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イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について【7万PV感謝】  作者: のびろう。
第4章 『ありがとうの予行演習、恋のはじまり』
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「再会は、風の匂い」

大学の中庭には、早くも初夏の風が吹いていた。


キャンパス内を歩く学生たちの笑い声と、

アコースティックギターの軽やかな音が、風に乗って届く。


その中で、俺――天城コウは、自販機の前でぼんやりと炭酸のペットボトルを眺めていた。


「……あー、やっぱ微炭酸にしとけばよかったな」


ふと呟くと、背後から、どこか懐かしい声が聞こえた。


「それ、昔から言ってるよね、コウくん」


振り向いた先にいたのは、淡い茶髪のポニーテール。

白のカーディガンにワンピース姿――春らしい装いがよく似合っている。


「……みなと?」


「うん、久しぶり。ちゃんと覚えててくれてよかった」


 


真白みなと。

中学まで同じ学校だった、俺の元・同級生だ。


大学に入ってすぐのオリエンテーションで偶然再会し、

「あれ、コウくん!?」と声をかけられたときは本当に驚いた。


それ以来、たまに昼休みに顔を合わせることがあったが、

こうしてゆっくり話すのは、入学以来、久しぶりだった。


「大学、慣れた?」


「うん。課題は多いけど、楽しいよ。コウくんは?」


「俺もまぁ……忙しくしてる」


正確には、“妹の代役”としてVtuber活動中、とは言えないけれど。


「ふふっ、変わってないなぁ。なんか安心する」


みなとは、俺の目を見て笑った。


その笑顔が、どこか柔らかくて。

少しだけ、胸の奥があたたかくなった。


 


「ねえ、覚えてる? 昔さ、夜の海、見に行ったこと」


「……ああ、あの夏祭りの夜か?」


「うん。コウくんが、突然“逃げよう”って言って」


「そりゃあ……人混み苦手って泣きそうになってたから」


「うぅ……やっぱ覚えてたんだ……」


みなとは照れたように頬を赤らめ、肩をすくめる。


「でも、嬉しかったよ。あのとき、コウくんが一緒にいてくれて。

砂浜で風に吹かれて……なんか、映画みたいだった」


「……そんなに良い思い出だったのか?」


「うん。あれがね、わたしの“ありがとう”の始まりなの」


「“始まり”?」


「うん。“ありがとう”って、ずっと言いたくて。だけど、ちゃんと言えた気がしないから」


 


その言葉に、俺は小さく息を呑んだ。


思い出す。

あの夏、確かにみなとは俺の手をぎゅっと握って、

何も言わずに、ただ波音を聴いていた。


――でも、それだけだった。


「じゃあ……また、言ってくれればいいさ。“ありがとう”って」


「え?」


「何回でも聞くよ。たぶん、飽きないと思うから」


「……ふふ、コウくんって、昔からそういうとこ、ずるいよね」


みなとは俯きながら、小さく笑った。


その表情は、どこか寂しげで。


今の俺には、それが少しだけ引っかかった。


 


「ねぇ、今度さ――配信、しない?」


「配信?」


「うん。実はわたし、V系のサークルにちょっと関わってて。

この前、“夜の海”テーマのコラボ企画があったの。

それをね、再現したいってずっと思ってたんだ」


「……懐かしいな、それ」


「でしょ? だから、コウくんとデュエットとかできたら素敵かなって」


 


――やばい。地雷。


俺は咄嗟に心の中でそう叫んだ。


配信って、もしかして“Vtuberの配信”って意味だよな?


まさか、みなともV関係者?


いや、ただの趣味か? サークル内企画ってだけか?


「……俺、そういうの、あんまり詳しくなくてさ」


とりあえず当たり障りない返事をすると、みなとは「そっか」と微笑んだ。


「じゃあ、今は“ありがとうの予行演習”ってことで、また今度ね」


 


その言葉は、やけに耳に残った。


“ありがとうの予行演習”。


なんだ、それは。


だけど、みなとの声には、どこか“本音”のような、

恋の入り口みたいな響きがあって――


俺は気づかないふりをするしかなかった。


“ひよこまる”の中の人が、自分だということを。


――そして、彼女の“初恋”の続きを知らないまま。

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