プロローグ:恋愛ゲームって、そういう意味じゃないから!
「……で、今回の企画なんだけど――いのりちゃん。君と、レイのコラボでいくわ」
LinkLiveの会議室に響いたそのひと言が、ボク――橘いのりの心を見事に凍らせた。
「えっ、レ……レイくんと!? ど、どどどんなコラボですか!? 歌? トーク? それとも――」
思わず早口が暴走する。対する神代マネージャーは、持っていた資料をパタンとテーブルに置くと、あのクールな笑みで言った。
「恋愛ゲーム実況。《君に、もう一度恋をする》。恋愛シミュレーションの金字塔ね。乙女ゲームの王道中の王道。二人でプレイして、進行も台詞も全部リアルに“演じて”もらうわ」
「………………はい?」
一瞬、脳が再起動した。
「こ、こいれん……いえ、こいあい……えっと、れんあい、げぇむ……?」
「そう。プレイヤーキャラはもちろんいのりちゃん。そして相手役のボイスをレイが担当。舞台はLinkLiveのモーションキャプチャースタジオで撮るから、リアルな動きも拾って“動くカップル”として配信できるわ」
終わった。
いや、始まったんだ。ボクの、人生最大の危機が。
「で、でもっ……それ、すごく人気あるゲームですよね!? めちゃくちゃリアルだって聞いたことありますけど、演技も……キスシーンとか……あ、あったような……!?」
「あるわよ? もちろんそこは“視聴者の選択次第”で分岐するけど」
神代さんは、それはもう楽しそうに笑ってる。ズルい、完全に仕掛けてきてる顔だ。
「ちょ……ちょっと待ってください……レイくんって、あの、レイくんですよ!? 超イケボで、いつも穏やかで、なんか近くにいると心拍数バグるし、それで、しかも……リアルで“演技”なんて……!」
「演技でしょ?」
「そ、それはそうなんですけどぉおおおお!!」
心の中で叫んで、うつむいたまま資料を受け取った。
“中学生にやらせる仕事じゃないですぅ……”と涙目で抗議したかった。でも、プロとして受けなきゃ。うん、ボクは“演者”なんだから。
「やります……」
小さく、でもはっきりと、答えた。
その瞬間、神代さんの笑顔が“最高に面白いことが起きる”って顔に変わった気がしたのは……多分、気のせいじゃない。
収録前夜。
帰り道。電車の中で、ボクはスマホのイヤホンをつけたまま、何度もある音声を聴いていた。
《――君が笑ってくれるなら、それでいいんだ。ボクは、ずっとそばにいる》
ああああああああああああああああ!!
耳が! 心臓が! 脳が!
全部がレイくんに持っていかれるぅうううう!!
これは、前にLinkLiveの合同ドラマCDでボクとレイくんが共演したときのセリフ。ほんとは練習用だったけど、こっそり保存してしまった。
レイくんの声は……甘くて、優しくて、あたたかくて、でもどこか寂しげで。
まるで、ボクだけを見てるみたいな、そんな響きがする。
「……ボク、耐えられるかな。演技で、ずっと“彼氏役”のレイくんと、ふたりきり……?」
呟いた自分の声が、ひどく震えていた。
“ただの演技”。そう思いたいのに。
でも、どうしよう。
もしかしたら、ほんとに“好きになっちゃう”かもしれない――
翌日、LinkLiveスタジオ本館の地下。
モーションキャプチャールームには、二体のアバターがテスト表示されていた。
ひとつは、うさ耳付きの小柄な女の子。もうひとつは、黒髪で長身、スーツをびしっと着こなした、理想の彼氏感100%の王子様。
控室でスーツ姿のコウくん(※本人)を見た瞬間、もう無理かと思った。
「よ、よろしく……お願いします……」
「こっちこそ、楽しみだね。いのりちゃん」
優しく微笑まないでぇぇえええ!!
どうしよう。ボク、まだ収録前なのに……もうすでに、心臓が、爆発しそうなんですけど……!
まさか、ここから“人生初の告白イベント”が始まるなんて――その時は、まだ知らなかったんだ。
演技のはずの恋が、“ほんもの”になるなんて。