友情と空腹のバトルロイヤル
「とんかつちゃんを……食べるですって……?」
るるの透き通った瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
それは、純粋な魂が発する、無垢な悲しみの雫。
だが、その雫が地面に落ちた瞬間、クラフトチームの結束(という名のカオス)に、業火のごとき怒りの炎を灯した。
「夜々先輩、ひどい!るるちゃんを泣かせるなんて!」
真っ先に声を張り上げたのは、ひよりだった。
その声には、年下の仲間を守ろうとする優しさと……そして、恋のライバルである夜々への、明確な敵意が込められていた。
(ここから、ひより視点)
夜々先輩……!いつもいつも、女王様みたいに偉そうにして!るるちゃんが、どんなに大事にとんかつちゃんを可愛がってたか、見てなかったの!?お兄ちゃんを困らせて、るるちゃんを泣かせて……!絶対に許さない!とんかつちゃんは、私たちが守るんだから!そして……お兄ちゃんの前で、あなたの思い通りにはさせない!
「そうですわ!わたくしたちクラフトチームは、心優しき獣使いの味方ですわよ!」
……いや、さっきまでクリーパーに芸術指導してた人が言っても説得力ないです、先輩。と俺が心の中でツッコミを入れるより早く、メグが仁王立ちで前に出た。
「とんかつちゃんは、アタシたちの大事な仲間(……兼、最終手段の非常食)ッス!あんたたちなんかに渡すわけにはいかない!」
メグ、心の声が半分くらい漏れてるぞ。
対する食料調達チームも一歩も引かない。夜々先輩は、泣きじゃくるるるを一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。
「あら、何を言っているのかしら。食料を調達するのが、わたくしたちの使命。あのブタは、まさに天からの恵みですわ。感傷に浸っている暇があるなら、手を動かすことね」
「……栄養価、高いです。タンパク質、豊富」
みなとさんが、どこから取り出したのか、静かに包丁を研ぎ始めた。その目が、本気だ。怖い。
「芸術は、時に犠牲を伴うものだ。友の死を乗り越えてこそ、我々は新たなステージへと進める……美しいじゃないか」
ルイ先輩が、なぜか物憂げな表情で遠い目をして呟く。
こうして、島は二つの勢力に分かれた。
「とんかつちゃん絶対守るマン」のクラフトチームと、「今夜はポークソテーよ」の食料調達チーム。俺は慌てて両者の間に割って入った。
「まあまあ、みんな落ち着いて!話し合おう!な?まずは、あの果物を食べてから……」
俺の平和的解決案は、しかし、夜々先輩の冷徹な一言によって無に帰した。
「こうなったら、実力行使よ!」
夜々が杖を振りかざしたのを合図に、壮大な鬼ごっこ――いや、仁義なき「ブタ争奪バトルロイヤル」の火蓋が切って落とされた。
「きゃー!とんかつちゃん、逃げてー!」
るるの悲鳴と共に、驚いたとんかつちゃんが猛烈な勢いでジャングルへと駆け出す。
それを、食料調達チームが狩人の目で追い、俺たちクラフトチームが全力で妨害する!
「小賢しい真似を!」
夜々先輩が杖を振るうと、地面から美しい薔薇の蔦が伸び、とんかつちゃんの進路を塞ごうとする。その姿は、もはや魔王だ。
「お兄ちゃん、あっち!夜々先輩を止めて!」「任せろ!」
俺とひよりは、イカダの帆になるはずだった巨大な布を網のように広げ、夜々先輩の視界を塞ぐ。布を被せられた夜々先輩が「な、何をするのよ、無礼者!」と叫んでいる隙に、とんかつちゃんは別方向へ。その瞬間、俺とひよりの手が、布の上で強く重なり合った。
「……っ!」
ひよりの体が、びくりと跳ねる。
布越しに伝わる彼女の体温と、驚いたように俺を見上げる潤んだ瞳。この戦場で、不謹慎にも心臓が大きく鳴った。
「……お兄ちゃん、手……」
「わ、悪い!」
慌てて手を離した俺たちの背後から、みなとさんが音もなくとんかつちゃんに忍び寄っていた。彼女の手には、蔦で作られた完璧な投げ縄が。
「そこまでです!」
そのみなとさんの前に、静かに立ちはだかったのは、いのりだった。
「星が……星が告げています!『今夜の献立は、魚』だと!」
「……その神託、もう少し早く聞きたかったですね」
みなとさんが、心底残念そうな顔でため息をついた。
戦いが泥沼化する中、ジャングルの奥地から、メグの絶叫が聞こえてきた。
「みんなー!いのりちゃんを助けに来てー!さっきヤドカリの巣から脱出するときに、足を滑らせて、なんか古代遺跡みたいな地下に落ちちゃったー!」
……なんで、いつもそうなるんだ、うちのメンバーは。
「いのりが!?」「とんかつちゃんは後だ!まずはいのりを助けるぞ!」
俺の一声で、一時休戦。友情が空腹に打ち勝った瞬間だった。俺たちクラフトチームは、とんかつちゃんの護衛をるるに任せ、メグが指し示す遺跡の入り口へと急いだ。
地下遺跡は、ひんやりとした空気に満ち、壁には苔むした謎の紋様が描かれている。不気味な静寂の中、奥からか細い声が聞こえてきた。
「先輩……!こっちです……!」
声のする方へ向かうと、彼女は巨大な石の祭壇の上で、足をくじいたのか、痛ましげに座り込んでいた。
「大丈夫か!?」
俺が駆け寄ると、いのりは安心したように微笑んだ。
「はい……でも、この遺跡、何か変な仕掛けがあるみたいで……」
その時だった。メグが、祭壇の横の壁に埋め込まれた、怪しい宝石のレリーフを見つけた。
(ここから、メグ視点)
古代遺跡の怪しいボタン……これ、絶対隠し通路が開くやつ!一発逆転のレアアイテムが眠ってるに違いない!これを使えば、いのりちゃんを安全に救出できて、アタシの評価は爆上がり!コウくんに「メグ、すごいじゃないか!」って頭なでなでされちゃうんだ!押すしかないッス!このビッグウェーブに、乗るしかないッス!
「うおっ!このボタン、絶対なんかあるやつ!押してみますね!」
「あ、おい、メグ!待て!」
俺の制止も虚しく、メグの指は光の速さでボタンを押し込んでいた。
その瞬間、遺跡全体がゴゴゴゴ……と轟音と共に揺れ始め、天井から巨大な岩が……!ではなく、大量の、見慣れた四角いブロックが、カチリ、カチリと音を立てて出現した。赤と白の、あの、悪魔のようなブロックが。
「なんでだよ!!!!!」
俺の絶叫も虚しく、メグが仕掛けた(つもりの救出用)TNTが大爆発。
その衝撃は地下遺跡を突き抜け、地上にまで達した。
海岸でとんかつちゃんと睨み合っていた食料調達チームも、その轟音と地響きに驚いて空を見上げる。そして、彼らが見たものは。
ひよりが愛を込めて建てていたツリーハウスが、みなとさんが魂を込めて作り上げたキッチンが、そして、俺たちの唯一の希望だった作りかけのイカダが、木っ端微塵に吹き飛ぶ光景だった。
「「「「あ…………」」」」
夕暮れの砂浜。
すべてを失った俺たちは、ただ呆然と、立ち尽くしていた。
爆発で舞い上がった木の欠片が、きらきらと夕陽に反射している。
その光景は、不謹慎なほどに、美しかった。
そして、俺の耳には、地下遺跡から聞こえてくる、いのりの小さな呟きだけが、やけにクリアに響いていた。
「……星は……『すべてが無に帰る』と……告げていました……」
その神託は、今回だけは、完璧に当たっていたらしい。