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親バレは突然に、そして恋はカオスを極める

AM 10:00 - 平穏という名の、嵐の前の静けさ

その日の午前中は、嘘みたいに穏やかだった。

土曜日の遅い朝。俺の部屋には、なぜか自然と全員が集合していた。


「お兄ちゃん、このパンケーキ、ひよりが焼いたんだよ! メープルシロップ、もっとかける?」

「コウくん、コーヒー淹れたけど、ブラックでいいよね? あ、夜々先輩の分はカフェラテにしときました!」

「あら、気が利くじゃない。……天城くん、あなた猫舌なんだから、冷めるまで待ちなさいよ」


ひよりが焼いたパンケーキを頬張り、メグが淹れたコーヒーを飲み、夜々先輩に猫舌を心配される。いつから俺の部屋は、女子寮の食堂みたいになったんだ。

テーブルの周りには、パジャマ姿のままのひより、ラフな部屋着のメグ、そしてなぜか朝から優雅なガウン姿の夜々先輩。三者三様の魅力(と生活感)が、このワンルームに渋滞している。


(まあ……賑やかで、悪くないけどな)


壁一枚隔てただけの距離は、もはや意味をなさなくなっていた。「ちょっとお醤油貸して!」から始まり、「新作ゲームの協力プレイしよ!」で終わる。そんな毎日が、俺たちの新しい日常になりつつあった。

この賑やかさも、いつか当たり前になるんだろうか。そんなことを考えていた、その時だった。


ピーンポーン。


部屋のインターホンが、のどかな空気を切り裂いた。

モニターを覗き込んだひよりの顔が、一瞬で凍りつく。


「……う、そ……」

「ん? どうしたひより、宅急便か?」

「ち、ちが……お、お父さんと、お母さん……!」


「「「はぁ!?」」」


俺とメグと夜々先輩の声が、見事に重なった。

モニターに映っていたのは、満面の笑みで手を振る、俺たちの両親だった。


『コウー? ひよりー? 近くまで来たから、寄っちゃった!』


スピーカーから響く母さんの底抜けに明るい声。それは、俺たちにとって死刑宣告のゴングに他ならなかった。

パニックに陥る俺たちの耳に、さらに追い打ちがかかる。


『今、アパートの下に着いたから! すぐ上がるわねー!』


ブツッ。

インターホンが切れる。


「「「…………」」」


沈黙。

そして。


「「「ぎゃあああああああああああああああ!!!」」」


三人の乙女の絶叫が、平和だった土曜の朝を木っ端微塵に破壊した。


AM 10:01 - オペレーション・ハーレム隠蔽

「と、とりあえず二人とも、早く自分の部屋に!!」

俺が叫ぶと同時に、メグと夜々先輩が弾かれたように動き出す。


「わ、私の推しグッズが! コウくんのポスターとか抱き枕とか、全部コウくんの部屋に持ち込んでたのが裏目に!」

「わ、私のワイングラス! 昨夜ここで飲んだやつ、まだテーブルに……!」


そうだ。昨夜も三人で俺の部屋に集まり、夜々先輩はワインを、メグはコーラを、ひよりはオレンジジュースを飲みながら、深夜までVチューバー談義に花を咲かせていたのだ。その残骸が、テーブルの上に無防備に広がっている。


「ひよりはグラスを隠せ! 俺は二人の痕跡を消す!」

「りょ、了解!」


(ここから、メグの一人称視点)


ヤバイヤバイヤバイ! 親バレとか、どんなギャグ漫画の展開!?

いや笑ってる場合じゃない! 私の部屋も、コウくんグッズで溢れてる! もし万が一、ご挨拶って流れになったら、ただのヤバいオタクだってバレちゃう!

いや、それ以上に、コウくんの隣人だってことがバレたら……!


「コウくーん! とりあえず戻るね! あとで、ちゃんと“初めまして”のていで挨拶に行くから!」

そう叫んで、私は自分の部屋にダッシュ!

作戦名は「オペレーション・健全な隣人」! 推しグッズはクローゼットの奥に封印! 飲みかけのコーラも隠す! 完璧な“たまたまお隣に住んでる、感じのいい女の子”を演じきるんだ!


(ここから、夜々の一人称視点)


なぜ私がこんなドタバタに巻き込まれなければならないの……!

でも……彼の、ご両親……。

どんな方なのかしら。もし、お会いすることになったら、ちゃんと“事務所の頼れる先輩”として、礼儀正しく挨拶しないと。

天城くんの評価が下がるようなことだけは、絶対に避けなければ。


それに……あの部屋に残したワイングラス。私が使ったって、バレたらどうなるの?

「息子は未成年なのに!」なんて怒られたり……?

いや、彼はもう大学生。でも……!

ああもう、冷静になりなさい、私! とにかく、今は自分の部屋に戻って、完璧な“たまたま上の階に住んでる、品の良いお姉さん”を演じる準備よ!


(三人称視点に戻る)


二人が嵐のようにそれぞれの部屋に戻っていく。

俺とひよりは、残された戦場で必死に証拠隠滅を図る。


「お兄ちゃん、このクッション! 夜々さんの匂いがする!」

「いいからソファの裏に隠せ! メグのヘッドホンもだ!」

「分かってる!」


まるでスパイ映画のワンシーンだ。

なんとか部屋を“健全な兄妹が暮らす部屋”に偽装し終えた、その時。


ガチャリ。

玄関のドアが開いた。


「おじゃましまーす!」

「コウ、ひより、元気にしてたか?」


そこに立っていたのは、昔と少しも変わらない、太陽みたいな笑顔の母さんと、穏やかな父さんだった。


AM 10:10 - 疑惑のテーブルと、母の勘

「わあ、ちゃんと片付いてるじゃない! えらいわね、コウ!」

「ひよりちゃんも、なんだか少し大人っぽくなったんじゃないか?」


両親は、俺たちの偽装工作に気づく様子もなく、リビングに足を踏み入れた。

冷や汗をかきながら、俺はお茶を淹れる。


「二人とも、急にどうしたんだよ。連絡くれればよかったのに」

「ごめんなさいね。お父さんが急に『息子の顔が見たい』なんて言い出して」

「いやあ、元気そうで何よりだ」


和やかな会話が進む。

このまま、何事もなくやり過ごせるかもしれない。そう思った矢先だった。


母さんが、ふとテーブルの隅に置かれた、あるものに気づいた。

それは、夜々先輩がうっかり忘れていった、小さな蝶の形をした髪飾りだった。


「……あら、これ、ひよりちゃんのじゃないわよね?」

母さんがそれを指さす。ひよりの趣味とは明らかに違う、大人びたデザイン。


俺とひよりの心臓が、同時に跳ねた。

「え、あ、それは……友達の、忘れ物で……」

俺がしどろもどろに答えると、母さんはにこりと笑った。その目が、まったく笑っていなかった。


「ふぅん……友達、ねぇ。コウ、あなた……もしかして、彼女ができたの?」


きた。ラブコメにおける、母親の最強スキル“勘”。

否定しようとした、その時だった。


ピンポーン。


まただ。またインターホンだ。

今度は誰だとモニターを覗くと、そこには焦った顔のメグが立っていた。


『こ、コウくーん! ごめん! さっき、私のスマホ、そっちに忘れてきちゃったかも!』


終わった。

俺が絶望に染まる中、ひよりが覚悟を決めた顔で玄関に向かう。

ドアを開けると、メグが「あ、どうも、お隣の葛城ですー」と完璧な初対面の演技をかましながら部屋に入ってきた。


「まあ、ご丁寧にどうも。息子がお世話になってます」

母さんが笑顔で応じる。

その直後。


「すみません、下の階の方。少し、騒がしくないかしら?」

今度は階段の上から、夜々先輩の声がした。彼女は「下の階への苦情」という、あまりにも自然な口実で、俺の部屋のドアの前に立っていた。


俺の部屋の玄関に、母さん、父さん、ひより、メグ、そして夜々先輩。

役者が、全員揃ってしまった。


母さんは、メグと夜々先輩の顔を交互に見比べると、ぽんと手を叩き、とんでもないことを言い放った。


「まあ! コウったら、こんなに可愛いお友達がたくさんいたのね!」

そして、俺に向き直り、最高の笑顔で爆弾を投下した。


「それで、コウ。……あなたの大切な人は、どの子なの?」


「「「…………」」」


ひより、メグ、夜々先輩の視線が、一斉に俺に突き刺さる。

それは、期待と、不安と、ほんの少しの敵意が混じった、あまりにも熱い視線だった。


俺は、ただただ冷や汗を流しながら、固まることしかできなかった。

ご近所ハーレム生活が生み出した最初のクライマックスは、母さんの一言によって、あまりにも突然に、そしてあまりにも壮大に、幕を開けてしまったのだった。

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