演技のはずが、本気に聞こえてしまって
「選択肢①、『ずっと、そばにいてもいいですか?』が決まりました」
スタッフさんの無機質な声が、かえってボクの鼓動を跳ねさせた。
画面がゆっくりとフェードインし、校舎裏の静かな夕暮れ――。
ヒロイン(=ボク)が勇気を出して、攻略キャラ(=レイくん)に“本音”を伝える、そういうイベントシーン。
でも、もう今のボクにはわかってる。
この台詞は「演技」であるはずなのに……言ったら、何かが壊れる気がする。
それでも、配信は進んでいく。
コメント欄がどんどん沸騰していく。
「来た来た来たーー!」
「これは事件の予感」
「いのりんく、マジがんばれ!」
ああ……もう逃げられない。
だから、震える声で、言った。
「……ずっと、そばにいても……いいですか……?」
小さくて、弱々しい、けど、全部こもってる声だった。
ボク自身が思っていたよりも、ずっと“本気の声”だった。
「――もちろん。君がそう願うなら、何度でも答えるよ」
レイくんの返事は、落ち着いてて、優しくて、どこか“全部分かってる”みたいな響きで。
画面の中、アバターの彼が手を差し伸べてくる。
「じゃあ……まずは、手。繋ごうか?」
ゆっくりと、手を重ねられる演出。
実際にはVRゴーグルの中だけの接触なのに、なぜか本当に手を取られたみたいに、体温が上がった。
「う、うん……」
「やばいこれ、完全に告白イベ」
「レイの声、甘すぎてしぬ」
「ってか今の“うん”素だよね!?」
……リスナーのみんな、よく見てるなぁ。
ていうか、ボク、自分で自覚してる。
「演技の“うん”」じゃなかった。
完全に、“コウくんに手を取られた”リアルな反応だった。
次のシーン、教室での二人きり。
イベントは日常回だけど、ここから“攻略キャラ”がグイグイ来るターン。
レイ:「髪、跳ねてるな。ちょっと待って……はい、直った」
アバターの手が、ボクの髪にそっと触れる。
(えっ、嘘、今のタイミングで!?)
「ありがと……ふぇっ?」
突然の“頭ポンポン”演出。
こ、これは反則! 反則すぎる!
「頭ポンポン!?!?!」
「レイ〜〜〜〜〜〜!!!」
「Inori∞Linkちゃんの“ふぇっ?”が天使」
「~~~っ、ちょっ、そ、そういうのは心の準備っていうか、あの、えーと……っ!」
「演技だよ?」
……って、その声で言うのズルいんですってばぁ!
もう、わかんない……どこまでがセリフで、どこまでが本音で、どこまでがレイくんの“仕事”で、どこまでが……コウくんの“気持ち”なのか。
(演技なのに……なんで、こんなにドキドキするの……?)
次のイベントは、図書室。
ストーリー的には“秘密の共有”がテーマの、感情が深まる回。
攻略キャラは、ヒロインが落としたハンカチに気づいて、そっと返しながら言う。
レイ:「……君の持ち物って、なんだか“君らしい”よね。柔らかくて、あったかくて、優しくて……。なんか、触れてると安心する」
その声が。
耳元で囁くように、ボクの“防御”を全部溶かしていく。
(ダメだよそんな声。そんなの、恋しちゃうに決まってる……)
「……あ、ありがと……」
「表情やばくない?ってか絶対赤面してるでしょこれ」
「演技じゃなかったらどうする!?って思ってたら泣けてきた」
「いのりんく、恋って知ってしまった顔」
うん、知ったかも。
「恋」って、こういう気持ちなのかもしれないって。
頭じゃ「演技」だってわかってるのに、心がそれを否定してくる。
だってレイくんは、優しくて、ちゃんと見てくれてて、ちゃんと“いのり”として接してくれてる。
「……ボクが、ボクじゃなくても、こんなふうに、優しくしてくれるのかな」
小さな独り言を、誰にも聞かれないように呟いた。
そのとき――
「いのりちゃんは、いのりちゃんだよ。……他の誰にもなれなくていい。ボクは、君が“君のまま”でいてくれるのが、一番うれしいから」
「――っ!!」
今の……“セリフ”じゃない。
画面には、セリフウィンドウが出てなかった。
つまり、今の言葉は“アドリブ”だ。
(やっぱり……レイくん、何か、感じてくれてる?)
気づけば、配信を忘れて、じっとレイくんのアバターを見つめていた。
(もしかして、これは……“演技”の中に、混ざった“本音”なんじゃないか)
そう思った瞬間、心が跳ねた。
そして、怖くなった。
このままじゃ、ボク、ほんとに――