切れてなかったマイク、届いてしまった“本音”
……あ。
ボクの声が、空気を震わせて、どこまでも拡がっていった気がした。
ほんの小さな、つぶやきだったはずなのに。
「……ほんとに、コウくんのこと……好きになっちゃいそうで……こわい……」
それは、ボクの胸の奥でひっそりと隠していた“気持ち”だった。
演技の最中に溢れかけて、ずっと抑えてた“本音”だった。
それが、まさか――
マイク、切れてなかったなんて。
「えっ」
「今の、聞こえた……よね……?」
「え、え、え、ガチじゃん!?!?」
「これ、台本にないでしょ!?!?!?」
コメント欄が、一気に燃え上がる。
想像以上の速度で、言葉が流れていく。
そのどれもが、ボクの頭の中に突き刺さる。
体温が一気に急上昇するのを感じた。
「う、うそ……っ!? 今の……配信に……!?」
慌てて顔の前のモニターを見た。小さなマイクアイコン――“ミュート”にはなっていなかった。
ヤバい。やってしまった。
あれは完全に、ボクだけの“裏の声”だったのに……。
背中に、冷たい汗が流れる。
目の奥が熱くなって、言葉が出ない。
「……っ……ごめ……なさ……」
絞り出すような声で、謝ろうとしたそのとき。
――彼が、静かに振り向いた。
ゴーグル越しの視線ではない。
真正面で、リアルに目が合った。
コウくん。
彼の顔は、どこまでも優しくて、驚きでも困惑でもなく……ただ、やわらかな微笑だった。
「……いのり」
ゆっくりと、名前を呼ばれて。
鼓膜が震える。心臓が跳ねる。
「今日の配信、ありがとう。すごく、よかったよ」
たったそれだけの言葉なのに――
どうして、こんなに安心して、泣きそうになるんだろう。
声が、やさしすぎるよ。
ボクの全部を、ちゃんと受け止めてくれたみたいな、その言い方が――ずるすぎるよ。
「……っ……あ、あの、ほんとに、ごめんなさいっ、ボク……!!」
顔を伏せながら、頭をぺこぺこと下げた。
でも、レイくんは何も責めなかった。
笑ってただけ。
まるで、“なにもなかったこと”にも、“全部知ってること”にも、できる人の笑顔。
それが、逆に胸を締めつけた。
「この空気やばい」
「これ、続編あったらどうなるの……」
「レイ……なんでそんなやさしいんだよおおお」
「Inori∞Linkちゃん、世界で一番守られるべき存在では……?」
視界の端で、コメントはまだ流れている。
でも、それすらも遠く感じる。
ボクの中で、何かがはっきりした。
たぶん、もう“戻れない”。
これはもう、“演技”のふりをしてごまかせる距離じゃない。
ボクは……きっと、本当に――
「配信、終了します。お疲れさまでしたー」
スタッフの声と同時に、ディスプレイがブラックアウトする。
目の前の映像が消え、スタジオの白いライトが天井から降り注ぐ。
でも、消えなかった。
ボクの中に残ってる、“あの声”の余韻が。
『……好きだ。ずっと、そばにいてくれ』
『ありがとう。すごく、よかったよ』
繰り返し、繰り返し、何度も再生される。
あんなの、ズルいよ。
まるで、本当に“好き”って言われたみたいで――
嬉しくて、怖くて、涙が出そうで。
「……レイ、くん」
ボクは、そっと彼の名前を呼んだ。
彼は何も言わずに、ただ目を細めて、小さくうなずいた。
その笑顔だけで、しばらく動けなかった。
ほんの数分後。
SNSでは、トレンドワードに《Inori∞Link 告白事件》《レイの本気ボイス》《マイク切り忘れ大事故》が並んでいた。
視聴者たちは大騒ぎ。
神代マネージャーは「まぁ、これも“想定内”よ」と意味深な笑み。
メグ先輩からは即座に「ねぇねぇ本音出ちゃった後の気持ちってどう!?ねぇねぇ!?」と爆弾LINEが飛んできた。
でも、ボクの心は――まだ、あの“屋上”にいた。
あの夕陽の中。
あの声が、確かに届いた場所で。