄ちゃん、ひよりのこと、どう思ってる?」
「え?」
「妹として、じゃなくて……女の子として」
言った瞬間、観覧車の中の空気が変わった気がした。
静寂。沈黙。
だけどその間にも、心臓の鼓動がひとつ、ふたつ――。
私は、そっと体を起こす。
片腕でお兄ちゃんの肩に体を支えて、わざとバランスを崩すように倒れ込む。
ぐらりと傾いた体勢のまま、私はお兄ちゃんの胸に――ぱたんと、顔を埋めた。
「あ……ご、ごめん……」
「ひより、大丈夫か?」
「だめかも……近すぎて、ちょっと……緊張してきた」
まるで告白みたいな声になっていた。
お兄ちゃんの心臓の音が、耳の奥で鼓膜を震わせていた。
そのまま、ほんの数センチ顔をずらすと――
視線と視線が、吸い寄せられるように重なる。
「……キスしそうになったね」
「……ああ、ほんとにな」
その“ほんとに”って、なに?
お兄ちゃん、それは……期待していいの?
そのとき、ゴンドラがゆっくりと地上へ戻り始めた。
私は急いで体を離して、さっと隣の席に戻る。
頬が、熱い。心が、暴れてる。
「ご、ごめんね、なんか変な空気にしちゃって」
「いや……こっちこそ。ひより、ありがとうな。楽しかった」
……ずるい、そういうところ。
やっぱりお兄ちゃんは“妹”の私しか見てくれないのかな。
けど――それでもいい。
少しずつでいい。ちょっとずつでいい。
いつか、“妹”じゃなく、“ひより”を好きになってもらえるように。
その日まで、私は……ちゃんと“我慢”してみせるんだから。
だって、今日のお兄ちゃんの顔、わたしだけが知ってるんだから。
こんなにドキドキした観覧車、きっと他の誰かとは乗ってないはずだもん――。




