『ステージの向こう、見つめ合う気持ち』
LinkLive本社の配信スタジオ。
照明のテスト、マイクの調整、立ち位置の確認。
大型コラボイベント『LinkLiveユニット交流祭』本番まで、残り30分。
「緊張してる?」
控室で一緒にスタンバイ中の夜々先輩が、俺に尋ねてきた。
「少しだけ……でも、それより楽しみです」
俺の答えに、夜々先輩はふっと笑う。
「……そ。じゃあ、私も“楽しみ”ってことにしとく」
今日は、配信者自身が“ペアを組んで演技する”リアルステージ配信。
俺と夜々先輩は、「カップル役」で登場することになっていた。
──けれど、数日前なら“演技”でしかなかったそれは、今はどこか、胸の奥に引っかかる。
(あの夜の通話……あれは“演技”じゃなかった)
夜々先輩が素顔を晒し、俺に告げた“惚れかけた”という言葉。
ふざけ半分にも聞こえたけれど、きっと、嘘じゃない。
……じゃあ、自分はどうなんだ?
(俺は……夜々先輩のこと、どう思ってる?)
そこに、ひよりの笑顔がフラッシュバックする。
(……今は、考えたくない)
リハーサル終了の合図。
ついに――ステージへ。
***
「次のパフォーマンスは、LinkLiveが誇る“兄妹ペア”と“ドS女王”の特別ユニットコラボ!」
MCの紹介とともに、俺と夜々先輩がセンターに登場する。
コメント欄が一気に爆発した。
《レイ=アマギ来た!》《ノワクロと一緒!?》《ガチカプ案件すぎる!》
《付き合ってるって言っても信じる》《中の人、絶対イケボ》
俺たちの演目は――『すれ違い恋人の告白劇』。
短い寸劇の中に、配信と同じ“声の演技”が求められる。
けれど、それだけじゃない。
これは、俺にとって、“覚悟”の告白でもあった。
「……どうして黙ってたの?」
夜々先輩が、舞台の上で俺を睨む。
「君のことが好きだった。ずっと――本当の声が、届くって信じてた」
俺は一歩、彼女に近づく。
「演技なんかじゃない。俺は……君に救われて、だから……」
ここから先のセリフは、アドリブだった。
「今、ここにいる俺の全部で……好きって、言いたかった」
――ステージが静まり返った。
夜々先輩の瞳が、わずかに揺れる。
「……バカ。そんなの、告白じゃない。ただのズルい演技じゃん」
「演技じゃない。俺は、“君”に届けたいんだよ。……夜々先輩」
その一言で、会場がざわめいた。
《今……“夜々先輩”って!?》《え?中の人、ガチでバレてるの?》
《いや、これもう演技じゃないだろ……》《え、ガチ?ガチなの?》
でも、夜々先輩は小さく笑って、セリフを返した。
「……だったら、責任とってよ。
あたし、もう逃げないって決めたから。あなたに――見てほしいから」
***
配信終了後、楽屋裏の空気は少しだけ張りつめていた。
夜々先輩は、一言も喋らずにペットボトルを開けて、ひと口。
そして、ぽつりと呟いた。
「ねえ……今の、どこまでが“レイ=アマギ”で、どこからが“コウくん”だったの?」
俺は迷わず答えた。
「全部、天城コウでした」
夜々先輩の手が、ペットボトルの蓋を握りつぶしかけた。
「……ずるい。本当にずるいよ、あんた」
けれどその声には、どこか嬉しさが混じっていた。
「じゃあさ……今度は“夜々”として、デートの練習、付き合ってくれる?」
「……俺で良ければ、喜んで」
その時、楽屋のドアが開いた。
「お兄ちゃん!?今の演技……“演技”だよね?」
顔を真っ赤にして現れたのは――ひよりだった。
彼女の瞳が、どこか揺れている。
(……ああ、まだ終わってない)
誰かのために“声”を使うことは、時に“恋”を生む。
でもその声が、誰かを傷つけてしまうかもしれない。
だからこそ――俺は、この声に、もっと責任を持たなきゃいけない。
夜々先輩の手。ひよりの視線。
両方が、俺の心を揺さぶる。
でも、それでもきっと俺は――
“誰かのために声を届けたい”と思ってしまうのだ。