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イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について【7万PV感謝】  作者: のびろう。
第24章『LinkLive文化祭!ステージのど真ん中で、愛を叫ぶ!?』
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プロローグ『祭りの前の、甘い作戦会議』

あの伝説と(GMの胃痛と)なったTRPG配信から、数週間が過ぎた。

アスファルトを焦がすような猛暑は鳴りを潜め、LinkLive事務所の窓から見える空には、どこか柔らかな秋の気配が漂い始めている。季節の移ろいとはかくも穏やかなものかと、俺――天城コウは、事務所の共有ラウンジでようやく訪れた平穏を噛みしめていた。


ソファの隣では、義妹のひよりが小さな頭をこてんと傾けながら、スマホ画面に映る次の配信ネタを真剣な眼差しでリサーチしている。その向かいでは、葛城メグが猛烈な勢いでキーボードを叩き、何やら新しい企画書と格闘中だ。時折、上の階から聞こえてくる不知火夜々先輩のバイオリンの音色も、今ではすっかり俺の日常を彩るBGMの一部となっていた。


『ご近所ハーレム』。


ラノベのタイトルのような、そんな非現実的な言葉が、俺の現実になって久しい。風邪を引けば三方向から過剰なまでの看病という名の波状攻撃を受け、実の両親が来れば即席の恋愛裁判が開廷し、ボイスドラマの練習をすれば唇が触れる寸前までいく……。うん、平穏とは程遠い。だが、その絶え間ない騒がしさが、不思議と心地よいと感じ始めている自分も、確かにいた。


「――はい、皆さん、お待たせしましたーっ!」


そんな感傷に浸る俺の思考は、ラウンジのドアを爆風と共に開けるような勢いと、底抜けに明るい声によって、あっけなく打ち破られた。声の主は、我らがマネージャー・神代カオルさん。その手には分厚い企画書の束。そして、その悪戯っぽい笑みは、これから何かとてつもなく面倒なこと……いや、面白いことが始まるときの、いつもの笑顔だった。


「次の大型コラボ企画が、ついに社長決裁おりましたー!」


神代さんはそう高らかに宣言すると、テーブルの中央に企画書をドサリと置いた。その場にいた全員の視線が、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、自然と表紙に集まっていく。


【LinkLive秋の特別配信企画『LinkLive文化祭!ステージのど真ん中で、愛を叫ぶ!?』】


そのタイトルを目にした瞬間、事務所の穏やかだった空気は、まるで真空パックでもされたかのように一瞬で張り詰めた。


「ぶ、文化祭……ですって?」


最初に声を震わせたのは、夜々先輩だった。優雅に組んでいた脚を解き、その切れ長の瞳が珍しく驚きに見開かれている。


「マジすか!?リアルイベントってことですか!?屋台とか!ステージとか!やるんスか!?」


興奮のあまり椅子から半分腰を浮かせているのはメグだ。彼女の瞳はすでに、この企画が内包する“無限の可能性(という名のカオス)”を捉え、ギラギラと輝き始めていた。


神代さんは満足そうに頷くと、企画概要を説明し始める。


「その通り!事務所のイベントスペースを全面改装して、各チームに分かれて模擬店やステージ企画を出店!その準備段階から本番までを、ドキュメンタリー風に配信するわ。ファンも招待する、半リアルイベントよ」


その説明に、ラウンジは期待と不安の入り混じったどよめきに包まれる。だが、本当の爆弾は、その次に投下された。


「そして、今回の企画の成否を分ける最重要項目……それは、チーム分け!もちろん、ただのくじ引きなんかじゃつまらないわよね?」


神代さんが悪戯っぽく笑い、企画書の次のページをめくる。そこには、でかでかとこう書かれていた。


【生配信!運命のチーム分けドラフト会議!】


「リーダーは、この三人!事務所のトップVとして君臨する、不知火夜々!クールな頭脳で常に最適解を導き出す、真白みなと!そして、我らがLinkLiveの元気印、天城ひより!」


指名された三人の名前が、それぞれの心に異なる波紋を広げる。

そして神代さんは、残酷なまでに楽しそうな声で続けた。


「この三人がリーダーとなって、欲しいメンバーをドラフトで指名してもらうわ。もちろん、指名が競合した場合は……抽選よ♡」


その瞬間、確かに聞こえた。ヒロインたちの心の中で、静かに、しかし確かに、戦いのゴングが鳴り響く音が。


物語は、その運命のドラフト会議前夜。俺の住むアパート『メゾン・サンライト』の各部屋で、静かに、そして熱く始まろうとしていた。


ーーーーー


【ひよりの部屋:203号室 - 妹の絶対防衛ライン】


(ここから、ひより視点)


ぜったい、ぜったいに、お兄ちゃんを誰にも渡さない……!


私は、自室のベッドの上。うさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、数日かけて作り上げた「お兄ちゃん攻略ドラフト必勝ノート」を睨みつけていた。ピンク色の表紙とは裏腹に、その中身は私の執念と分析の結晶だ。


【対:不知火夜々先輩】

・性格:プライドが非常に高い女王様気質。

・戦略予測:王者の風格を保つため、初手で本命(お兄ちゃん)を指名する可能性は低い。「他の実力派メンバーを先に固め、最後に余裕を見せて指名する」という、横綱相撲的な戦法を取る確率85%。

・対策:彼女が動く前に、私が動く。それしかない。


【対:真白みなとさん】

・性格:クールで論理的。常に効率とバランスを重視する。

・戦略予測:個人の感情よりも、チーム全体のパフォーマンスを最大化するメンバー構成を狙ってくるはず。つまり、コウくんという“最強のバランサー兼主人公枠”は当然欲しいだろうけど、他のメンバーとの兼ね合いをギリギリまで計算してくるはず。

・対策:彼女が計算を終える前に、私が動く。やっぱり、それしかない!


ノートの最後。私は、震える手で、だけど力強く書き記した。


【結論】

だから、私は……初手で、全力で、お兄ちゃんを指名する!


これしかない。妹という、誰よりも近くにいて、誰よりもお兄ちゃんのことを分かっている、この最強のポジション。それを武器に、正面からぶつかるんだ。他の人がどんな計算をしようと、どんな作戦を立てようと、私の気持ちは、たった一つ。


「お兄ちゃんと、一緒に文化祭をやりたい」


ただ、それだけ。でも、その“だけ”が、私のすべてなんだから。

ふと、壁の向こう、隣の202号室から、何やら「っしゃあ!」という雄叫びと、ドタバタと走り回るような音が聞こえてきた。……メグちゃんだ。彼女もきっと、何かを企んでる。

でも、負けない。この戦いだけは、絶対に。


ーーーーー


【メグの部屋:202号室 - 推し活は、情報戦にして物理戦】


(ここから、メグ視点)


やばいやばいやばい!ドラフト会議とか、完全にプロ野球のそれじゃん!推しが指名される、その歴史的瞬間を生で、しかも当事者として見られるとか……!マネージャー見習い冥利に尽きるってレベルじゃない!神様、仏様、神代様、マジありがとうございますッ!


私は、興奮のあまり部屋の中でサイリウムを振り回し、一人でコールを叫んでいた。


「ぜったい!ぜったい!コウくんと!同じチームになるぞー!」


でも、冷静になれ私、葛城メグ!私はリーダーじゃない。つまり、誰かに選んでもらうしかない、受け身の立場。このままじゃ、推しと同じチームになれるかは、完全に運任せ。そんなの、耐えられない!


「こうなったら……動くしかない!各リーダーに、“私を指名するとこんなに素晴らしい未来が待ってますよプレゼン”を仕掛けるしかないッ!」


私の武器は、企画力と、技術力と、そして何より……この、推しへの溢れる愛!

私はノートPCを開き、猛烈な勢いでプレゼン資料を作り始めた。


【対:ひよりちゃん】

「“兄妹のてぇてぇ(尊い)瞬間”、全部切り抜いて神MADにします!なんなら、文化祭当日の二人の軌跡を追う、ドキュメンタリー映画も作ります!」

……これだ。妹心に訴えかける作戦。


【対:みなとさん】

「文化祭の全工程をデータ化し、視聴者のエンゲージメント率をリアルタイムで分析。最も効率的に“バズる”動線を提案します!あと、お化け屋敷のギミック、プログラミング手伝います!」

……うん、ロジカルな彼女には、具体的なメリットを提示するのが一番。


そして、最大の難関。

【対:夜々先輩】

彼女は、たぶん一番手強い。プライドが高くて、自分の美学がある。中途半端なプレゼンじゃ、鼻で笑われて終わりだ。でも……彼女もまた、“数字”を求めるプロのVチューバーのはず。そして、彼女の作りたい“物語”を、最高に輝かせる“演出家”を求めているはずだ。


「……よし、決めた。今夜、直接乗り込む!」


私は完成したばかりの企画書(A4三枚)を胸に、上の階、303号室のドアを叩く覚悟を決めた。推しのためなら、たとえ相手が女王様だろうと、悪魔だろうと、私は交渉してみせる!


ーーーーー


【夜々の部屋:303号-号室 - 女王様は静かに牙を研ぐ】


(ここから、夜々視点)


……くだらない。

たかがチーム分けで、あの子たちは何をそんなに浮かれているのかしら。

私は、お気に入りのボルドーワインを注いだグラスを片手に、下の階から聞こえてくる、子供のようにはしゃぐ声にやれやれとため息をついた。メゾン・サンライトの壁は、彼女たちの熱量を遮断するには、少しだけ薄すぎるらしい。


でも、まあ……。その口元が、かすかに笑みを浮かべていたことに、私自身は気づいていた。

文化祭。悪くない響きだわ。学生時代に戻ったような、青臭くて、でもどこか心惹かれる響き。そして、その中心に、あの男の子がいる。


天城くん。


私の戦略は、ひよりちゃんあたりが予想している通りよ。王者は、焦らない。慌てない。どっしりと構え、戦況を見極め、最後に、最も価値のある駒を、優雅に手に入れる。


「天城くんは、最後にご指名すればいいわ。彼も、この私に選ばれるという栄誉を、じっくりと待ち望むべきよ」


グラスを月光にかざし、一人ごちる。それが、女王《ノワール=クロエ》としての、そして不知火夜々としての、矜持。


……でも。

その強気な態度の裏で、私がノートPCの検索窓に、こっそりとこんな言葉を打ち込んでいたことは、誰にも言えない秘密。


【文化祭 デート 成功させる方法 年下男子 脈アリサイン】


……っ!な、何をしているの、私!

慌てて検索履歴を消去する。顔が、少しだけ熱い。ワインのせいよ、きっと。

そんな時だった。


ピンポーン。


部屋のインターホンが鳴る。こんな時間に誰かしら。モニターを覗くと、そこには、やけに真剣な顔をした葛城メグが立っていた。


「……面白いじゃない」


私は、不敵な笑みを浮かべて、ドアを開けた。彼女が何を言いに来たのか、だいたい見当はついている。その小さな挑戦、受けて立ってあげましょう。この私が、どちらを選ぶことになるのか……あなた自身の目で、確かめなさい。


その夜。メゾン・サンライトの各部屋で繰り広げられた、甘く、熱く、そしてちょっぴり殺伐とした作戦会議。

ひよりは兄への想いをノートに綴り、メグは推しのために女王に挑み、夜々は気高き仮面の下で恋心を検索する。

そして、その全ての中心にいる天城コウは、何も知らずに自室で穏やかな寝息を立てていた。


運命のドラフト会議は、もうすぐそこまで迫っている。

彼の隣の席を勝ち取るのは、果たして誰なのか。

物語は、波乱以外の選択肢を用意せぬまま、その幕を開けようとしていた。

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