『告白に似た、覚悟の声』
夜22時、LinkLiveのスタジオサーバーには、異例のアクセス数が集まっていた。
トレンド入りした「ノワール=クロエの素顔配信」――その瞬間を見逃すまいと、視聴者が息を潜めて待っている。
その中に、俺もいた。
レイ=アマギとしてじゃなく、天城コウとして。
(夜々先輩、どんな話をするんだろう……)
画面が切り替わり、配信が始まる。
いつもの闇属性の女王様ボイスではない。
そこにいたのは、静かな灯りに包まれた空間で、そっとマイクの前に座る――一人の女の子だった。
「こんばんは。ノワール=クロエ……いえ、今日は“不知火夜々”として、お話しします」
コメント欄が一斉にざわめく。だが、夜々は落ち着いた表情で続けた。
「私は、ずっと“完璧なノワール”でいなきゃって、思ってた。
ファンの期待、キャラの魅力、数字、評価……全部が怖くて。だから、本当の私は、どこにもいなかった」
一呼吸。
「……でも、昨日の配信で、“キャラ”じゃない私の声が出てしまって。
その時、ある人がこう言ってくれたんです。“あのままの夜々先輩が、好きです”って」
画面のこちら側で、俺の心臓がドクンと跳ねた。
「その言葉で、少しだけ救われた。
だから今日、勇気を出して“素の私”で配信してみようって、そう思いました」
静まり返ったコメント欄に、ひとつ、またひとつ――
《夜々ちゃん素敵》《ずっと応援してるよ》《泣いた》《こっちの夜々も最高だよ》
――優しい言葉が積み重なっていく。
***
配信が終わった直後、俺は思わずスマホを握りしめていた。
(……言いたい。何か伝えたい。けど、どうすれば――)
その時だった。
通知が一件。
【夜々先輩】
「……レイくん、今から少しだけ、通話してもいい?」
すぐにOKの返事を返すと、数秒後、ディスコードに接続された。
『……ごめん、こんな時間に』
「いえ、配信……お疲れさまでした。すごく……すごく良かったです」
『……そう言ってくれると思ってた。
――あの時、言ってくれたよね。“あのままの私が好き”って』
「はい。俺、本気で、そう思いましたから」
一瞬、沈黙。
そして――夜々は、ぽつりと呟いた。
『ねえ、コウくん。私、たぶん……あの時、惚れかけた』
「……え?」
『今はまだ、たぶんって言っておく。でもね、誰にも言えなかった“素顔”を、最初に見せたのは……あなただった』
耳が熱くなる。胸が詰まる。
でも、逃げちゃいけない気がして、俺はマイクの前に立ち直った。
「夜々先輩……俺も、誰かの“声”で救われたことがあるんです」
『……え?』
「中学の頃、俺、クラスに馴染めなくて。声が高くて、よくからかわれて……
でも、ある日ネットで聞いた、とあるVtuberの配信が……すごく優しくて。
“声って、こんなに心に響くんだ”って思えた。救われたんです」
夜々は黙って聞いていた。
「だから、俺は“声で誰かを救える人”になりたい。
……夜々先輩が、今日それを証明してくれた。ほんとに、かっこよかったです」
少しだけ、震える声が返ってきた。
『……ずるいよ、そんなの。
……そんな風に言われたら、また惚れかけるじゃん……』
画面の向こうには、たぶん、あの配信よりずっと素の夜々がいた。
***
深夜2時。
ログアウトし、PCを閉じると――俺はぼんやりと天井を見上げた。
(……これが、夜々先輩の“素顔”。)
でも同時に――
思い出すのは、先日ひよりが見せた、寂しげな表情。
夜々先輩が素顔を見せてくれたことも嬉しい。
だけど、ひよりは俺のことを、どう見てるんだろう。
配信も、恋も――演技じゃない“本音”で向き合うには、まだ時間が足りない。
(……ちゃんと、全部の“声”に応えたい)
俺の中に、確かな決意が芽生えつつあった。