『バレたくない、でも隠しきれない』
日曜の午後、LinkLive本社の編集ルームには、緊張が漂っていた。
「……で、これ。昨夜の“ノワール×レイ”のコラボ、ざっくり編集終わりました」
映像班のスタッフが差し出したモニターには、すでに再生回数が5万を超えたアーカイブ映像。
だが、その映像のコメント欄は……騒然としていた。
《夜々様の照れ顔やば》《あれガチやん》《キャラじゃない素が出てた》《レイくんの声、破壊力》《リアル彼氏の空気感だった……》
「……これ、どうします?」
スタッフの問いに、マネージャーの神代カオルはニヤリと笑った。
「もちろん、このまま出すよ。“炎上ギリギリの生感”ってやつ? バズるに決まってる」
「えっ、でも……夜々さん的には、キャラが崩れたのってNGじゃ……」
「本人の気持ちはケアするけど、これは“伝説回”になる。バズの匂いってやつさ」
神代はタブレットを操作しつつ、つぶやいた。
「……コウくんの“中の人”としての魅力、想像以上にエグいな」
***
一方、コウはひよりと自宅のリビングで並んで座っていた。
「……ねえ、コレ。昨日の配信、めっちゃバズってるんだけど?」
スマホを突き出すひよりの目が、じっと俺を見ている。
「え、ああ……まぁ、先輩といい感じにコラボできたかなって……」
「“いい感じ”ってレベルじゃないでしょ!? コメント欄、“ガチカップルじゃん”って荒れてるし!」
「そ、そうだった?」
「“そうだった”じゃないでしょっ!!」
ひよりは頬をぷくっと膨らませ、クッションをぎゅっと抱きしめた。
「……夜々先輩と仲良くしてるの、見ててちょっとモヤモヤした」
「え?」
「……ううん、なんでもないっ!」
明らかに“なんでもある”テンションだったが、これ以上つつくと怒られそうだったので黙っていた。
その代わり、俺は視線をスマホに戻す。
映像内の自分の声。
そして、夜々先輩が見せた、素の表情。
(……たしかに、ちょっと“やりすぎた”かもしれない)
自然体でやったつもりだった。でも、それが逆にリアルで。
リアルすぎて、“演技”と“本音”の境目が曖昧になった。
「……もしかして、俺のせいで夜々先輩が困ってるのかも」
そう呟くと、隣のひよりがぴくっと反応した。
「……ふーん。じゃあ、やっぱり夜々先輩のこと、気にしてるんだ?」
「え?」
「なんでもないって言ってるのに、ずっと気にして、考えて……お兄ちゃん、ちょろいなぁ」
「いや、そういう意味じゃ――」
「でも、ちょっとだけ安心した」
ひよりは、クッションの陰からこちらをチラ見しながら、ぽつりと言った。
「……“誰にでも優しいお兄ちゃん”でも、ちゃんと“悩んでくれる”んだなって」
それは、まるで……恋人未満の安心のような、微妙な距離感の優しさだった。
***
その日の夜。
LinkLiveのスタッフルームに、夜々が姿を見せた。
誰よりも早く出社し、誰よりも早く編集データをチェックする姿に、周囲は緊張を隠せない。
だが――夜々は、表情を変えずに言った。
「……このままでいい。編集も、タイトルも、煽りも」
「えっ、夜々さん……いいんですか?」
「……“素”を見せたら人気が落ちるって思ってた。でも……本当に大事なのは、ちゃんと見てくれる人がいるかどうか、だって……気づいたから」
夜々は、スマホを取り出して一つの通知を開いた。
《“あのままの夜々先輩が、好きです”》
配信中、レイ=アマギ――コウが言った、その一言。
「……だから、逃げない。あたしも、ちゃんとやるよ。もう“キャラ”じゃなく、“私”として、伝える」
***
そして夜の告知ツイートには、こう書かれていた。
「ノワール=クロエ、素顔で語る“私の好き”――今夜22時、生配信でお話します」
告知は瞬く間に拡散され、トレンド入り。
そして――その裏で、コウはそっと心を決めていた。
「夜々先輩が、ちゃんと“素顔”で向き合うって決めたなら――」
俺も、彼女のその覚悟に……声で応えたい。