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イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について【7万PV感謝】  作者: のびろう。
第23章『サイコロ片手に異世界転生!?VチューバーたちのTRPG奮闘記』
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最初のダンジョンと、サイコロのいたずら

「――というわけで、この『スイーツ王国』は、本日よりわたくし、ノワール・フォン・クロエの統治下に置かれることになりましたわ。異論は認めませんことよ?」


玉座の前で優雅に微笑む魔女王ノワールの宣言に、謁見の間は静まり返っていた。ついさっきまで国の危機を訴えていたプリン頭の王様は、彼女の足元でうっとりとした表情を浮かべてひざまずいている。クリティカルヒットした『女王の魅了』は、一国の王の理性すらも容易く溶かしてしまったらしい。


俺――ゲームマスターの天城コウは、シナリオブックを握りしめたまま、遠い目をした。

(終わった……俺の王道ファンタジー、開始十分で悪の女王に乗っ取られて終わった……)


画面の向こうの視聴者コメントは、俺の絶望をよそに、最高の盛り上がりを見せている。

《夜々様、さすがです!》

《あまりにも鮮やかなクーデター》

《GM、がんばれ……強く生きて……》


「さて、GM?いつまでも呆けていないで、次の展開を提示なさい。この国の新たな支配者として、退屈は許しませんわよ?」

夜々先輩が、完全にノワールになりきって俺を急かす。

くそっ、この状況をどうやって本筋に戻せば……!


俺が必死に頭を回転させていると、城下町で衛兵と鬼ごっこをしていたはずのメグと、城内で兄探しをしていたひよりが、衛兵たちに捕縛されて謁見の間に引きずられてきた。


「離しなさい!わたくしは女王陛下のお仲間ですわよ!」

「お兄ちゃんはどこー!?この人たち、絶対お兄ちゃんの居場所を知ってるんだー!」


そのカオスな光景を見て、女王ノワールは満足そうに頷いた。

「ちょうどいいわ。あなたたち、わたくしの最初の勅命を授けます。退屈しのぎに、あの『哀愁の魔王』とやらを懲らしめに行きますわよ。さあ、手始めに、魔王の手がかりがあるとされる『ゴブリンの洞窟』へと案内なさい」


……ん?

ゴブリンの洞窟?それは、俺のシナリオで、王様がパーティに最初に向かうよう指示するはずだった場所……!

夜々先輩、あんた、もしかして……!


「あら、天城くん。何か言いたそうな顔ね。……まあ、あなたが困っているようだったから、少しだけ助け舟を出してあげただけよ。感謝なさい」

通話越しに、彼女の得意げな声が聞こえる。

そうだ、彼女はこういう人だった。なんだかんだで、周りの状況がちゃんと見えている。高飛車なロールプレイでシナリオを破壊しながらも、GMである俺の窮地をさりげなく救ってくれたのだ。


俺は、マイクのスイッチを一度オフにして、小さな声で呟いた。

「……あざっす、先輩」


こうして、女王ノワール(夜々)の強権的な勅命により、バラバラだったパーティは無理やり一つにまとめられ、最初のダンジョンである『囁きのゴブリン洞窟』へと向かうことになった。ちなみに、みなとさんのレンジャー「シロ」は城の庭園で採取したハーブを満足げに袋に詰め、るるちゃんのビーストテイマー「るるんぱ」は手懐けた番犬を「わん太」と名付け、いのりちゃんのオラクル「イノリ」は「……星は、移動の時が来たと告げています」と、すべてを見通していたかのように呟いていた。

……俺の胃は、すでに限界に近い。



「うわ……なんだかジメジメしてる……。本当にこんなところに魔王の手がかりなんてあるのかしら」

洞窟の入り口で、ノワール(夜々)が不満げに呟く。

俺はGMとして、必死に場の雰囲気を作り上げる。


「君たちが足を踏み入れた洞窟は、ひんやりと湿った空気に満ちている。壁からは絶えず水滴が滴り落ち、奥からは不気味な風の音が聞こえてくる……。さあ、勇者たちよ、注意して進むがいい」


パーティが隊列を組んで、洞窟の奥へと進んでいく。先頭は、兄を探すことしか頭にない聖騎士ヒヨリ。その後ろに、慎重に周囲を警戒するレンジャーのシロ(みなと)。そして、なぜか最後尾で優雅に歩いている女王ノワール(夜々)。


「あっ!みんな、ストップ!」

鋭い声でパーティを制止したのは、盗賊のメグ・ラブリィだった。彼女は床の一点を指さしている。

「GM!ここに罠の気配を察知しました!判定をお願いします!」

「……よし、メグ。よく気づいたな。では、知覚判定のダイスを振ってくれ」


コロコロ……と軽い音を立てて、メグの振ったサイコロが転がる。出た目は18。悪くない。

「君の鋭い目は、床に巧妙に隠されたワイヤーを見つけ出した。どうやら、これを踏むと何かが作動する罠のようだ」

「ふっふっふ……アタシの盗賊スキルにかかれば、こんなもの朝飯前ッスよ!GM!罠の解除に挑戦します!」


メグが、自信満々に宣言した。そうだ、こういうTRPGらしい展開を待っていたんだ!

俺は、少しだけ希望を取り戻しながら、指示を出す。

「わかった。では、解除判定だ。君の手先の器用さで、ダイスを振ってくれ」

「おうよ!見ててくださいよ、コウくん!アタシの華麗なテクニックを!」


メグはそう言うと、勢いよくサイコロを振った。

高く舞い上がり、テーブルの上で数回バウンドし、そして……コトリ、と止まったそのサイコロが示した数字。


それは――**「1」**だった。


「………………え?」

メグの口から、間の抜けた声が漏れる。

1。それは、TRPGにおいて「クリティカルファンブル」を意味する、最悪の出目。


俺は、天を仰いだ。サイコロの女神は、なぜこうも意地悪なのだろうか。

「……メグ、君は慎重にワイヤーを解除しようと、それに近づいた。しかし、足元のぬかるみに気づかず、派手に足を滑らせてしまう!」

「えっ、ちょっ!?」

「君の体は、ワイヤーに見事に突っ込む形でのしかかった!その瞬間、天井でカタン、と音がして……君たちの頭上から、緑色で、ぬるぬるで、とっても臭い、大量のスライムが降り注いできたーっ!!」

「「「「「ぎゃああああああああああああああ!!!」」」」」


ヒロインたちの絶叫が、スタジオに響き渡る。

画面の中では、パーティ全員が緑色の粘液まみれになっていた。

「な、何すんのよ!このわたくしの、美しいドレスが……!」

「うぅ……べとべとするよぉ……お兄ちゃん、助けて……」

「……この粘液の成分、分析します。……たぶん、食べられませんね」

「スライムさん、ぷにぷにですー!」


パーティは阿鼻叫喚。俺は、ただただ疲れた声で描写を続けるしかなかった。

「……君たちは全員、スライムまみれになり、1ダメージを受けた。そして、あまりの臭さに、全員の魅力が1ポイント下がった……」

「そんなペナルティまであるの!?」



スライムの粘液を滴らせながら、一行は洞窟のさらに奥へと進む。メグは全員から責められ、しょんぼりと肩を落としていた。

やがて、一行は少し開けた空間に出る。そこには、焚き火を囲んで、数体のゴブリンがゲラゲラと笑いながら何かを賭けているようだった。


「……ゴブリンですわね。わたくしたちの姿を見て、嘲笑っているようですわ。……許せません」

スライムと臭いでプライドを傷つけられたノワール(夜々)の瞳に、静かな怒りの炎が宿る。

「天城くん。わたくしが、あんな下等生物を一掃しますわ。見てなさい」

「先輩、また暴走する気ですか……?」

「暴走ではありません。女王としての、威厳を取り戻すための当然の行いですわ。――いでよ、炎の精霊!すべてを焼き尽くす女王の吐息!『エンプレス・ブレイズ』!」


ノワールが呪文を唱えると、彼女の周囲に灼熱の魔力が渦を巻く。俺のシナリオでは、中ボスのためにとっておくはずだった、彼女の最強魔法だ。ゴブリン数匹相手に使うなんて、完全にオーバーキルだ。

「……では、夜々先輩。魔力判定のダイスをどうぞ」

「ええ。わたくしの魔力をもってすれば、造作もないことですわ」


夜々先輩は、優雅な手つきでサイコロを振った。

それは、まるでスローモーションのようにテーブルの上を転がり、そして……ぴたり、と止まった。


その出目は――またしても、**「1」**だった。


「………………」

スタジオが、静まり返った。

まさかの、二連続クリティカルファンブル。


「……うそ、でしょ……?」

夜々先輩の声が、震えている。

俺は、もう笑うしかなかった。腹を抱えて。

「ひっ……ひひひ……あはははは!夜々先輩!あんた、最高だよ!」

「笑いごとじゃないわよ!」


俺は、涙を拭いながら、震える声で描写を始めた。

「……ノワール、君が放った絶大な魔力は、しかし、君のプライドの揺らぎによって制御を失った!炎の渦は、ゴブリンたちに向かうことなく、あらぬ方向へ……つまり、君たちのパーティの、ど真ん中に向かって炸裂したーっ!!」

「「「「「えええええええええええええええ!?」」」」」


画面が、爆炎に包まれる。

数秒後、そこにいたのは、スライムの粘液と黒い煤にまみれ、髪の毛がアフロのように逆立った、見るも無惨な勇者一行の姿だった。

ゴブリンたちは、腹を抱えて笑い転げている。


「……もう、お嫁にいけない……」

ひよりが、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

パーティの士気は、完全にゼロ。絶体絶命のピンチだった。


ゴブリンたちが、武器を手に、じりじりと一行に迫ってくる。

もうダメだ。最初の戦闘で、全滅エンドか……。俺がそう諦めかけた、その時だった。


聖騎士ヒヨリが、煤だらけの顔を上げて、立ち上がった。

彼女は、剣を構えるでもなく、盾を掲げるでもなく、ただ、天に向かって、その胸に秘めた想いのすべてを、叫んだのだ。


「お兄ちゃーーーーん!どこにいるのーーーっ!?」

「ひより、もう、ボロボロだよぉ……!スライムまみれで、まっくろくろすけだよぉ……!もう、だめかもしれないーっ!助けてーーーっ!」


それは、ゴブリンたちに向けた言葉ですらなかった。

ただ、会いたい人に向けた、魂からの叫びだった。


俺は、もうどうにでもなれという気分で言った。

「……ひより、とりあえず、説得判定だ。カリスマで、ダイスを振ってくれ」


ひよりは、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、サイコロを振った。

コロコロ……。

そのサイコロが示した数字は――「20」。

クリティカルヒット。奇跡的な、大成功だった。


俺は、数秒間、言葉を失った。

そして、GMとして、この奇跡を描写する義務を、果たすことにした。


「……君の、兄を想う純粋な叫びは、ゴブリンたちの汚れた心に、深く、深く突き刺さった……。彼らの獰猛な目は、みるみるうちに潤んでいく。武器を持っていた手は、だらりと下がり、やがて、彼らは嗚咽を漏らし始めた」

「……『なんて、なんて美しい兄妹愛なんだ……』。ゴブリンのリーダーが、涙ながらに呟く。『俺たちは、なんて愚かなことをしようとしていたんだ……。彼女の邪魔をしてはならない。彼女が、一刻も早く、その愛する兄君に再会できるよう、我々は道を開けるべきだ!』」


「……ゴブリンたちは、君たちに深々と頭を下げると、モーゼの海割りのように、左右に分かれて道を開けた。その道は、洞窟の出口へと、まっすぐに続いている……」


「「「「「………………え?」」」」」


パーティ全員が、呆然と、その光景を見つめていた。

俺は、シナリオブックを、そっと閉じた。

俺が用意した、この洞窟の謎解きも、中ボスも、宝箱も、もう何もかもが必要なくなった。


このパーティは、大失敗と大成功のコンボで、あらゆる障害を真正面から粉砕して進んでいくのだ。

……俺のシナ-リオと、俺の胃を、一緒に。


(もう……帰りたい……)


GMのライフは、とっくにゼロだった。

だが、このカオスな冒険は、まだ、その序盤を終えたに過ぎないのである。

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